週末ロック!   作:大日小月

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最終話 湖乃海の夢

 商店街は今日も活気に溢れているが、いつもと活気の質が違っていた。店の軒先にのぼり旗がずらりと掲げられて通りを飾り、少し目線を上げれば紅白の提灯が吊り下げられている。

 

「賑わってるねー!」

「そうだな。ライブ終わったら適当に回るか」

 

 蛍子が視線をあちらこちらに移しながら歩く。

 今日は年に一度の地域イベントの日だった。この日ばかりは通常営業はせず、各店舗は店の前で屋台を展開している。フランクフルトやフライドポテトなど定番のものから、鮮魚店の海鮮丼や精肉店の焼肉丼など強みを活かしたものまで様々な屋台がある。

 

「ライブ前に屋台の匂いは辛いものがあるわね。早く通り抜けましょう」

 

 寧璃が食欲を刺激されないように鼻を抑える。

 ライブ前の空き時間、瑚乃海たち煌々カルテットは商店街を歩いてイベントの空気を味わっていた。

 

「こ、ここまで来たら大丈夫だね」

 

 グルメゾーンを抜けると、スーパーボールすくいや射的などの遊戯屋台が並んでいる。子どもだけではなく大学生や大人だけのグループも見受けられる。

 

「あ! 瑚乃海ちゃんじゃん!」

「野田さん、どうも」

 

 特に遊ぶでもなく屋台を眺めながら歩いていると、反対側からやって来た野田とその同行者たちに遭遇する。

 

「この後ライブだよね? 楽しみにしてるよー!」

「一曲だけですけど頑張りますよ」

 

 それだけ言葉を交わして野田たちは去っていく。

 

「瑚乃海じゃないか! 練習はいいのか?」

 

 代わるように大柄な男が瑚乃海に声をかけた。

 

「なんだ親父か。ずっとリハばっかりしてるわけじゃないから」

「そうなのか? 今日のライブ楽しみにしてるからな! 腹ごしらえしてから行くから!」

 

 これまた足早に同行者とともに去っていく。

 他にも何人かに声をかけられれつつ通りを進み、企業が出展している並びへと足を踏み入れる。

 

「あら、古井さんじゃないですか。お早うございます」

「お早うございます。えーっと、会長ですか」

 

 そこで声をかけてきたのは赤紫色のカジュアルドレスを纏った年配の女性、瑚乃海が務める会社の会長だった。

 社内表彰以来の顔合わせ、瑚乃海はとっくに顔を忘れていた。

 

「聞きましたよ、この商店街のイメージソングをお作りになられたとか」

「ええ、ありがたいことに担当させてもらって」

 

 会長の方は顔を覚えていただけでなく、瑚乃海の情報も追っているようだ。

 

「今日は演奏もなさるとか。私も後でステージの方へ聞きに行かせてもらいます」

 

 ゆっくりと、それでいてはっきりとした落ち着きと貫禄のある口調で会長は話す。

 

「わざわざありがとうございます」

「我が社は企業ブースに出店していて、私はその応援に来ているのですよ。ですので、キリのいいところで抜けさせてもらいます」

「なるほど、そういうことですか」

 

 瑚乃海は自社の出展を知らなかったことを隠すように、はっきりとしない相槌を打つ。

 

「演奏が終わったらまた顔を出してください。みなさんも喜びますから」

 

 会長が手で示す先にはパイプテントと長机があり、会社の製品にちなんだクイズと景品が用意されている。数組の親子連れが景品目当てにクイズに挑戦している。

 

「今は休憩で席を外していますが、野田さんもいますよ」

「ああ、そういうことですか」

 

 遊びに来ていたように見えて仕事に来ていた野田を哀れみ、瑚乃海は心の中で合掌をする。

 

「演奏楽しみにしていますよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 会長に足止めをくらいながらも企業ブースを抜けると、アーケード街が終わり大広場に出る。そこには特設ステージが設けられていた。ステージの前にはスケジュールが立て看板で掲示されており、ダンスやチアリーディング、ジャズ演奏といった演目が行われることがわかる。

 

「知り合いが会いすぎて時間かかっちまったな」

 

 瑚乃海は首をマッサージして短時間で何人もと会話した疲れをほぐす。

 

「コノミンモテモテだったねー。妬けちゃうよ」

「そんなんじゃねーよ。私だけの知り合いじゃないし」

 

 今日声をかけられた人を振り返ると、バンドや音楽を通して知り合った人が大半。瑚乃海だけの知り合いではなかった。

 

「バンドをするにはメンバーだけじゃダメってことだな」

「そうね、今日のイベントやライブも多くの人の支えで成り立っていることを忘れてはいけないわ」

 

 当然のことではあるが、再結成をしてより強く認識したことだった。

 

「あ、そろそろ準備しないと……」

「もうそんな時間か。じゃあ行きますか」

 

 観客が徐々に埋まりつつあるステージを脇目に舞台袖へと瑚乃海たち四人は向かう。

 気持ちよく晴れ渡った空に燦燦と輝く太陽がステージを照らしていた。

 

 ◇

 

 テントと暗幕で作られた簡易的な舞台袖。

 ステージとの距離が近く暗幕越しに声や音が聞こえる。

 

「いやー、緊張するねー!」

 

 本番が待ち遠しそうに蛍子がにこやかに言う。

 

「まさかトップバッターとはな。イメージソングを作った張本人だから当然とはいえ」

 

 腕組みをした瑚乃海が返す。

 

「い、今更だけど、これだけの人にPR動画を見られるんだよね。恥ずかしい⋯⋯」

 

 暗幕を少しめくって舞台袖から観客席を覗く千晶は落ち着かない様子だ。視線の先の観客席はほとんど席が埋まっている。瑚乃海たちが出演しているライブハウスの倍以上の観客の数だった。

 

「本当に今更だな。散々MVを投稿して色んな人に見られてるじゃん」

「い、今までのは演技とかしてないから」

 

 瑚乃海の言葉に首を横に振って否定する千晶。

 

「ねえ、これからもこの衣装で演奏することになるのかしら」

 

 寧璃は着ているワークウェアの胸の部分をつまんでアピールをする。

 

「なんかワークウェアのMVの印象が強いみたい! だから是非着てくれって商店街のみんなに頼まれちゃった」

「……バンドの認知度があがった代償ね。次のMVはもっとお洒落な衣装にするわ」

 

 蛍子の嬉しげな報告に、寧璃は頭痛をこらえるようにこぼす。それを瑚乃海が茶化す。

 

「衣装選びの時はノリノリだったクセに。それにこれの方が動きやすいから演奏もしやすいぞ」

 

 見せつけるようにその場で軽いストレッチを瑚乃海はする。

 

「まあ、それはそうね。ライブでは演奏優先の方がいいのは確かだわ。見た目と機能性を両立した衣装を選ぶ必要があるわね」

「注文が多いお嬢様なこった」

 

 本番前の緊張感がありながらも軽口をたたける空気。状態がいい証拠だ。

 

「煌々カルテットのみなさん、準備の方お願いします!」

「はい! いきまーす」

 

 瑚乃海、蛍子、寧璃、少し遅れて千晶の順でステージに上がる。観客席の方は視界の端に捉えるだけでまだ見ない。

 

「最初のステージは地元在住の四人組バンド、煌々カルテットです。新しくなった商店街のイメージソングを制作してくれたバンドです。四人は⋯⋯」

 

 司会のナレーションをBGMに四人はセッティングに取り掛かる。

 準備が終わり、それからようやく観客席の方に顔を向ける。

 老若男女が集まるライブハウスでは見られないバラバラな客層。商店街を利用していない層も来ているのか、普段より若い人や子どもが多い。

 そんなボヤッとした分析をすることで瑚乃海は気持ちを落ち着かせる。

 

「煌々カルテットのみなさんどうぞ」

 

 司会からバトンパスをされ、バンドのMC担当である寧璃が引き継ぐ。

 

「はい、この度私たち煌々カルテットは、商店街のイメージソングを担当する栄誉にあずかることになりました。この場を借りて⋯⋯」

 

 寧璃が挨拶をする中、瑚乃海はふと父から言われたことを思い出す。

 曰く、ドラムとキャッチャーは似ていると。リトルリーグから社会人野球まで二十数年もの間キャッチャーをやり続けた父らしい言葉だ。

 目立つことなくピッチャーを支える裏方的な役割なところが、ボーカルの後ろに隠れながらも堅実にバンドのリズムを支えるドラムと似ている。

 装備や練習が特殊で他のポジションの人と話が合わないところが、機材が大きい上に数も多く持ち運びや練習に難儀し、和音に基づいて演奏する他の楽器に対して一人だけリズムを刻むドラムと似ている。

 専門性が高く他から転向が難しいところが、そのために人口が少ないところが。

 そして、バッター、ピッチャー、その後ろを守る野手全てを見渡せる位置から指示を出すことができ、目の前でバッターとピッチャーの攻防を見届けられるグラウンドの特等席であるところが。

 瑚乃海の目に映るのは、生真面目なライブMCから意外とユーモアのある発言もする寧璃の背中が、にこやかに寧璃のMCを見守る蛍子の横顔が、すでにこちらを向いてドラムカウントを待っている千晶の真っ直ぐな目が。いつもの煌々カルテットのステージが。

 

「それでは聴いてください。煌々カルテットで「この街で」」

 

 挨拶が終わり、寧璃と蛍子、千晶の視線が瑚乃海に集まる。瑚乃海は一人一人に目線を返して頷き、スティックを持った手を頭上で構える。

 スティックカウントをゆっくりと四つ、演奏が始まる。

 イントロは蛍子の甘いギターのアルペジオとそれを包むような寧璃の繊細なキーボードの伴奏から始まる。そこに囁くような瑚乃海のハイハットシンバルと千晶の優しいベースの音が合流する。静かな伴奏の中を寧璃の透き通るような、それでいて憂いを孕んだ歌声がそよ風のように流れる。

 静寂を切り裂くように瑚乃海がドラムをかき鳴らしてBメロに移行する。力強いバスドラムとスネアがビートを刻み、千晶のベースとともにリズムを作りグルーヴ感を生み出す。初めはぼおっと見ていた観客も徐々に音につられて体を揺らすようになる。徐々に開場のボルテージが上がっていく。

 瑚乃海がクラッシュシンバルを激しく叩いてサビに突入する。瑚乃海のドラムが更に力強くなり、千晶のベースはメリハリが大きくなって存在感が増して伴奏が一気に盛り上がる。寧璃の歌声には熱がこもり、歌に乗せて開場全体にその熱が伝播していくように響き渡る。商店街への思いがこもった歌詞と合わさり、聞き惚れてステージに釘付けになる観客が続々と現れる。その様子を蛍子は笑顔で確かめながら軽やかに音を奏でる。

 サビが終わると、穏やかに弾いていた蛍子のギターが一変する。弦上を目まぐるしく指先が動き、感情をもっているかの如き抑揚の効いた音色でソロパートを駆け巡る。ソロパートが終わると開場から拍手が沸き、蛍子はお辞儀で返答する。曲は二番に進む。

 静かなパートから入った一番に対し、二番は落ち着きながらも明るい入りだ。暗い思い出が商店街に救われて明るくなっていく歌詞が、瑚乃海の手によって表現された曲である。虜になった観客は、ライブが進行していくのを味わえる喜びと終わりが近づいてくる悲しみの両方の感覚を覚える。リズムを叩きながらも瑚乃海の顔には自然と笑みが浮かぶ。

 

 ノッてくると体を揺らしながら弾く癖のある蛍子、普段は真面目でクールだが意外にライブパフォーマンスの激しい寧璃、演奏中はおどおどせずに堂々と安定したリズムを刻む千晶、本人たちが気づいていないような癖もステージ最後方の瑚乃海の位置からはよく見える。

 楽しそうに演奏する三人とその向こうに広がる観客席の笑顔、熱気、歓声。全てを間近で見渡せるこの位置は間違いなく、ステージの特等席だ。

 この光景を見ている瞬間は夢のような時間であり、その夢なような時間を何度も味わうためにバンドをやり続けたい、瑚乃海はこの瞬間を噛み締めながら深く思うのであった。

 




これにて完結です。

ここまで読んでくださいありがとうございました。
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