週末ロック!   作:大日小月

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第十六話 暗い歌詞

『歌詞が書けない』

 

 連休が終わりいつも以上に気の抜けた平日の夜、千晶からきたメッセージはそんな簡素なものだった。

 

『思い浮かばないのか?』

 

 どう返答すればよいものか困った瑚乃海は、一旦詳細を聞きだそうとする。

 ほどなくして、返事がくる。

 

『歌詞自体は思いつくけど内容が暗くて。どうしよう?』

 

 チャット上では饒舌な千晶らしからぬ歯切れの悪さ。かなり悩んでいるらしいとわかる。

 

『イメージに合わない感じか』

『うん。僕たちだけの曲ならいいと思うんだけど』

 

 悩みのタネがわかり、次はどう解決するかを考え込んで顎に手を添える瑚乃海。

 歌詞の内容が暗いというのは今に始まったことではなく、高校でバンドを結成して千晶が作詞をするようになってから、つまりは最初からだった。

 鬱々とした歌詞を寧璃の透明さと儚さを兼ね備えた寧璃の声で歌うのがギャップでありバンドの魅力の一つだと瑚乃海は思っている。今回、イメージソングを依頼した若松も煌々カルテットの曲の歌詞が暗いことは承知している。

 

『とりあえず若松さんに見てもらうか?』

 

 なので、瑚乃海は歌詞の是非を若松本人に判断してもらうことを勧めた。

 

『それもいいけど、もうちょっと詰めてから見せたい』

 

 だが、千晶は乗り気ではないようだ。

 中途半端なものは見せたくない、これがクリエーター気質かと瑚乃海は受け取る。

 自らも同じ制作側の人間として多少は共感できるため、瑚乃海はなるべく千晶の意見を尊重しつつ話を前に進めようとする。

 

『なら、先に曲作ってみるか?』

 

 普段は千晶が歌詞を先に書き、それから瑚乃海が曲をつける詞先で制作をしているが、暗くならないように曲調を先に決めようと瑚乃海は提案した。

 

『そうだね、そうしてみようか。ありがとう』

 

 千晶もそれを理解したらしく、話はまとまった。

 瑚乃海はスマホを机の上に置き軽く伸びをする。頼まれて曲を作ることの大変さを一度経験して理解していたつもりだったが、まだまだだと思い直す。

 姿勢を正し、瑚乃海は作曲の体制に入る。明るい歌詞を書く手助けになり、それでいて商店街のイメージソングにもなり得るような曲を探す。

 なにもない状態から曲を作るのはPR動画の時以来で、それ以前だといつかわからないくらい前。バンドを組んで千晶が歌詞を書くようになってからは詞先が定着していた。

 先に歌詞があることの有難さを瑚乃海は再認識した。

 

『インストだけど作ってみた。参考にしてくれ』

 

 数日後、メロディーのない状態の曲を千晶に送る。

 曲の基準となるキーやコード進行を明るく聴こえるように設定し、伴奏のキーボードやギターは高音を中心に使い、テンポも遅くならないようにする。ドラムは軽快にエイトビートを刻んでおり、これでもかと明るくなる要素を詰め込んだインスト曲だった。

 これを聴きながらなら明るい歌詞が作れるし、多少歌詞が鬱っぽくても暗くは聴こえないだろうという瑚乃海の算段が詰め込まれていた。

 煌々カルテットの曲は元々曲調としては暗いものはほとんどないため、そこに並んでも違和感がない程度の明るい曲になるだろうとも瑚乃海は考えていた。

 

『ありがとう! これ聴きながら作詞頑張るよ!』

 

 蛍子ばりの元気よさで千晶は返事をする。

 普段より少しハードルの高いことが求められたが、千晶の作詞の腕を上げるには丁度いい案件だと瑚乃海は感じた。自分たちがやりたい曲を作るだけでも充分ではあるが、依頼されたものを作り上げることで得られることがある実体験からくるものだ。

 千晶が一体どんな歌詞を書いてくるのだろうか、いつになく期待して瑚乃海は待つ。曲の完成を待つ心境も同じなのだろうか、そんなことを考えてしまう。

 

『やっぱり歌詞が書けない』

 

 しかし、千晶からのメッセージは瑚乃海が期待したものではなかった。

 

『直接話聞くわ』

 

 作詞に行き詰る千晶を知らなかったため、瑚乃海はすぐさま助けに入ることにした。

 

 ◇

 

「で、千晶先生ともあろう方がどうしちまったんだ」

 

 商店街からは離れた場所に位置するファミレスに瑚乃海と千晶の二人はいた。

 歌詞に難航していることに気を遣った瑚乃海の選択だ。

 昼時を過ぎても静けさのない店内だが、その方が他の人に話を聞かれずに済み都合がいい、適当に注文しながら瑚乃海は思った。

 

「や、やっぱり暗い歌詞しか書けなくて……」

 

 千晶は膝の上で拳を握りしめて訴える。悔しさが滲み出ている。

 

「一回見せてもらえるか?」

「う、うん」

 

 千晶はおずおずと歌詞を書いたノートを渡す。先にノートに手書きをしてからスマホで清書するというのが千晶のやり方だった。

 手渡されたノートを丁重に受け取り、瑚乃海は歌詞をじっくりと読む。千晶は不安げな目で瑚乃海を見る。

 

「別にそんなに暗いとは思わねえけどな」

 

 数分後、瑚乃海がポツリこぼした。

 ノートには”この賑わいもいつか消えてしまうのだろうか”といったことが書かれている。

 

「暗い中にも希望というか救いがあっていいと思うけどな」

 

 ただただ陰鬱なだけではなく影の中にも一筋の光が差す歌詞、千晶の持ち味が発揮されている。そこを瑚乃海は評価した。

 

「で、でも、イメージには合わないよね……?」

「あんまりイメージのことは気にしないでほしいって若松さんは言ってたけど」

 

 諭すように瑚乃海は言葉をかける。

 しばらく千晶は口をもごつかせた後、俯きながら口を開いた。

 

「……僕さ、昔はよくお母さんと喧嘩してたんだ。喧嘩した時はしょっちゅうあの商店街に逃げてたんだ」

 

 すらすらと詰まることなく言葉が紡がれる。

 

「……そうだったのか」

「色んなお店があって色んな人がいてさ、賑やかで中にいると現実を忘れられる感じがして好きだったんだ。子どもだったのもあるけど、親切にしてくれた人もたくさんいてね。だから、暗い歌詞の曲は作りたくないんだ」

 

 滔々と語った千晶はジュースを飲んで一息をつく。釣られるように瑚乃海も手元のコーヒーに口をつける。

 なんと言うべきかを考える時間を稼ぐようにゆっくりと味わう。

 話し声や食器の当たる音になにかを知らせる電子音、色々な音が飽和した店内の中で自分たちのテーブルだけが切り離されているように静けさを保つ。

 口火を切ったのは千晶だった。

 

「あ、でもこの前四人で行った時に初めて行った場所もたくさんあった……。まだまだ勉強不足だ……」

「いや、それだけ思い入れがあれば充分だろ」

 

 瑚乃海は率直に言う。用がある店舗にササッと出向いて用が終われば寄り道もせず帰る瑚乃海に比べれば、千晶の思いは比較にならないものだった。

 その思いをどうにか歌詞にできないかと思考を巡らせる瑚乃海は、はたと気づく。

 

「なあ、それをそのまま歌詞にすればいいんじゃないか」

 

 なんでもないように瑚乃海は告げる。

 

「そ、それって?」

「商店街に逃げ込んでた話。それを歌詞に落とし込めばいいじゃん」

 

 繰り返し瑚乃海は告げる。

 

「え、えぇ……!?」

 

 予想外の提案だったのか、千晶にしては大きな声を出す。

 

「実際にあったこと書くほうが親近感湧くし内容も暗くないからいいんじゃね」

 

 瑚乃海は自分で言っている内に名案だと思い始め、にかっと歯を見せる。

 

「は、恥ずかしいし、誰も興味ないよ⋯⋯」

 

 千晶は首を大きく横に振る。パーカーのヒモが揺れる。

 

「少なくとも私は聞いて興味が湧いた。なんなら蛍子と寧璃にも聞いてみるか?」

「う、うーん」

 

 手をもじもじとさせ、千晶は逡巡する。それを瑚乃海はなにを言うわけでもなく見守る。

 

「い、一旦ね。一旦書いて見てもらうよ⋯⋯」

「おう、その意気だ」

 

 瑚乃海が二杯目のコーヒーを飲み干す頃になり、千晶は決心したのであった。

 

 ◇

 

『歌詞を書いてみたので感想お願いします』

 

 また数日が経ち、千晶はバンドのグループチャットに歌詞を投稿した。千晶が感想を求めるのは学生時代のバンド結成間もない頃以来であり、珍しいことだと瑚乃海は思った。よほど今回の作詞が難産だったのだろうと察して歌詞を見る目がいくらか優しくなる。

 歌詞の内容は、

 ・商店街が嬉しい時も悲しい時も受け入れた場所であること

 ・閉店してしまう店もあるけれど、それも含めて自身と一緒に成長してきたこと

 ・これからもずっと見守っていてほしいこと

 といったものが綴られていた。

 

『商店街にピッタリだね! 今までにない感じだけどいいじゃん!』

 

 瑚乃海が歌詞をじっくり味わっているうちに、早くも蛍子が感想を送っていた。両手でサムズアップをしているスタンプ付きだ。

 それに負けじと瑚乃海も余韻に浸りながら指先でメッセージを送る。

 

『私もいいと思う。これからはストーリー性のある歌詞も取り入れてもいいんじゃないか』

 

 脳裏に浮かぶのは、煌々カルテットの歌詞たち。恋愛や青春は勿論のこと、人情味溢れるようなテーマのものがなく、抽象的で斜に構えた歌詞たちだ。

 これまでの歌詞たちに不満はなく、むしろロックらしいと瑚乃海は好んでいた。今回の物語的で真っ直ぐな歌詞をすんなりと受け入れた自分に瑚乃海自身が驚いていた。バンドを解散してから再結成に至るまでの冷却期間がそうさせたのか、大人になって度量が広くなったのか、すぐにはわからなかった。

 

『ありがとう。今まで不満や劣等感を歌詞にしてたから自信がなかったんだ』

 

 千晶も今回の慣れないやり方での作詞だったが、学生時代なら同じように書けていたのだろうか。大人になった今だからこそできた歌詞なのかもしれない、と瑚乃海は思いを巡らせる。

 

『店舗の入れ替わりによる時間的変化や大人になり目線が高くなった視点の変化を取り入れながら、そこに不変のものを見出すことによって商店街の良さをアピールしているところがいいと思うわ』

 

 蛍子と瑚乃海から遅れること数十分、寧璃からの感想がくる。チャットにしては長文であることに瑚乃海は苦笑いが漏れるが、しっかり吟味した上での講評に納得する。

 

『後は曲をつけるだけだな』

 

 歌詞ができて一安心して気楽な瑚乃海。

 

『この前送ってもらった曲は使わないの?』

『あれはイメージを湧かせるための曲だから、正式なのはちゃんと作る』

 

 千晶にイメージを湧かせるため歌詞より前に曲を作ったが、すっかりお役御免となっていた。

 

『なんだか申し訳ない』

 

 千晶から頭を垂れるスタンプが送られる。

 

『曲作りは慣れてるから平気平気』

 

 軽い調子で瑚乃海はチャットする。悩みが一件落着となりリーダーとして気を張っていた分の気が抜けていた。

 

 

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