メンヘラエルフは勇者が大好き〜霧害世界で愛が重すぎる最強格ダークエルフと旅する話〜   作:かわうそ☆ゆう

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※本話には、精神への干渉描写・執着表現・
 逃げ場のない対峙が含まれます。

平穏は、必ずしも救いではありません。
何も起きない時間の裏側で、
何かは、確実に近づいています。

これは、戦いの話であり、
同時に「欲しがられる」話です。


09.欲望

ライラが街を発ってから、三日が過ぎていた。

 

霧は出ていない。

魔物の影もない。

それでも街は、確実に削れていった。

 

人々は眠れず、食事を残し、会話を避けるようになっていく。

夜になると灯りは早々に消え、誰もが“外”を恐れた。

 

「……もう限界が近いです」

 

詰所で、街の責任者が声を落とした。

 

「霧害の後遺症で働けない者が多すぎる。夜警も足りない。

 このままじゃ、霧がなくても街が持ちません」

 

ユナトは答えられなかった。

 

死者は出ていない。

だが、“折れていない”とも言えない。

 

(ライラがいない)

 

盾役が抜けた穴は、数字以上に重かった。

霧を押し返し、前線を保つ存在がいない。

 

ミリナも、目に見えて疲弊していた。

 

「……感情遮断陣、これ以上広げるのは無理」

 

ミリナの魔法――《感情遮断陣(エモーションシールド)》は、

一定範囲の人間を霧害による精神汚染から“緩和”する術式だ。

 

霧害を完全に遮断することはできない。

だが、感情の侵食速度を落とし、心が折れるのを遅らせる。

 

その代償として、術者の精神力と集中力は削られ続ける。

 

「次に来たら……この街、耐えられない」

 

その言葉に、反論できる者はいなかった。

 

 

夕暮れ時。

 

フィリアが、突然足を止めた。

 

「……ユナト」

 

声が低い。

警戒ではない。――もっと原始的なものだ。

 

「来る」

 

「霧か?」

 

「違う」

 

フィリアは、ゆっくり首を振った。

 

「もっと……濃い。

 霧より、欲しいって匂い」

 

匂い憑き。

フィリアが持つ、生存本能に近いスキル。

 

魔力や姿形ではなく、

感情や意志そのものを“匂い”として捉える能力だ。

 

特にユナトに向けられる感情は、

彼女にとっては痛いほど鮮明に分かる。

 

「奪う気の匂い」

 

その言葉の直後。

 

街の外れで、空気が歪んだ。

 

霧ではない。

だが、空間そのものが押し潰されるように軋む。

 

――ガン。

 

――ガン。

 

重い足音。

 

門の向こうから現れたのは、巨大な魔族だった。

 

全身を覆うのは、黒鉄色の重装鎧。

だが、それは守りのためではない。

 

鎧の継ぎ目、関節、兜の奥――

そこから漏れ出しているのは、霧ではなく“欲望”そのものだった。

 

視線が合った瞬間、

心の奥を値踏みされるような不快感が走る。

 

「……四天王」

 

ミリナの声が、震える。

 

「渇望将……グリード=ヴェイル」

 

ユナトが横を見る。

 

「知っているのか?」

 

ミリナは、唇を噛みしめた。

 

「王国の極秘文書よ。

 勇者パーティの魔法使いには、閲覧権限がある」

 

視線を外さずに、続ける。

 

「四天王は、魔王直属の最高幹部。

 名前、性質、討伐失敗例まで……全部、頭に叩き込まされてる」

 

声が低くなる。

 

「でも……実物を見るのは、初めて」

 

グリードは街を一瞥し、次に――

 

一直線に、フィリアを見た。

 

兜の奥で、何かが歪む。

 

「――ああ」

 

低く、愉悦を含んだ声。

 

「やはり、君だ」

 

視線が、突き刺さる。

 

「見つけた」

 

フィリアの肩が跳ねた。

 

 

「下がれ!」

 

ユナトが叫ぶ。

 

だが、グリードは動かない。

 

ただ、片手を軽く振った。

 

それだけで、地面が軋み、空気が沈む。

 

「ッ……!」

 

ユナトの身体が、数歩押し戻された。

 

(……重い)

 

攻撃ですらない。

存在そのものが、圧力として襲ってくる。

 

「安心しろ」

 

グリードは、ゆっくり歩き出す。

 

「今日は街など、どうでもいい」

 

「目的は一つ」

 

視線が、再びフィリアに向く。

 

「君だ」

 

フィリアの影が、反射的に広がった。

 

《執着領域》

 

彼女の影から生まれる黒霧が、

“フィリア自身への害意”を感知し、自動で防御・排除する領域。

 

だが――

 

グリードは、笑った。

 

影が触れた瞬間、霧が弾かれる。

 

「なっ……!?」

 

「概念干渉耐性……!」

 

ミリナが歯を食いしばる。

 

「四天王クラスは……

 単純な感情反応や自動防衛じゃ、通らない……!」

 

グリードは、影に触れた手を眺め、愉快そうに言った。

 

「拒絶する力。守る力。縛る力」

 

「実に、美しい」

 

一歩、前へ。

 

「欲しい」

 

フィリアの呼吸が荒くなる。

 

「……ユナト」

 

縋るような声。

 

「イヤ……あれ、イヤ……」

 

ユナトは剣を構えた。

 

「ここから先は通さない」

 

「勇者か」

 

グリードは、興味なさげに言った。

 

「君は後でいい」

 

そして、告げる。

 

「選べ…この街を守るか、彼女を守るか」

 

罠だ。

だが、逃げ道はない。

 

ミリナが叫ぶ。

 

「ユナト!

 街を守ろうとしたら、フィリアちゃんが壊れる!」

 

フィリアの影が揺れた。

 

執着領域(オブセッションゾーン)選別(セレクト)

 

ユナトの“認識”を基準に、

敵と味方を選別し、

守るものと排除するものを切り分ける拡張領域。

ユナトと共にフィリア自身が考え編み出した新しい領域。

 

だがその範囲と精度は、

フィリア自身の精神状態に大きく依存する。

 

街全体を守ろうとすれば、

彼女の心は、確実に壊れる。

 

(……ライラがいれば)

 

その思考が、胸を刺す。

 

グリードは、その迷いすら楽しんでいた。

 

「いい顔だ…奪う前の絶望は、最高だ」

 

そして――

 

空が裂けた。

 

上級霧将が二体、

霧兵と霧獣を率いて現れる。

 

「増援……!」

 

「違う」

 

グリードが笑う。

 

「舞台装置だ。君が、どこまで壊れるかを見るためのな」

 

 

街は、再び悲鳴に包まれた。

 

ユナトは斬る。

ミリナは支える。

だが、数が違う。

 

フィリアの影が、制御を失いかける。

 

「……イヤ……」

 

「ユナト、いなくなる……」

 

「守れない……」

 

グリードは、その姿を満足そうに見下ろす。

 

「壊れろ。そのまま、こちらへ来い」

 

――その瞬間。

 

街の外から、轟音。

 

霧が、一直線に散った。

 

「――待たせたな」

 

低く、確かな声。

 

鉄嵐が、街に吹き込む。

 

剣が振るわれる。

斬撃ではない。

 

霧そのものが、押し返される。

 

「ここから先は――」

 

男が、前に出る。

 

「俺が押し返す」

 

ライラ・グランシール。

 

その剣は、もう止めるだけの盾じゃない。

 

グリードが、初めて目を細めた。

 

「……ほう」

 

その鉄嵐は――

 

――戦線を、押し返すための剣だった。

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

第9話は、
「戦いが始まる前に、もう始まっているもの」
を描いた回でした。

力ではなく、心。
命ではなく、存在そのもの。

奪う者と、守る者。
そして――欲しがる者。

この出会いは、まだ序章です。
本当の意味での衝突は、
もう少し先で、もっと深いところで起こります。

次話では、
この夜が何を残したのか。
その“余波”が、静かに広がっていきます。
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