週末ロック!   作:大日小月

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第十四話 バンドカラー

 投稿されたMVの反応は従前と変わりなく、気合を入れて作成した割には静かなものだった。

 

「今回はもっと反響あると思ったんだけどなー」

「身内ノリになってたのかもな」

 

 公開して一週間ほどであるが、初動が肝心だとわかってるためにこれから先の再生数が大体予想できてしまい落胆する。カバー動画で多くの再生数を獲得した経験がよりそうさせていた。

 そんな空気を振り払うように瑚乃海が話題を変える。

 

「動画のことは一旦置いておいて、次はライブの話なんだが」

「ついにやるのね」

 

 寧璃が前髪を払いながら言う。煌々カルテットは再結成してからはまだライブをしていなかった。

 

「場所は今までと同じとこ?」

「そのつもりだ。慣れてるし、世話になったから顔を見せとかないとな」

 

 学生時代によく利用していたライブハウスを四人は思い浮かべる。

 

「の、ノルマチケットがまた始まる……」

 

 出演者に義務付けられる必ず売る必要のある最低限のチケット枚数、それは買ってくれる相手を探すのに苦労してきた千晶にとってトラウマだった。

 

「千晶、チケットが売れなくても私たちは身銭を切れるだろ?」

 

 金欠だった学生の頃とは違い、勤め人である今の瑚乃海たちには金銭的余裕があった。

 

「そ、そうか、働いててよかった」

 

 千晶は胸に手を当て心底安心したように息をつく。

 

「売れない方のアドバイスをしてどうするのよ」

 

 寧璃は半目で瑚乃海を見る。

 すっかり気分はMVからライブへと移り変わっていた。

 

 ◇

 

 雑居ビルの地下へ繋がる暗い続く階段を降りると、重く分厚い扉が待ち受ける。扉を開けると薄暗く湿り気のある空間に出る。打ちっぱなしのコンクリートは冷たく固い印象だ。

 

「いやー、煌々カルテットが再結成して俺も嬉しいぜ!」

 

 髪の両サイドを大きく借り上げたツーブロックの女性が威勢よく言った。

 

「短期間で戻ってきて恥ずかしいですよ。店長もお元気そうで」

 

 瑚乃海が照れくさそうに後頭部に手を当てる。ライブハウスの店長である女性に復帰報告の挨拶をしているところだった。

 

「恥ずかしいことなんてなにもないだろ? 新曲の動画見たけどよかったじゃん。評判になってるぜ?」

 

 口角をキリッと上げて店長は褒め称える。白いTシャツに黒いレザーのジャケットを羽織った姿と相まって様になっている。

 

「ありがとうございます。今回は撮影と編集も凝ったので」

「一気にMVの質上がったよな。バンド休止中は映像の勉強でもしてたのかって感じだ」

 

 そう言って店長は豪快に笑う。

 

「会社の人に教わって作りました」

「そっか、瑚乃海も社会人になったんだよな。大人になったなぁ」

 

 バシバシと瑚乃海の肩を叩く。

 

「その言い方は子ども扱いしてますよ」

「確かにそうだな!」

 

 それから二人はしばし談笑する。瑚乃海にとって店長は年上のいとこのような存在で話しやすかった。

 キリのいいところで店長がライブの話に舵を切る。

 

「外れた時のことを考えたらあんまり言わない方がいいかもしれないけど、今回のライブ、結構お客さん入りそうだぞ」

「そうなんですか? 私の周りでは特に変わったことはないですけど。動画の再生数も今までと変わりませんし」

 

 店長の予測は何本も動画を投稿してきた経験則に反するもので、瑚乃海にはピンとこないものだった。

 

「煌々カルテットのこと何回も聞かれてるんだよ。ライブはやるのかって何度もな。それに、動画見たって人も多かったぞ?」

「それは嬉しいですね。三人にも伝えておきます」

 

 実感はないが称賛を素直に受け取る。ライブハウスの店長という立場上、多くの声が集まるため自分の耳に届いていないものも拾えているのだと納得させる。

 

「それがいい。折角の復活ライブなんだ、心に残るものにしてくれよ」

 

 店長は人差し指と小指を立てて瑚乃海に激励する。人差し指に嵌められた指輪が薄暗い地下を照らすように光った。

 

 

 初動は落ち着いていたMVの反響だったが、そこから勢いは失速せず継続的に視聴されていた。それを瑚乃海は徐々に感じるようになる。

 

「MVの評判すっごくいいよ! 営業部でも話題になってる」

 

 昼休み、会社の食堂で目を光らせた野田が瑚乃海に話しかける。

 

「営業部? 野田さんが宣伝したんですか?」

 

 あまり社内では話題にしてほしくないことを内心に留めつつ瑚乃海が質問する。

 

「瑚乃海ちゃんが嫌がるだろうからチャンネルのことは言ってないよ! でも、瑚乃海ちゃんは営業部ではすっかり人気者だから」

「え、それどういうことですか?」

 

 急なちゃん付けと人気者という単語が同時に押し寄せ同様する瑚乃海。

 

「PR動画の件が尾ひれが付いて広まってるのと、今でも動画のBGMを作ってくれてるから営業部内で評価が高いんだよ! それで自主的に調べてチャンネルを見つけたみたい」

「聞き捨てならないことがあったんですけど」

 

 瑚乃海の箸がピタッと止まる。

 

「尾ひれがついてるって? 瑚乃海ちゃんが会長を改心させたって話になってるみたい」

「……なるほど」

 

 情報量の多さに辟易し、いつもより時間をかけて定食のおかずを噛む。

 

「あ、会長も見たって言ってたよ! 直接話が聞きたいとも言ってた」

「会長が? わざわざ見てくれたんですね。話は勘弁ですけど」

 

 会長自体は悪い人ではなく褒められるのは嬉しいが、積極的には関わりたくないと瑚乃海は決めていた。

 

 また別の日。

 

「瑚乃海、今回の動画はえらく凝ってるな。父さん同僚に自慢しちゃったよ」

「え、勝手になにやってんの」

 

 がっちりとした体格のスポーツ刈りの中年、瑚乃海の父が夕食の場で言った。

 

「再結成するなら言ってくれたらよかったのに。ライブはいつやるんだ? 見に行くからな」

「次の土曜日だけど」

 

 興味津々とした表情の父に瑚乃海は淡々と返す。

 

「もうすぐじゃないか! 夕方からだよな? それなら野球終わってからでも間に合うか……」

「無理してこなくてもまた次回でいいよ」

 

 社会人野球の練習終わりの空気をライブハウスにそのまま持ち込んでほしくない瑚乃海はそれとなく遠ざける。

 

「いや、絶対に行くからな」

「そんなオーバーな」

「早く言っておけばよかったのよ瑚乃海」

 

 テレビがCMに入った途端に母が参戦する。

 

「商店街の組合長さんから再結成の話を振られたけど知らなかったから私、恥かいたのよ!」

「それはすまん」

 

 再結成後の忙しい時期が終わり落ち着いたら知らせるつもりでいた瑚乃海だったが、それが裏目に出た。

 

「とにかく、みんな応援してるんだから適当なことしたらダメよ!」

「へいへいわかってますよ」

 

 いつも通りの夕食の風景、そこに流行の兆しが流れていた。

 

『再生数、一万回超えたよ!』

 

 そして蛍子からのチャットにいよいよこれは普通ではないと思い始める。

 

 ◇

 

 ライブ当日、控室から覗いた観客席はすでに満席となっていた。雑居ビルの地下にある収容人数が二百人に満たない小さな箱とはいえ、過去の記憶を遡っても見たことのない光景だった。

 

「なんかお客さん多いね。今日って有名なバンド出てたっけ?」

 

 今日行われるのはライブハウス主催のブッキングライブ――複数のバンドが出演するライブ――であり、煌々カルテット目当て以外の人も入場している。それを蛍子は確認した。

 

「ぼ、僕の知る限りみんな同じくらいの知名度だと……」

 

 インディーズバンドに明るい千晶が答える。出演者の中に集客力のある著名なバンドは煌々カルテットを含めていなかった。

 

「日本の音楽シーンは益々ライブに傾倒していってるのかしら」

 

 冷静な口調の寧璃は口ぶりに反してしきりに観客席を覗きに行っては戻ってを繰り返す。

 ライブ前の緊張とは別種の浮ついた雰囲気の控室、不意にドアがノックされる。

 

「今日のお客さんほとんどお前たち目当てだから! しっかりやれよ!」

 

 それだけ言って店長は慌ただしくドア閉めた。控室に一瞬の静寂が訪れる。

 

「店長が言ってたことは本当だったんだな」

 

 静寂の中、瑚乃海は誰に言うでもなく呟く。

 

「店長さんがなにか言ってたの?」

「ああ、私らのライブはまだかって何度も聞かれたとか」

「そういやSNSのアカウントでもライブの日程聞かれること多くなったかも」

 

 蛍子の言葉で瑚乃海は思い出したようにスマートフォンを取り出し、手早く操作する。

 

「もしかしたらMV効果かもしれん。今確認したら五万回再生になってる」

「え、それって今まで一番多いんじゃ……」

「ああ、ぶっちぎりだな」

 

 ごくり、と誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。あるいは自分の音か。瑚乃海は一瞬現実ではないような感覚に陥る。

 

「これってバズってる……?」

 

 蛍子にしては珍しいはっきりしない口調。

 

「多少は時流に乗ってるといっても差し支えないと思うわ」

 

 寧璃は瞬きの回数が増えている。長い睫毛が揺れる。

 

「す、すごい。これで僕らも一流の仲間入り……」

 

 千晶はすでに実感を通り越していた。

 

「流石に一流には程遠いけど、地元で人気のバンドくらいは自称できるかもな」

 

 言葉にするごとに実感が湧いてくる。

 

「こんなことだったらワークウェア用意してきたらよかったねー」

 

 蛍子が残念そうに言う。誰しもが予想していなかった事態だった。

 瑚乃海は現実を確認するために観客席を見る。薄暗く圧迫感のある空間を開演前の期待と昂奮が埋め尽くしている。

 

「これが寧璃の見たかった光景か」

 

 寧璃がバンドでの目標に掲げた動画の収益化だが、その目的はバンドの認知度を上げて曲の良さを知ってもらうことだった。目に映るのは煌々カルテットを待つ人たち、正に寧璃が望んだものだった。

 正しく現実を見た瑚乃海は控室に戻り三人に言い放つ。

 

「今日は私らが主役だ、気合いれていくぞ!!」

 

 いつになく熱い口調。一同は呆気にとられるが、すぐに立ち直り頷く。

 

「コノミンに負けないように張り切るよー!」

「熱気に飲まれないように私たちも熱くなりましょう」

「み、みんなに置いてかれないように頑張る……!」

 

 そして、熱狂の渦へと飛び込む。

 

 瑚乃海のハイハットカウント四回から曲は始まる。瑚乃海の力強く鼓動を打つようなドラムが躍動感を与え、それを支えるのが千晶の派手さはないが堅実な重いベースがリズムを刻んで曲に安定感をもたらす。リズムに乗って観客の盛り上がりが増していく。そこに寧璃の高音が綺麗に響くキーボードと蛍子の正確でメリハリのあるギターが花を添える。伴奏が作った花道を颯爽と歩くのは寧璃の清く美しい歌声。熱気高まるライブハウス内に清涼をもたらし、観客はただ音に乗るだけではなく曲に魅了されながら興奮を味わう。

 

「みんなありがとー!! またライブやるから絶対来なさいよ!」

 

 寧璃の意外に熱の籠ったMCでこの日のライブは惜しまれつつ閉幕した。

 

 ◇

 

「ライブの成功と動画の収益化を祝って、かんぱーい!」

 

 ライブハウスからほど近い居酒屋で打ち上げは行われていた。がやがやとした喧騒中にグラス同士が軽くぶつかる音が交じる。

 

「収益化は条件を達成しただけで、まだ申請すらしてないけどな」

「細かいことはいーの!」

 

 すっかりライブの熱が冷めた瑚乃海の言葉を蛍子は笑顔でいなす。

 

「そうね、条件を達成できただけでいいじゃない。このバンドの魅力を広く示すこと、それが叶えられて私は充分だから」

 

 ジンジャーエールをくるくるとくゆらせる寧璃は微笑を浮かべている。

 

「そうかい。じゃあ、寧璃様はこれで満足しちゃったのか?」

「満足はしたけれどそれで辞めるというわけではないから。継続してバンドの魅力を伝えていきたいわ」

「ま、そうだな」

 

 焼き鳥をかじりながら瑚乃海は軽く返す。

 

「コノミン、次の予定は動画? ライブ?」

「とりあえずはライブかな。関係があったところは一通り回っておきたいんだが、寧璃、就活ってそろそろ始まるんだっけ」

「インターンシップの申し込みが始まる頃ね。本格的に始まるのは夏頃になるかしら。今の頻度での活動なら支障はないから安心して」

「了解。一応その辺を考慮してライブスケジュールを組むか」

 

 ライブ関係者を頭に浮かべながら瑚乃海は予定を思案する。無理のない範囲で、それでいて間隔を空けすぎないちょうど良いところを探る。

 

「蛍子と千晶はやりたいことはないの? 私だけ目標を達成してしまうのも申し訳ないわ。以前言っていた通りでいいのかしら」

「そうだねー、正月とお盆は長崎の実家に行くからその時におじいちゃんおばあちゃんに演奏見せてあげられたらとは思うけど」

「とりあえず仮で予定に入れておくか」

 

 瑚乃海はスマートフォンでカレンダーに予定を入力する。バンドの予定が先の方まで入力されている。

 

「アッキーはどうなの?」

「ぼ、僕は特にないかな。今でも楽しいから⋯⋯」

「いいこと言うじゃーん!」

 

 ふと、瑚乃海は思い出す。バンドメンバーで打ち上げと称してファミレスで集まっていた学生時代の頃を。あれから二年経ち社会人となった今、場所は居酒屋に変わったが話している内容はあまり変わらない。次の練習をどうするか、次の曲をどうするか、次のライブをどうするか、それの繰り返しだった。

 ただ、前のめりに行動していたあの時とは違い、今はゆっくりと先を見据えて行動をしている。それが大人になったということなのだろうか。

 

「コノミン、どうしたの?」

「いいや、なんでもない」

 

 この空気をこれからも味わいたい、瑚乃海はそう心に誓ったのであった。




これにて第三章完結です。
次は土曜日更新予定です。
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