メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜 作:かわうそ☆ゆう
それでも残った恐怖と距離。
フィリアは「守った存在」なのか、
それとも「恐れられる存在」なのか。
戦いの余波と、それぞれの選択を見届けてもらえたら嬉しいです。
霧が引いたあとに残ったのは、勝利の空気なんかじゃなかった。
石畳には黒い染みのような霧の名残がまだところどころにこびりつき、倒れた屋台の木材や割れた窓が、さっきまでの惨状を無言で語っている。
泣き声。嗚咽。息を殺すような沈黙。
「……生きてる。全員、生きてるはずだ」
ミリナが、自分に言い聞かせるように呟いた。
だが立ち上がれない者が多い。
身体じゃない。――心だ。
「まだ……見られてる……」
「頭の中に……霧が……」
霧害の残滓。
霧そのものは消えても、“感情を覗かれた感覚”が、心に爪痕を残している。
(……俺たちは、本当に守れたのか)
隣を見る。
フィリアは、俺の袖を掴んだまま、街の様子をじっと見つめていた。
怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。
ただ、感情をどう扱えばいいのか分からない目をしている。
「ユナト……」
小さな声。
「……私、やりすぎた?」
「やりすぎてない」
即答しかけて、言葉を飲み込む。
肯定の仕方を間違えれば、彼女はまた“それ”に縋る。
その時、瓦礫の向こうから、子供が二人、恐る恐る姿を現した。
小さい方の子が、フィリアを見上げる。
「……ねえ。黒い……おねえちゃん」
フィリアの肩が、ぴくりと跳ねた。
次の瞬間、もう一人の子供――少し大きい方が慌ててその子を引き寄せる。
「だめだって!
見ただろ!? あの影! 人じゃないって!」
言葉は、刃みたいに刺さった。
フィリアの耳が、ほんの少し伏せられる。
「……人じゃない」
小さく、復唱する声。
足元に、黒い霧が滲みかけた。
「フィリア」
俺はすぐに、彼女の手を握った。
それだけで、霧は引っ込む。
触れられた場所だけが、現実に繋ぎ止められるみたいに。
「大丈夫だ。今は……抑えられてる」
「……うん」
頷く。
だが、助けた相手から“恐怖”だけを返される世界を、まだ理解できていない。
◆
詰所は臨時の治療所になっていた。
治癒魔法は万能じゃない。
霧害は“心”に干渉する。肉体だけ治しても意味がない。
ミリナは一人の男の前にしゃがみ、額に手を添えた。
淡い光が走る。
「大丈夫。今あなたの心に残ってるのは“霧そのもの”じゃない」
男の呼吸が、少しだけ落ち着く。
「……見られてた……俺の中……」
「見られてたよ」
ミリナは否定しない。
「でもね、私の魔法――
霧が残した“感情の痕跡”を読み取る魔法なの」
彼女の指先の光が、細かい紋様を描く。
「霧害は、感情に触れた場所に“新しい紋”を残す。
それを読み解いて、どこまでが霧で、どこからが“あなた自身”かを切り分けるの」
男の肩から、少しずつ力が抜けていく。
「……俺は……まだ……俺か……」
「そう。あなたはあなた。霧はもういない」
完全な回復じゃない。
だが、“折れ切る”のは防げた。
その光景を、フィリアは少し離れた場所から見ていた。
近づけない。
近づけば、恐れられると分かっているから。
「……ユナト」
彼女は、俺だけを見る。
「ここ、私……入っていい?」
返事に詰まる。
入っていいと言えば、恐怖の視線が彼女を刺す。
入るなと言えば、彼女は“拒絶された”と思って壊れる。
(……俺が決めるしかない)
俺は一歩前に出て、詰所にいる全員に向けて言った。
「落ち着いて聞いてくれ」
ざわめきが止まる。
「さっきの襲撃。
霧兵、霧獣、そして――上級霧将が指揮していた」
「……上級、霧将……?」
「四天王直属の前線指揮官だ。
霧兵や霧獣を率いて、街を落とす役目を持つ」
息を呑む音。
「この街が壊滅しなかったのは、彼女が霧害を弾き、霧兵を止めたからだ」
誰かが、視線を逸らす。
「フィリア・ネクロルナは、俺の仲間だ」
はっきり言う。
「疑うなら俺を疑え。
だが、彼女がいなければ、ここに立っている人はもっと少なかった」
沈黙。
さっきの小さな子供が、今度は一人で前に出た。
「……助けてくれた、の?」
フィリアは、ぎこちなく頷く。
「……うん。ユナトを守った。
そしたら……街も、守れた」
子供は少しだけ笑った。
だが次の瞬間、母親が慌てて抱き寄せる。
「すみません……その……っ」
謝罪と恐怖が混ざった声。
フィリアは、笑わなかった。
泣きもしなかった。
ただ、俺の袖を掴む力を、少し強めた。
「……ユナト。私、ここにいていい?」
それは承認欲求じゃない。
生存確認だ。
「当たり前だ」
即答すると、黒霧の気配が完全に消えた。
◆
夜。
宿の部屋で、ライラが腕を組んだまま言った。
「……俺の剣じゃ、霧兵を倒しきれねぇ」
悔しさを隠さない声。
「受け流して、吹き飛ばしても……霧が残れば立ち上がる。
盾役が“止めるだけ”じゃ……足りねぇ」
ミリナが頷く。
「物理攻撃が効かないんじゃない。
“霧そのもの”を壊せてないの」
「勇者の剣だけが例外、か」
「そう。でも――あなただって例外になれる」
ライラが眉を寄せる。
「俺が?」
「ライラ・グランシール。
名家グランシール家の剣は、ただの武技じゃないでしょ」
その名を口にされ、ライラは一瞬だけ目を見開いた。
「……家の古文書、か」
「対霧・対概念戦の術式、きっと残ってる。
鉄嵐構えは“受け流す”技。そこに“霧を散らす理”を足せばいい」
ライラは拳を握り締める。
「……やる。次は、止めるだけで終わらせねぇ」
その言葉に、俺の覚悟も一段重くなる。
◆
寝支度の時間。
フィリアは今日は少し距離を取って座っていた。
取っている“つもり”なだけで、視線はずっと俺に向いている。
「ユナト」
「なんだ?」
「……怖がられた」
「……ああ」
「でも……ユナトが“仲間”って言った」
小さく、噛みしめるように。
「嬉しかった。でも……怖い」
「何が?」
「ユナトが、みんなを守ろうとするところ」
胸が締まる。
「ユナト……いなくなりそう」
俺は彼女の前にしゃがみ、目を合わせた。
「いなくならない」
「……ほんと?」
「ああ。俺は逃げない。
世界からも、お前からも」
フィリアの瞳が、ゆっくり潤む。
「……じゃあ、私も逃げない」
「逃げるな」
「うん。
ユナトの仲間……こわいけど……がんばる」
その決意は、危うくて、でも確かに前を向いていた。
窓の外で、霧がわずかに揺れた。
遠く――霧の都ネブラ・アザル。
感涙宮の玉座で、魔王はきっと笑っている。
(次は、観測じゃ済まない)
俺はフィリアの手を握り返し、静かに息を吐いた。
世界を救うために進む。
そして同時に――
この少女が、“愛”の名で世界を壊さないように。
俺が、そばにいる。
そう、改めて決めた夜だった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
7話は派手な戦闘ではなく、
「戦いの後に残るもの」を中心に描きました。
助けたのに感謝されない。
守ったのに距離を取られる。
そして、それでも“守ろうとしてしまう”フィリア。
彼女はまだ、正しいとも間違っているとも言えない存在です。
次話(8話)では、
それぞれが「足りなかったもの」と向き合い始めます。
物語はここから
一段階、重く、深く動き出します。
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次回もよろしくお願いします。