バンドの衣装として作業着を採用したMVが好評となり、動画の収益化ラインに達した煌々カルテット。
瑚乃海のバンドをやる理由が朧気ながら見えてきたのであった。
第十五話 イメージソング
青空に箒で掃いたような薄く伸びた雲が浮かぶ十月、駅近くの商店街に
そこに声を掛ける人が現れた。
「あら、瑚乃海ちゃんじゃないの! 奇遇ね」
「⋯⋯あ、若松さんじゃないですか。お久しぶりです」
声をした方に顔を向けると、自転車を押した恰幅のいい中年女性がした。商店街の組合長である若松だ。
「今日はどうしたの?」
「散髪に行ってたんですよ」
軽くなった頭に瑚乃海は気分良さげに答える。
「瑚乃海ちゃん、美容室に行った?」
若松は手でハサミの形を作り、髪を切るジェスチャーをする。
「あー、いつもの床屋ですね」
「もーダメじゃないの、昔からそうなんだからー! 若いんだからちゃんと美容室でしてもらわないと」
「いやー、慣れてるしサクッと終わらせたいんで」
若松の喋りは少し押しが強いが、瑚乃海は満更そうでもない態度で返事をする。
「聞いたわよ。あなたたち再結成したんですって?」
「そうなんですよ、報告できなくてすみません」
「いいのよいいのよ。まだライブは一回しかしてないんでしょ? これからってところよね」
手を大げさに振りながらハキハキと喋る若松。
背丈は瑚乃海の方が圧倒的に高いが、放つ存在感では若松の方が大きく見える。
「そこまで知ってるんですね。商店街の方でもまたライブができたらとは思ってるんですけど」
瑚乃海は遠慮しがちに言う。商店街でのライブは常設ではなくイベントが催されている時に限るため、都合が合わなければ出演を確約できないからだった。
「本当に? そうしてくれるとみんなも喜ぶわ! そうだ、立ち話もなんだしウチに寄っていかない? 頼みたいこともあるから」
「頼みですか? いいですけど」
自転車を押して歩く若松の後に続く瑚乃海。往来する人を避けて歩くこと数分、若松が営んでいる総菜屋に着く。
「さ、奥に入って。すぐお茶でも出すから」
「お邪魔します」
店舗のカウンター奥の和室に通されて、瑚乃海は畳にあぐらをかく。
「はい、ほうじ茶ね。それから寺田さんのところの大福。大福にはほうじ茶よね」
「どうも、ありがとうございます」
軽く礼をして湯呑と小皿を受け取りちゃぶ台に置く。運んできた若松もちゃぶ台の前に正座をする。
「蛍子ちゃんや千晶ちゃんはよく会ってたから、二人からバンドを話は聞いてたのよ」
「そうなんですね。蛍子はわかりますけど千晶が商店街にきてるのは意外です」
話すことが好きな
「蛍子ちゃんより千晶ちゃんの方がよくきてるわよ。あの子、独自性があるものが好きだから」
「確かに、それはそうですね」
人と話すのが得意ではない
「寧璃ちゃんは一回も会えてないわね。元気にしているかしら」
「すこぶる元気ですよ、前と変わりません」
お茶をしばきながらの近況報告、ゆったりとした時間が流れている。
「ああ、そうだ忘れたわ。瑚乃海ちゃんに頼みたいことがあったから呼んだのよね。一つはライブを頼みたいんだけど」
「ライブならこっちが頼もうとしてたので勿論いいですよ」
「それならよかったわ。来月の三連休でイベントがあるから、そこで出てほしいの。ダンスはすぐ集まるんだけどバンドが中々上手くいかなくて」
「野外ですからね。ある程度慣れてないと難しいので」
商店街でのライブは屋外のステージで行われる。観客はライブハウスと違い音楽やバンドに興味ない老若男女、その上で演奏できるのは一曲だけと特有の難しさがあり、瑚乃海は出演しないバンドの心情にも理解を示す。
「ステージは変えられないから困ったものね。まあそれは置いといて二つ目なんだけど、曲を作ってほしいのよね」
「曲、ですか」
楽曲作成、四月に会社のPR動画用に依頼されたことを瑚乃海は瞬時に思い出す。
「そうなの。この商店街を活気づけるためにイメージソングを作ってもらいたいの」
「今でも充分活気はあるように思いますけど?」
今日歩いてきた商店街の人通りを振り返りながら瑚乃海は返答する。ほとんどの店舗がシャッターが閉めることなく営業しており、多くの人で賑わっている光景だった。
「確かに、今はそうかもしれないけど、この先のことを考えるとね。ほら、お店をやっている人たちって高齢じゃない? それに客層も若い人はあんまりいないの」
「なるほど、世代交代ですね」
積極的に返答するのは失礼だと感じ、瑚乃海は曖昧に肯定をする。瑚乃海にとっては派手さがない落ち着いた商店街だが若者向けではないのは明白だと瑚乃海も若松もお互いにわかっている。
「蛍子ちゃんや千晶ちゃんみたいな若い子が来るのは稀で、寧璃ちゃんみたいに全然こないのが普通なの。あ、瑚乃海ちゃんは来てくれてるけどもっと若い子向けのお店にもいった方がいいわよ」
「いやー、すみません。そういうの慣れなくて」
ついでのような流れ弾を苦笑で受け流す瑚乃海。
「それで、世代交代のために色々活動してるんだけど、そのうちの一つでイメージソングを作りたいと思ってるのよ」
「そういうことですか」
ようやく本題にたどり着いて納得するが、一つ疑問が生まれる。
「あれ、そういや今もイメージソングってありませんでした?」
脳内で検索するとそれらしい楽曲がヒットする。
「曲も世代交代したいの。あの曲は前の組合長が知り合いに発注した曲なんだけど……正直イマイチでしょ?」
「いやー、どうなんですかね」
作曲家の端くれとして、曲のでき云々は自身にも言えることかもしれないために回答を濁す。
「若い人を呼び込むなら若い人の力が必要なのよ。それをわかってない年寄が多くって困るわ」
「難しいですよね」
商店街の経営者層は六十歳以上が半数を占めていることを鑑みると、中年の若松はまだ”若手”と言っても差し支えないほど高齢化が進行している。瑚乃海は商店街を利用していて肌でそれを感じていた。
「だから瑚乃海ちゃんたちには若い人にも刺さるようなイメージソングを作ってほしいの!」
「そういうことなら是非、お受けいたします」
常連といえるほどではないがそれなりに通い愛着のある商店街。その力になれるのは瑚乃海にとっても喜ばしいことであった。
「ありがとう、助かるわ。商店街の人はみんな瑚乃海ちゃんたちのバンド好きだから喜ぶわ」
「ありがたいですね。曲はどういう感じのにします?」
「こういうのは”ぽさ”を注文すると微妙なできになるから、特にはしないわ。強いて言うなら色んな人が聴くものになるから激しすぎないのがいいわね」
「流石若松さん、よくわかっていますね」
依頼主からの直接話を聞ける、前回の楽曲制作の依頼時と比べて瑚乃海はその素晴らしさを感じる。
要望された曲のイメージを頭で何通りかシミュレートして、あることが気になる。
「歌詞はどうしましょうか。いつも通りだと暗すぎる感じになるかなと」
千晶が書く歌詞は日常の愚痴や不満を昇華したものが多く、それ故に内容は暗めになりがちだった。瑚乃海は気に入っているが、過去に他者から指摘されることがあったため認識の擦り合わせをした。
「うーん、確かにそれはそうかもね。できることなら明るめにしてほしいけど、それで瑚乃海ちゃんたちの”らしさ”がなくなるのも困るのよね」
「……歌詞は後からでも修正できるのでまた考えましょうか」
自分だけでは判断できないと判断を保留にする。
「そうできる? ごめんね、結局注文つけることになっちゃって」
「いえいえ」
バンド活動が軌道に乗ってきたこともあり瑚乃海は穏やかな気持ちで依頼を引き受ける。
その後、ほうじ茶と大福を堪能しながらのんびりと世間話をしたのだった。
◇
『そういうわけで、商店街のイメージソングを作ることになった』
その日の夜、瑚乃海はバンドのグループチャットでことの経緯を説明したメッセージを打ち上げた。
『いいね! MVはある?』
数分で蛍子が反応する。グッジョブのスタンプ付きだ。
『動画は商店街の人の中に担当の人がいるらしいから今回はなしで』
『歌だから歌詞はいるから千晶の出番だな』
初期搭載のスタンプとともに瑚乃海がラリーを返す。
『そうなんだ! 曲の依頼って初めてだから緊張するねー』
チャット上の蛍子は普段の喋りと変わらない明るくて親しみやすい雰囲気を醸し出している。
『今まで自分たちがやりたい曲を作ってただけだからな。千晶はいけそうか?』
既読が二人分ついていることから、蛍子の他に千晶が見ている人がいるとわかった上で送ったメッセージ。
『イメージソングの件わかったよ! 歌詞でなにか注文とか聞いてる?』
蛍子から遅れて千晶からもメッセージがくる。いつもは人と話すのが苦手で、よく吃るがチャット上ではそれを微塵も感じせない文である。
ただ、蛍子から反応があった時には既読がついていたため、時間をかけて作成した文なのだろうと瑚乃海は推測する。
『多少は明るめの方がいいけど、それ以外はなし』
『今ある曲から雰囲気を変えたいってことだから商店街の名前をいれたりとかはしない方がいいと思う』
現行のイメージソングは歌詞のあちこちに商店街に関連する言葉が散りばめられている。イメージソングとしてはありがちな手法ではあるが、そのために曲のクオリティや馴染みやすさを損ねてしまっている。
それが組合長である若松が気に入っておらず、曲を変えようとしているのだと瑚乃海は受け取っていた。
『それはそれで難しいね。瑚乃海ちゃんはどういう感じのにするか決まってる?』
『全然だな。思いつかなかったら若松さんにまた聞こうと思ってる』
制約がないというのは作り手にとっては喜ばしいことではあるが、イメージソングを作る際には却って難易度を上げることにもなるのだった。
『アッキーが商店街を利用していて思ったことを書けばいいんじゃない?』
蛍子が岡目八目のように助言をする。
『そういや、若松さんが千晶によく会うって言ってたな』
『お惣菜とか中古CDとか古本を買いに行ってるよ。でも入ったことないお店の方が多いね』
『それなら取材がてらに買い物してみるか?』
千晶が商店街をよく利用している理由がわかり得心が行く瑚乃海。それならと素直に提案をする。
『取材いいね! 私も行ったことないお店多いし』
『僕もいいよ。いつ行こうか』
『いいわね。私も行くわ』
蛍子と千晶に混じり、中々反応がなかった寧璃も肯定する。
こうして、新曲作成のために四人は商店街を巡ることになった。
◇
”一番商店街”が今回瑚乃海たちがイメージソングを任された商店街だった。タイルの道路が真っ直ぐ続き、頭上にはアーチ状のガラスの屋根が道を覆うアーケード街。タイル道の両脇には商店や理容室に呉服屋といった昔ながらの店が並び、喫茶店やラーメン店、寿司店など飲食店も充実している。シャッター街と呼ばれる廃れた商店街が全国各地にある中において、活気が溢れていた。
「ここにもスタジオができたのか。知らなかったな」
「ハニーレモントーストだって! 新メニューだ」
四人にとっては地元であり勝手知ったる場所ではあるが、それでも新たな発見があるようだった。
「八百屋の真横にレコード店があるのは面白い光景ね。この雑多な感じが商店街の面白さだと思うわ」
「あ、それ歌詞に使えそう」
飲食や服飾、雑貨などの店舗が分野ごとに固まっているわけではなく、ごちゃまぜになって並んでいるようすを寧璃は興味深い目で観察していた。
歩くこと十分、一行は商店街の端に到達する。
「これでメインの通りは終わりか。後は横に繋がっている商店街だな」
「え、これで終わりじゃないの?」
「なんだ蛍子、知らなかったのか。全長で一キロ以上あるんだぞ」
「そんなにあったんだ⋯⋯」
南北に続くアーケード街をメイン通りとして、そこから東西にいくつも枝分かれして商店街が続いている。メイン通りに用事が集中していた千晶は商店街の詳細までは知らなかったのであった。
瑚乃海たちは一番近くに見えていた角を曲がり、東西に連なる脇道に入る。
「さっきのところより個性が強いお店が多いね」
「私も詳しくは知らなかったけど、アングラ感が強いな」
メイン通りにも老舗の店舗はあったが、脇道の店舗は輪をかけたように古い店構えが並んでいた。罅があちらこちらに入った外壁、文字が霞んで見えなくなっている店舗名。道路を覆う屋根は汚れが蓄積しており、メイン通りよりも暗い通りになっている。
並んでいるのも雀荘や喫煙可能な喫茶店など、一般受けはし辛い店舗だ。
「こんな場所もあったんだね。知らなかったよ」
「私もよ。無意識に避けていたのかしら」
四人はなんとなく居づらさを感じ、そそくさと通りを抜ける。
そして、他の通りも全て見て歩き、商店街の入口近くの喫茶店で一息つくことにしたのだった。
「結構歩いたねー。ちょっと疲れちゃった」
「端まで行っては戻ってを繰り返したからな。千晶、なんか掴めそうか?」
コーヒーにミルクを入れて混ぜながら瑚乃海が問う。
「う、うん。色々テーマは浮かんできた⋯⋯」
そう返すと、千晶はストローでオレンジジュースを啜る。
「新旧とか明暗とか縦横とか、対比が多いかな⋯⋯」
「確かにそうだな。よく見てるじゃん」
千晶の言葉に、今日通った道を思い返しながら瑚乃海が同意する。
「こ、瑚乃海ちゃんは、曲のイメージは掴めた?」
「さっきまでは全然だっだけど、千晶が言った新旧と明暗ってところからなら作れそうだ」
「それならよかった……」
新旧と明暗を曲調でどう表現するか、頭の引き出しから瑚乃海は探す。
作詞と作曲、ともになんとなくではあるが方向性が見えてきて、イメージソング作りは順調に動き出した。