週末ロック!   作:大日小月

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第十八話 PR動画

 難産だった商店街のイメージソングはセッション効果で無事完成し、季節は移り変わり十一月。ようやく吹き始めた涼しい風が、商店街に立ち並ぶ飲食店の放つ匂いを運ぶ。ソースとマヨネーズがふんだんにかかったお好み焼きの匂い、鰹と昆布の甘味が合わさった優しいうどん出汁の匂い、揚げたての香ばしいコロッケの匂い。食欲の秋の到来である。

 そんな誘惑の香りを漂わせる店舗の一つである惣菜店、依頼主である若松の下へ瑚乃海は来ていた。

 

「うんうん、いい曲じゃない。古臭くなくて激しすぎることもない馴染みやすい曲だわ」

「ありがとうございます」

 

 卓上のスマートフォンが流した曲を、若松が手をくねらせて褒める。

 

「歌詞もいいわね。無理やり詰め込んだ感じじゃなくて自然に商店街要素を取り入れていて素敵」

「そう言ってくれると千晶も喜びますよ」

 

 同じく難産だった歌詞も好評を得る。難産だったからこそ得られたものは大きかった。

 

「これで月末には御披露目できるわね」

「イベントのライブで演奏ですね」

 

 商店街が主催する毎年恒例の地域イベント、そこが次の煌々カルテットのライブ会場だった。

 

「練習の方は順調? 働きながらバンドやるの大変でしょう」

「順調ですよ。最初は忙しかったですけど慣れてきました。それに今回は一曲だけですし」

 

 瑚乃海の余裕をもった受け答えを聞き、若松は穏やかな目をする。

 

「大人になったわね瑚乃海ちゃん。元から大人っぽい子だったけど」

「そうですか? 自分では成長した気はしてないですよ」

 

 社会人として働いているとはいえまだ二十歳になってすらいない瑚乃海。その内面は学生の頃と地続きだと自覚していた。

 

「ちゃんと成長してるわよ。会社のPR動画の話聞いたんだけど、二年前の瑚乃海ちゃんなら暴れてたんじゃなかしら?」

「いや、流石にそれは、ないですよね……?」

 

 過去の自分が凶暴な印象を抱かれていたことに愕然とする。瑚乃海には覚えがなかった。

 

「あの頃と比べるとなんていうかこう、熟成されたわよ」

「ワインじゃないんですから」

「人間も深みが出るものなのよ」

「そんなものですかね」

 

 人生経験の差からか、若松の言葉には妙な説得力あった。瑚乃海は深く理解はできなかったが、曖昧に頷く。

 

「ところで、この曲を元にPR動画を作ろうと思うんだけど、瑚乃海ちゃんたちも参加してみる?」

「PR動画ですか。 でも、すでに動画は頼んでいるって話じゃ?」

 

 曲作りに加えてPR動画作成への参加、どこかでやった覚えがある流れに瑚乃海はほんのり警戒心を抱く。

 

「写真屋のおじさんに頼んでただけだから大丈夫よ。出演者も知り合いから出られる人を見繕う予定だったから、せっかくだしどう?」

「なるほど」

 

 七五三で写真を撮った記憶がふと蘇り、写真だけではなく動画撮影も仕事の範疇なのかと写真屋の業務に想い馳せる。

 

「せっかくこんなにドラマティックな曲を作ってくれたんだから、動画の方も凝らなくちゃ悪いじゃない。それに、瑚乃海ちゃんたちが一緒ならおじさんも喜ぶわよ」

「そういうことなら構いませんよ。みんなに伝えておきます」

 

 曲ができあがり肩の荷が降りた瑚乃海は快諾する。作曲で行き詰ることはあったがそれもすでにいい思い出となっていた。

 

 ◇

 

「はい、アァークション!」

 

 一眼レフカメラを構えた中年の男性が掛け声を出す。カメラには手ブレ補正を抑えるためのジンバルが取り付けられている。

 カメラはパーカーにジーンズを履いた女性を捉えており、タイルの道をスニーカーで歩く。歩いた先にはこぢんまりとした靴屋があり、女性は店の看板を一瞥してから店内に入る。物腰の柔らかそうな白髪の婦人が出迎え、女性は婦人になにかを相談をしているような雰囲気だ。それから女性は靴を購入し、笑顔で店を出る。それを婦人が手を振って見送る。

 

「はい、オッケェーイ!」

 

 その言葉で撮影が終わり、張り詰めていた空気が和らぐ。撮影中に黙っていた反動か、一帯はガヤガヤと話し声に満ちる。

 

「千晶、いい演技だったぞ」

 

 撮影を黙って見ていた瑚乃海が拍手をしながらパーカーの女性――千晶に感想を述べた。

 

「は、恥ずかしかった⋯⋯」

「その割には堂々としてたけどな。才能あるんじゃないか」

 

 瑚乃海たちは商店街のPR動画の撮影にきていた。歌詞に沿った映像を撮ることになり、どうせなら作詞した本人に出てもらおうという話になっていた。

 

「こういうのは蛍子ちゃんとか寧璃ちゃんの方が合ってると思う……」

 

 慣れない撮影現場に千晶はそわそわと落ち着かない様子だ。

 

「それはそうなんだけど、自分の書いた歌詞の世界に出るなんて中々体験できることじゃないぞ?」

「瑚乃海ちゃん、他人事だと思って適当なこと言ってる……」

 

 長袖Tシャツにスラックスのいつもと変わらない恰好の瑚乃海は端から出演する気がなさそうだ。

 

「でも、実際悪くないだろ?」

「そ、それはそうかも。MVだと音楽の世界観は出てるけどストーリーまではなかったから新鮮……」

 

 自分が書いた歌詞が映像になることは、曲になる時と違う喜びがあった。

 

「それに、蛍子は今回撮影側に徹するみたいだな」

 

 視線の先では蛍子とカメラマンの初老の男性、それに加えて数人の高齢男性が車座になって話し込んでいる。次のシーンについて議論しているようだ。

 

「蛍子のやつ張り切ってるなー」

 

 瑚乃海は野次馬気分で蛍子たちを眺める。先のMVから蛍子は撮影により拘るようになっていた。

 腕組みをして見守る瑚乃海に寧璃が歩み寄る。

 

「偉そうにしているけれど、貴方は出ないのかしら」

「私はいいよ、って寧璃は気合入ってるな……」

 

 瑚乃海が視線を向けた先には、甘いピュアホワイトのスリットが入ったロングスカートに辛口のカーキジャケット姿の寧璃がいた。手にはレザーのハドバックを持っている。服装に疎い瑚乃海だが、普段の寧璃と違うということには気が付いた。

 

「私はこれから撮影だから」

 

 艶がありつつもサラリとした隙のない質感の肌に透明感のある赤いリップが特別感を際立たせる。

 

「すっかり俳優気分か?」

 

 瑚乃海は少しからかい気味に言う。

 

「誰だって一度は俳優に憧れるものじゃないかしら?」

 

 寧璃はそう言い残してスカートをふわりと舞わせながら蛍子たち撮影隊の方へ向かう。

 一行は喫茶店へと移動して、寧璃を被写体に撮影を始める。

 

「瑚乃海ちゃんたちみたいに若い子が参加してくれたからみんな気合が入ってるわね」

 

 喫茶店には入らず遠くから見ていた瑚乃海、その後ろから若松が声をかけた。

 

「蛍子に負けず劣らずおっちゃんたちも熱量がすごいですね」

 

 喫茶店内では慌ただしく人が動いている。

 

「私が提案した時には乗り気じゃなかったのよ。瑚乃海ちゃんたちがやるってなってから協力する人が増えてきたの」

「全然そうは見えないですね」

 

 カメラマンとマイクを持った音声係にレフ版を掲げる照明係だけではなく、カメラアシスタントやヘアメイク、スタイリストもいる。小規模のPV撮影にしては豪勢な人員だ。

 

「みんなで一丸となって商店街を盛り上げようとしてる、いい光景ね」

「そうですね」

 

 みんなが団結して一つの作品を作り上げる、方法は違えどバンドも撮影も同じだと瑚乃海は見守る。

 

「もちろん瑚乃海ちゃんもその一員よ。なんてたってイメージソングを作ってくれたんだから」

「普段地元に貢献できてないので、これくらいはやりますよ」

 

 蛍子や千晶ほど商店街を利用していないこともあり、イメージソングという大役を担ったことに少し引け目があった。

 

「いやいや、瑚乃海ちゃんたちはしっかり貢献してるわよ」

「そうでしょうか?」

 

 瑚乃海は不思議に思い首を傾ける。

 

「地元に残って働く、それだけでも充分に貢献してるのよ。特に若い子は都会に出ていくから」

「まあ、そういう人も多いですね」

 

 今では関わりのない同級生たち、地元を離れた人は枚挙にいとまがない。

 

「それにバンドでライブもしてるじゃない、これも立派な地域貢献」

「ライブもですか?」

 

 先月行った復活ライブは大いに盛り上がったが、ファン相手の身内ノリに近いものというのが瑚乃海の認識だ。地域のためという発想は皆無だった。

 

「ライブを通じて文化的活動の活性化に貢献してるのよ。自分では気づいてないかも知れないけどね」

「そうですね。全然意識してなかったです」

 

 学生時代はひたすら練習に曲作りに動画にライブにと必死にやっていた。社会人になった今では無理のない範囲で活動している。応援してくれるファンや関係者がいるものの、自分たちが楽しむためにバンドをやっている側面が大きかった。

 それがいつの間にやら地域貢献に結びついていたことに実感が湧かない。

 

「コノミーン! こっち来てー!」

 

 いつの間にか喫茶店での撮影を終わらせていた蛍子が瑚乃海に手招きをしている。

 

「ほら、呼んでるわよ。いってらっしゃい」

「はい、行ってきます」

 

 若松に押されるようにして蛍子の下へ歩みを進める。

 

「次はコノミンを撮ることにしたから!」

 

 蛍子がピースサインで宣言する。

 

「私? 千晶とか寧璃じゃないのかよ」

 

 瑚乃海は己を指差して怪訝な目をする。

 

「私たち四人のシーンを撮ることになったから!」

「そういう感じのやつか」

 

 単体のシーンならばのらりくらり交わす腹積もりだったが、全員揃ってとなると断りづらいものがあった。

 

「曲のラストサビの一番盛り上がる大事なシーンだから、全力でやるよ!」

「しゃーねーな」

 

 肩をグルグルと回して準備運動をする。野球をやっていた時の準備運動が今も癖となって残っていた。

 音楽を通して出会った仲間との撮影。趣味を楽しみながら地域に貢献。再結成してよかったと改めて感じる瑚乃海だった。

 

「今からの撮影はこれに着替えてもらうから」

「これって……」

 

 蛍子が手渡したのは見覚えのある紺色の服。そして光沢のあるヘルメット。

 

「前のMVで着たワークウェア! おじさんたちもあの動画見てくれてたみたいなの。せっかくだから四人そろって着たシーンを入れようって!」

「そんなシーンどこに使うんだよ。歌詞と関係なくないか?」

 

 熱意が高まるあまり、必要なシーン以外も撮影しようとしているのではないかと瑚乃海は怪しむ。

 

「ちゃんと編集でなんとかするから大丈夫だって!」

「ならいいんだけど……」

 

 動画編集の腕が格段に上がった蛍子に対して何も言えない瑚乃海がいた。

 

「これって私も着替えるってことよね……?」

 

 優美なエレガントコーデの寧璃が現実から目を逸らすように問う。作業着を持つ手が僅かに震えている。

 

「そりゃそうでしょ」

 

 作業着を手に持ったままの瑚乃海が適当に言葉を返す。一見受けいれたように見えたが、その内面はしばらく変わった衣装はやめようと誓っていた。

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