週末ロック!   作:大日小月

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第十七話 迷い

「うーん」

 

 夜もすっかり更け時計の針が頂上に登ろうとする頃、瑚乃海は自室にて口を真一文字に結び作曲ソフトを睨んでいた。

 デスクの周りには作曲の本が散乱している。

 

(なんかしっくりこないな)

 

 画面上ではすでに曲がおおかたできていたが、納得していない様子。カップに注がれたコーヒーはすでに冷めきっている。

 

(とりまこれは保留で)

 

 作りかけの曲を保存し、まっさらな編集画面に向き合う。保留となった曲がそろそろ二桁に届きそうだ。

 

(なにかが違うんだよな)

 

 中々いいフレーズが決まらないのか、メロディーを打ち込んでは消してを繰り返す。室内にはマウスのクリック音が虚しく響く。

 

(最初の曲の方がよかったか?)

 

 入力しているのか消去しているのかわからないほど繰り返す。最早、消し込んでいるといっても差し支えがない有様だ。

 やがて、その作業にも飽きたのか、今度はドラムパターンを打ち込む。

 

(やっぱりメロディーから作った方がいいか)

 

 思考が行き詰まり、背もたれに寄りかかって天井を見上げる。そこには無数のメロディーが浮かんで見える。ただ、それを採用していいものかを決めかねている。商店街のイメージに合うのか、千晶の思いのこもった歌詞に相応しいのか。天井に浮かんだ音符たちが瑚乃海を嘲笑うようにグルグルと回る。

 瑚乃海はかつてないほどに作曲に行き詰っていた。

 

(誰かに相談するか?)

 

 頭の中で検索をする。バンドで知り合った音楽関係者にはドラムの演奏を指導してくれた人、ライブでの心得を教わった人、バンドの活動を支えてくれた人たち。様々な人がいるが作曲の相談をできる人が意外にもいなかった。

 

(蛍子たちに聞いてみるか?)

 

 曲の感想や細かい調整についてバンドメンバーに聞くことはあったが、根本的なことを聞いたり相談したことはなかった。それがメンバーに頼ることを躊躇わせる。

 

(千晶の相談には自分から乗り込んだのに)

 

 過去を振り返れば、相談することはなかったがリーダーとして相談されることはあった。ここにきてその歪さに瑚乃海は気づく。

 

(今はなにやってもダメだな)

 

 考え込んでも無駄だと悟ったのか、瑚乃海はすっぱりと作業をやめる。

 十月も下旬、停滞する前線と低気圧が雨がちな天気をもたらしていた。

 

 ◇

 

 モニターに映し出されるのは現役のプロ野球のピッチャー。対峙するのは金属バットをどっしりと構えた瑚乃海。

 ピッチャーが腕をゆっくりと上げ、上げた腕を下ろしながら膝が顔につきそうなほど足を上げる。前へと体重移動をさせながら足を下ろして腕を思い切り前に振り切ると、モニター脇の発射口からガシャンとボールが放たれる。それを逃さんと瑚乃海は低い重心から腰を回転させて豪快なフルスイングをかます。キンッ、と痛快な乾いた金属音が響く。音の遥か向こう、白球がネットの上方へ飛んでいった。

 打球を満足げに見送った瑚乃海の後方からパチパチと拍手が起きる。

 

「見事なものね」

「なんだ、寧璃か」

 

 急に声を掛けられたが顔見知りで安心したように瑚乃海が言う。

 

「なんだとは失礼ね。わざわざ応援に来たのよ」

 

 腰に手を当てた寧璃は少し口角を上げている。

 

「私たちもいるよー!」

「ぼ、ボール怖い」

 

 手を振る蛍子と身を縮こめた千晶が顔を覗かせる。

 

「三人揃ってなにしに来たんだ?」

 

 瑚乃海はピッチャーが発射する球を器用に打ち返しながら口を動かす。

 

「瑚乃海が悩んでる時はバッティングセンターに行くって相場が決まってるもの」

「だからみんなで来たんだよ!」

 

 防護ネット越しに見える三人の顔、作曲に行き詰っている今だけは見たくない顔だった。

 

「こ、瑚乃海ちゃんが最近浮かない顔してるから……作曲が上手くいってないのかなって」

 

 千晶は発射されるボールと瑚乃海のパワフルなスイングにビビりながら述べる。

 

「あー、仕方ないか。取り敢えずこの打席終わらせてから話すわ」

 

 事情がバレておりあっさりと観念した瑚乃海。まずは目の前の投手を打ち崩すことに専念した。

 場所は移りバッティングセンター内の休憩所。樹脂製の安っぽいテーブルを四人で囲んで座る。

 

「それで、なにを悩んでいるのかしら」

 

 寧璃がストレートに聞き出す。

 

「……まあ、千晶が言ってた通りだよ。イメージソングが上手くいってなくてな」

 

 缶コーヒーを手で弄びながら瑚乃海は打ち明ける。

 

「や、やっぱりそうなんだ……歌詞がよくなかった……?」

「そういうんじゃなくて、しっくりこないんだよ。曲自体は何通りか作ってはみたけど」

 

 右手から左手、左手から右手に缶をキャッチボールのように投げ渡しあう。

 

「イメージに合わないみたいな……?」

「そうとも言えるし違うとも言えるかもしれん」

 

 口にすると、自分が迷っていることがよりはっきりと自覚できる。

 

「コノミン、最近元気なさそうだよ。なにか手伝えることあったら言ってね?」

 

 蛍子の笑顔はいつもに比べてやや陰って見える。暗い照明のせいではない。

 

「そうだな、その気持ちだけでもありがたく頂戴しとくよ。バッティングで気晴らしできたし仕切り直してやるわ」

 

 三人に心配をさせていることに申し訳なさを感じ、瑚乃海は自信の健勝さを示す。

 だが、強がりだと認識されたのか寧璃の目が鋭くなる。

 

「少し三人で話をまとめるわ」

 

 そう宣言し、瑚乃海からやや離れた場所で寧璃たちはこそこそと立ち話をする。スマートフォンを見ながら仕切る寧璃、時折声が潜まずに瑚乃海の耳に届いている蛍子、内緒話と普段の話し方の区別がつきにくい千晶。

 瑚乃海が怪訝な顔で見守ること数分、話の擦り合わせが終わったのか三人はテーブルへと戻る。

 

「瑚乃海、貴方これから時間はある?」

 

 寧璃の問いはどこか有無を言わさぬものがあった。

 

「あるっちゃあるけど」

 

 作曲をする時間をバッティングセンターに当てていたため、どちらとでも言える状況だった。

 

「そう、夜までたっぷり時間があるのね」

「いや、そこまでは言ってないんだが」

 

 いつになく威圧感のある寧璃に瑚乃海はたじろぐ。

 

「今から作曲しましょう?」

 

 寧璃の表情は、雨雲を払うようなとても晴れやかな笑顔だった。

 

 ◇

 

 壁一面に吸音材が張られた閉塞感のある部屋は、音だけなく空気の流れも遮断して特有の湿っぽさがある。

 煌々カルテットの再結成ライブをしたライブハウスに四人はいた。

 

「セッションで作曲しようってことか」

 

 瑚乃海がライブハウスにきた理由を見出す。

 

「そういうこと。曲が思いつかなければみんなでやればいいのよ」

 

 寧璃はキーボードを調整しながら答える。

 

「一度セッションで曲作るのやってみたかったんだよねー!」

 

 即興で演奏するセッション。気軽に楽しむ遊びの延長やバンドでの音合わせ、そして作曲にも用いられる手法だが、煌々カルテットは珍しいことに一度もしていなかった。

 

「店長に聞いたらすんなり貸してくれたのよ。リーダーの日頃の行いがよかったのかしら」

 

 口元と手で覆い、寧璃は挑発的な表情を見せる。

 

「まあ、なんでも試さないとダメか」

 

 そう独り言ち、瑚乃海は大人しくドラムのセッティングをする。

 

「ねえねえ、こういうメロディーはどう? サビのところなんだけど」

 

 すでにギターの準備を終えた蛍子がアルペジオで旋律を奏でる。

 

「悪くないんじゃないか」

「いいってことだね!」

 

 瑚乃海の評価に気をよくした蛍子は引き続きメロディーを探す。

 

「それならAメロはこういうのでどうかしら」

 

 寧璃が軽やかにキーボードを演奏する。蛍子のメロディーから着想を得たフレーズだった。

 

「なるほど、そういう風になるのか」

 

 瑚乃海にとって意外なフレーズだったのか、口元に手を添えて小さく頷く。

 

「じゃ、じゃあベースはこんな感じで……」

 

 蛍子と寧璃に置いていかれまいと千晶もセッションに混じる。

 

「そのベースラインいい感じだね!」

「イントロはもっと落ち着かせた方がいいのかしら」

「徐々に盛り上げる感じが合うと思う……」

 

 誰かが演奏すればそこからアイデアが生まれ、そのアイデアを基に演奏してまた新たな音が生まれる。作曲の好循環が起こっていた。

 瑚乃海は一人その光景を微笑ましくもどこか遠い場所の出来事のように見ていた。

 やったことのない作曲方法に、着々と曲の骨格を作り上げていくメンバーたち。自分がいなくてもこのバンドは活動できるのだという親心にも似た寂寥感だった。

 

「いつまでもサボってないで参加したらどう?」

 

 疎外感を覚えていたのは瑚乃海だけのようで、寧璃が参戦を要求する。

 

「そうだよ! コノミンがいないと始まらないじゃん!」

「ど、ドラムがいないとベースは防御力ダウン……」

 

 いつの間にか、三人は手を止めて瑚乃海をじっと見つめていた。

 

「あ、ああ」

 

 返事はそっけなかったが、瑚乃海は静かに笑った。

 

「それじゃあ、一回通しでやってみるか」

 

 スティックを四回打ち合わせてから瑚乃海はシンプルなリズムを刻む。ドラムに呼応するようにベースがビートを刻む。キーボードがイントロを奏で、ギターがまろやかに伴奏を弾く。

 ゆったりとしたままAメロに入りキーボードがメロディーを弾く。

 Bメロに入ると示し合わせたようにドラムとベースが刻むリズムが躍動感を増す。瑚乃海と千晶の目線が合う。互いの考えが一致していた。

 サビを煽るように瑚乃海の演奏が激しくなる。それにつられてギターの音も解き放たれる。

 断片的だったフレーズが即興で弾きながらできあがっていく。楽譜にもソフトにもない、この場限りの夢のような演奏。

 楽曲に手応えがあるのか、四人の顔には笑みがこぼれる。即興だからこそ生まれる音と連帯感、それこそがセッションの醍醐味だ。

 演奏が終わると、室内には静寂と余韻が残った。

 

「今の曲よかったんじゃない!?」

「……そうだな。いい曲ができたな」

 

 余韻に浸った後、遅れて曲の良さに言及する蛍子。瑚乃海は興奮に酔いしれながら肯定する。

 

「これで悩みは解決かしら?」

 

 澄ました顔の寧璃が聞く。僅かに頬が紅潮している。

 

「ああ、今弾いたのを調整したら曲ができるわ」

「それならよかったわ」

 

 瑚乃海の顔にはすでに憂いはなかった。

 興奮が徐々に冷めて撤収の空気が流れる。その空気の中で千晶がぼそっと呟く。

 

「……瑚乃海ちゃん、ろ、録音した?」

「……あ、忘れてた」

 

 その場限りの演奏で作曲する場合は録音が必須だが、瑚乃海はそこまで気が回っていなかった。

 

「ふう、もう一回やろうか」

 

 初めてのセッションで成功と失敗の両方を経験することができた瑚乃海だった。

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