週末ロック!   作:大日小月

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第十二話 カバー動画

 ところ変わって蛍子の部屋、瑚乃海とは違いパステルカラーで統一された部屋はフリルのついたカーテンやベッドシーツが甘い印象を受ける。間接照明やドライフラワーといった小物がおしゃれで温かみを与える。瑚乃海と野田が動画編集のために来ていた。

 

「まずはカラーグレーディングをどうするか決めようか」

 

 花柄の座椅子に腰かけた野田がノートパソコンで動画編集ソフトを開きながら提案する。

 

「確か色味のことですよね? ホワイトバランスくらいしか触ってないです」

 

 横にちょこんと座った蛍子が言った。

 

 「そう、色味を動画全体で統一するか、二つの映像を組み合わせるのならそれぞれ分けるのか、曲のイメージにあったものにしないとね」

「そこまで考えてなかったですね」

 

 自信なさげな蛍子。バンドの動画担当としての矜持が揺らいでいる。

 

「最初だから基本補正の中からよく使うのを教えるよ。まずは色温度で暖色系か寒色系のどっちにするか決める」

「ふむふむ」

 

 野田は慣れた手つきで実際に編集してみせる。

 

「コントラストで明暗の差を調整する。強くするとメリハリが出るけどやりすぎないようにね」

「目に悪くなりそうですよね」

「後はハイライトとシャドウで明るい部分だけとか暗い部分だけの明るさを調整する。そうするとこういうのができるんだ」

 

 説明しながら編集した動画は、カメラで撮影したままの状態から少しぼやけたフィルム調に変貌していた。

 

「フィルム調の動画ってこうやって作るんですね! 写真なら撮ってましたけど、スマホのアプリで一発だからどうやるのかは知らなかったです」

「こういうのができたら面白いでしょ? 今言った四つの機能が使えたら他にも色んなテイストの動画が作れるよ!」

 

 野田は親指を立てて蛍子にエールを送る。

 

「難しそうであんまりこの辺の設定は触ってなかったなー。コノミンはできそう?」

 

 蛍子は振り返って後ろで眺めていた瑚乃海に問いかける。

 

「一つ一つの使い方はわかったけど、それをどう完成形にもっていくのかが見えてこない」

 

 瑚乃海は腕組みをして眉をひそめる。蛍子の手伝いくらいしか動画編集をしていないためほとんど門外漢であった。

 

「やっぱり慣れだね。何本も作るとわかってくるよ。私はやったことないけど作曲もそうなんじゃない?」

「確かにそうですね。わかってくると全体の構成を意識できるようになります」

 

 数をこなして慣れるのが一番の近道なのは動画編集も作曲も両者同じだった。

 

「後は映像効果を少し覚えてもらおうかな。スローモーションとトランジションにしようか」

 

 野田は編集ソフトでレコーディングの時の演奏シーンを読み出す。

 

「やり方は簡単なんだけどね。どう使うが問題なんだけど」

 

 軽やかにマウスを動かし、ゆっくりと演奏する映像にかわる。

 

「Bメロで使うとサビが映えそうですね!」

 

 スローになった映像を見た蛍子がすぐさま用途を思いつく。

 

「そうそう、そんな感じ! そういう発想が大事だよ」

 

「後はトランジションだけ覚えようか」

「トランジション?」

 

 蛍子はコテンと首を傾けて言葉を繰り返す。

 

「シーンの切り替えだね。暗転とかズームアウトとか」

「あ、それなら使ったことあります! トランジションって言うんですね」

 

 動画編集の経験がなくても聞き覚えのある言葉だった。

 

「問題はどれを使うのかなんだけど……なにか使いたいのある? よく使うのはこんなのだけど」

 

 野田は編集ソフトを一旦隠し、トランジションの一覧が載ったサイトを二人に見せる。

 

「うーん、コノミンはどう?」

「そうだな、それじゃあ……」

 

 

 固定カメラで撮影されたバンドが演奏している光景。カメラはやや引き気味でどこか色を失ったような暗い。Bメロに移行と同時に場面がホワイトアウトしてレコーディングスタジオに切り替わり、ぼやけたフィルム調のゆったりとした映像になる。そこからサビに入ると、レコーディングスタジオと広い音楽スタジオで演奏しているシーンが溶け合うように滑らかに変わる。色を一気に取り戻して青く冴えた印象を受ける。カメラは引いたり寄ったりと動きが出て、高所からの映像も入る。

 

 瑚乃海たちはホワイトアウトとディゾルブと言われる切り替え効果を採用した。野田から教わった方法を活用して今までの煌々カルテットにないMVが完成したのだった。

 

「いいMVになったね! 蛍子さんは飲み込みが早い」

「いやー、それほどでも!」

 

 完成したMVを見て二人は喜びを分かち合う。

 

「野田さんありがとうございます。蛍子もよく頑張ったな、私なんにもしてないわ」

 

 ほとんど作業を見ているだけだった瑚乃海が労う。

 

「コノミンはいつも作曲してくれてるからいいんだよ!」

「そうだね。それに瑚乃海さんにはまた曲を頼もうと思ってるから」

 

 口角を妖しくつり上げる野田。瑚乃海はその打算的な考えに却って安堵する。

 

「そういうことですか。また新しい動画を?」

「そう、ようやく本格的にチャンネルの運用を始めることになったから」

「動画編集教わった手前断れませんね」

「いやー、悪いねー! 代わりにまた撮影する時は手伝うから」

 

 職業柄か鮮やかに野田は約束を結ぶ。瑚乃海は許容できるくらいにはなっていた。会社のPR動画で繋がった関係がより強固なものになっていたのだった。

 

 ◇

 

 連日猛暑日が続く八月下旬、瑚乃海たちは六月にできていた新曲のレコーディングにようやくとりかかっていた。

 

「次はギターソロお願いしまーす」

「はーい!」

 

 音響エンジニアの呼びかえに蛍子が応じる。レコーディングの順番はいつもと変わらず、ギターソロとボーカルを別録りにしてそれ以外をまとめて一発録りにしていた。

 すでにレコーディングを終えた瑚乃海が手元のスマートフォンを睨む。

 

「また難しい顔をしてるわね。今度はなにを悩んでいるの?」

 

 寧璃がレコーディングに向けて軽く体をほぐしながら瑚乃海の横に座る。

 

「いや、この前投稿したリメイク動画が思ったより再生数伸びないなって」

 

 野田に協力してもらいながら作成したMV、煌々カルテットの最初の曲をリメイクした動画はその出来栄えに反して再生数は落ち着いていた。

 

「今まで同様の再生数だから期間があいていた割には充分じゃないかしら。いまだにファンでいてくれている人もいるみたいですし」

「それはそうだな。応援してくれるのは素直にありがたい」

 

 瑚乃海は一度話を区切り、スマートフォンをしまう。

 

「これだと動画の収益化には程遠いんだ。毎月投稿しないといけないペースだ」

「発案者の私が言うのも憚られるけれど、そこまで性急にしなくてもいいのよ? 今じゃないいつか、収益化できるくらいに認めてもらえたらそれでいいの」

 

 やや思いつめた様子の瑚乃海に寧璃は諭すように言葉をかける。

 

「まあそうなんだけど、やれることは今のうちにやっておきたい」

 

 瑚乃海の真剣な眼差しに寧璃はストレッチをする動きを止めてその真意を探る。

 

「なにか当てがあるのかしら」

「……カバー動画、一回だけでいいから投稿してみないか? チャンネル登録者数を増やすために。母数が増えないと再生数も伸びないだろ?」

 

 瑚乃海が提示したのは、寧璃が避けたいと言った方法だった。

 

「……バンド活動に支障がでないのならいいんじゃないかしら。でも今から練習しても投稿は先になると思うけれど」

 

 寧璃は迷うこと数瞬、判断を下す。瑚乃海自身もあまりとりたくない方法を提案していると理解した上でだした判断だ。

 

「それなら問題ない、ちょうど弾ける人がいるから。な、蛍子?」

「んー? なんの話ー?」

 

 瑚乃海はレコーディングが終わり戻ってくる蛍子に話を振る。

 

「最近また新しいアニソン練習してるんだよな?」

「そうだよ。新しいのが始まると”これ弾いて”って親戚の子に頼まれるんだ」

 

 言ったその勢いで、蛍子は練担いだままのギター練習中のアニソンを弾いてみせる。

 アンプに繋いでいない生の音だが、弦を激しくかき鳴らす曲なのが一目でわかる。

 

「こんな感じ! 耳コピだけどね」

 

 上手くできた自負があるのか、蛍子はギターで決めポーズをとる。

 

「なるほど、これならそのまま使えるってわけね」

「そういうことだ」

 

 瑚乃海と蛍子がしきりに頷く。

 

「蛍子、その曲のカバー動画をやってみないか」

「カバー? やらないんじゃなかったっけ?」

 

 瑚乃海の発言に蛍子は寧璃をチラチラと視線を送って気にする。

 

「一回だけやってみようという話になったの。ちょうど蛍子が弾けるからって」

「そういうことね。いいよ! いつ投稿するの?」

 

 疑問が解けた蛍子はすぐに指で丸を作り了承する。

 

「その曲は今度始まるアニメのだろ? ならできるだけ早い方がいいな。一番だけでもいいから」

「そうだけど、コノミンはアニメ見ないのによく知ってるね……。じゃあ来週くらいに動画撮ろうかな?」

 

 瑚乃海の意外な情報力に少しびっくりしながら蛍子は予定を立てる。演奏のできと動画の構成を考慮した上ですぐにできると判断していた。

 

「くれぐれも無理のない範囲でね」

 

 寧璃はそう言い残してボーカルのレコーディングへと向かった。

 

「ねえコノミン、なんで急にカバー動画投稿しようって気になったの?」

 

 寧璃がレコーディングブースに入るのを見計らって蛍子が疑問を口にする。

 

「単純な理由はカバー動画で集客を狙うことだ。新曲を投稿する前にやっておきたい」

 

 瑚乃海はガラスの向こう、寧璃が歌う姿を見ながら続ける。

 

「寧璃は大学生だろ? 今はバンドをする時間があるけど就活や卒論の時期になると厳しくなると思う。就職が決まったら決まったで忙しくなるだろうし。だから余裕のあるうちに目標を叶えてやりたいんだ」

 

 その横顔は、レコーディングブースよりもずっと遠くを見ているような錯覚を覚える儚さがあった。

 

「そっかあ、そこまで考えてたんだね」

 

 蛍子はしみじみと瑚乃海の思いを感じ入り、感心した声を出す。

 

「じゃあ頑張らないとだね!」

「ああ」

 

 瑚乃海はたったの二文字に熱意を込めた。

 

 ◇

 

『動画がすごいことになってる!』

 

 バンドのグループチャットに蛍子が送ったメッセージは単純なものだった。

 自宅で寛いでいた瑚乃海も状況に気づいておりすぐに指先で返事をする。

 

『想像以上だな。桁違いだ』

 

 瑚乃海がパソコンのモニターに目を向ける。そこに映るのは蛍子が投稿したギターのカバー動画で、チャンネル内で一番の再生数を叩き出していた。

 

『一万回越えるの久々じゃない!?』

『三年前に一回あったきりだな』

 

 煌々カルテットにとって一万回再生は一つの壁だった。千回再生されれば上位層になる世界、一万回再生をアマチュアのバンドが稼ぐのは困難なことである。

 

『高評価もたくさんついてるね』

 

 ほどなくして千晶が合流する。

 

『でもバンドの曲より練習時間少ないし動画もシンプルだから複雑ー!』

 

 困り顔のスタンプを添えて、再生数が伸びたことを素直に喜んではいないことを蛍子は表現する。

 蛍子が投稿したカバー動画は演奏風景を映しているだけで、撮影から編集までこだわったMVに比べると手の込んでない動画だった。

 

『それに登録者数も伸びてない!』

『いい起爆剤になると思ったんだけどな』

 

 登録者数を増やして、そこからバンドの動画を見てもらうという瑚乃海の目論見は外れてしまっていた。

 

『曲に興味があるだけで、誰が弾いているのかは関心の対象ではないのかしら』

 

 追いついた寧璃が私見を述べる。

 

『僕の好きなバンドにもカバー曲頻繁に上げてるバンドあるけど、オリジナル曲はあんまり再生されてないよ』

『なんかネットって難しいー!』

 

 カバー動画はカバー動画で容易ではないことを四人は身をもって知ることとなった。

 

『ゲーム実況をやってるバンドがあるけど、集客のためなのかな』

『裏側の事情を知ると悲しくなるな』

 

 バンド好きな千晶がもたらした情報は、なんとか売れようともがいて音楽以外の動画を投稿するバンドの話。瑚乃海は似た状況に置かれてその事情を理解した。

 

『メイク動画とか質問に答える動画とかもあるよね!』

『そう言われると私も見たことあるわ。あれもそうだったのかもな』

 

 記憶を辿れば、チャンネル内で動画を探している時に無意識に避けていた動画の存在があったことを瑚乃海は思い出す。バンドの曲には興味があってもメンバーの人物像や素顔は関心の対象外と興味を示していなかった。

 

『どれも難しそうだわ。いつか行き詰った時に検討ということで』

 

 化粧もインタビューも苦手な瑚乃海は自分がやるイメージが湧かず、問題を先送りにすることにした。

 

『私たちは今まで通り地道にやるのが一番ね』

 

 寧璃が短く総括する。とどのつまり、どの動画を投稿するにしても再生数を稼ぐためには困難が付き物なのには変わりがない。

 

『次は新曲のMV撮影だから気を取り直してやろう』

 

 瑚乃海が次の告知をしてカバー動画の件は幕が閉じられた。

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