週末ロック!   作:大日小月

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前章のあらすじ


会社のPR動画用にBGMの作曲を依頼された瑚乃海。

二度の再提出になりながらも元バンドメンバーの協力も得てなんとか依頼をこなし、同僚との友好と社内表彰を得たのであった。


再結成編
第七話 内気ベーシスト


「ここ一度来てみたかったんだよねー」

「ほーん」

 

 休日の昼下がり、駅からほど近い場所に立地する歴史を感じさせる喫茶店に瑚乃海(このみ)蛍子(けいこ)と共に来ていた。

 曲作りの際にギターを弾いてもらったお礼として奢る約束をしていたのを果たすためだった。

 蛍子は幸せそうに大きなパフェを切り崩している。

 

「……これが目当てなのか?」

 

 片手ではもてそうにない巨大などんぶりに盛り付けられた山盛りのパフェだった。マンゴーやキウイにオレンジやさくらんぼといったフルーツがこれでもかと敷き詰められ、それを隠すように生クリームとチョコソースがかかっている。それだけでは盛り足りないのか、ワッフルやシュークリームにプリンや逆さのソフトクリームが乗っていた。

 

「そうだよー! コノミンも一緒に食べようよ」

「まあ一人じゃ食いきれないだろうから手伝うけどよ」

 

 おそるおそるといった様子で湖乃海はどんぶりパフェに手を出す。

 無難そうなマンゴーを食べるが、生クリームとソースがべっとりとかかっているおり甘味の洪水が押し寄せた。

 

「これは太るぞ……」

 

 瑚乃海は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「コノミンの奢りだから大丈夫!」

「どういう理屈だよ」

 

 幸福感に溢れている蛍子に対してそれ以上追及できなかった。

 しばしパフェの採掘作業に励む。半ばほどになった頃でどちらともなしに休憩時間に入る。

 蛍子はコーヒーを一口つけてから切り出す。

 

「動画見たよ! カッコよかった! コノミンの曲にバッチリ合ってたね」

「そうだな。結構派手にしたけど意外と収まりがよかったかも」

 

 再提出を重ねた末に出来た会社のPR動画は、無事会社の公式チャンネルに投稿されていたのだった。

 

「再生数が少ないから営業部はバタバタしてるみたいだけどな」

 

 瑚乃海は営業部の内情に詳しいわけではないが、野田からおおまかなことは聞いていた。

 

「そうなの? あんなもんじゃない?」

 

 コテンと首を傾けて不思議そうにする蛍子。

 

「私らはバンドで動画上げてたから身に染みてるけど、最初は落ち込むもんだろ」

「そういえば最初は全然再生されなくて私も凹んでたかも」

 

 基本的に初動が大きく左右する再生数だが、現在は公開されてから一週間近くで三桁を少し上回る程度である。

 高校時代にバンド活動の一環で動画をアップしていた瑚乃海たちにすれば、そこまで悲観する数字ではないが営業部からすればそうではなかった。

 

「流石に従業員数より再生数が少ないのは問題だとかで。一人一再生を呼びかけてるみたいだけど」

 

 瑚乃海は人差し指を立てて言う。

従業員数は五百人に満たないが、それでも全員が再生すれば初期としてはまずまずの再生数になる。

 

「確かに、それはよくないね」

 

 蛍子は深く頷いて同意する。

 

「今回動画を作った人はあんまり気にしてないけどな」

「野田さんだっけ? 今までもあったんだろうね」

 

 心血注いだ作品が見ることさえもされずに埋もれていく。創作をしている上では誰もが経験をすることのため、瑚乃海や野田には再生数が少なくても慣れたものだった。

 蛍子は再びパフェを攻略しながら話題を変える。

 

「ところで、コノミンはまた新曲作ったりしないの?」

 

 様子を伺うようなトーンを落とした声。視界の端で瑚乃海の方を見る。

 

「うーん、また依頼されたらやってもいいかもな」

 

 瑚乃海はおかわりしたコーヒーにミルクを落としながら力の抜けた返事をする。

 

「作曲家でもないし、作ったところで曲の行き先がないしな」

 

 バンドのためだけに曲を作り続けていた瑚乃海に、なにかのためではなく自分一人で曲を作るという感覚がなかった。

 

「新曲作りやってもいいの、嘘じゃないよね?」

 

 透き通るような瞳が瑚乃海を見つめる。

 

「なんだよ改まって」

 

 瑚乃海は視線を逸らすようにコーヒーに手を伸ばす。

 

「実は会って欲しい人がいるんだけど⋯⋯。そろそろ来るはず」

 

 自身に会いたいという人に心当たりがなく、作曲の依頼だろうかと瑚乃海は思考を巡らせる。

 やって来たのはパーカーを羽織りジーンズを履いた小柄な女性だった。

 

「ご、ごめん。遅くなっちゃって」

 

 辿々しく謝罪をする。目元が前髪で隠れ、猫背気味の姿は弱々しい印象を受ける。

 

「ううん、まだ話してないから大丈夫」

 

 明るい髪色に笑顔が眩しい蛍子とは対照的だ。

 

「って誰が来るのかと思ったら千晶かよ」

 

 肩透かしをくらった瑚乃海は女性の正体を認めて言い放つ。

 

「あははー、びっくりした?」

「蛍子ちゃん僕が来ること黙ってたの?」

 

 蛍子が呼んだのは岡本千晶(おかもとちあき)——元バンドメンバーのベーシストだった。

 千晶は蛍子の隣に座りコーヒーだけを注文する。

 

「会うのは年末以来だな」

「そ、そうだね。久しぶり」

 

 バンドを解散してからも元メンバーとは定期的に会っていた瑚乃海。二人の間に気まずさはない。

 

「この前商店街の楽器屋で偶然会ったんだー。そこでコノミンが面白いことやってるって私が教えたの」

 

 蛍子が嬉しそうに報告する。

 

「楽器屋? ああ、蛍子はまだギター弾いてるもんな」

 

 瑚乃海はバンドメンバーの行きつけの楽器屋の風景を呼び起こす。ギターやベースに比べて消耗品が少なく、そもそもドラム用品がほとんど置いてないこともありほとんどが付き添いで行く場所だった。

 

「あの、蛍子ちゃんから聞いて瑚乃海ちゃんの動画見たけど、いい曲だった⋯⋯!」

 

 千晶が感想を挟む。

 

「そいつはどうも。制作者冥利に尽きるな」

 

 瑚乃海は簡単に例を述べる。

 

「瑚乃海ちゃんらしいけど、なんか、ちょっと今までと違う感じもした」

「あー、まあブランクもあったし、その間に色んな曲聴いたから影響されてるのかもな」

 

 千晶は感じたものを抽象的な言葉として絞り出す。瑚乃海はその感覚を理解して同意する。

 

「あ、あとギターとドラムは打ち込みじゃないよね⋯⋯二人が弾いたの?」

 

 千晶は瑚乃海と蛍子を交互に見る。

 

「そうだ。ギターは私が蛍子に頼んでな」

「そ、そうなんだ。二人ともまだ弾けるんだね⋯⋯」

 

 意外そうに千晶はつぶらな目をパチクリとさせる。

 

「私は簡単なパターンだったから何日か練習して感覚取り戻しただけだな。蛍子は今もやってるみたいだけど」

 

 ドラムを叩く仕草をして瑚乃海が答える。

 

「うん、親戚の子に弾いてあげてるんだー!」

 

 蛍子もそれに見習いエアギターを披露する。

 

「あ、千晶にベース頼まなかったのに深い意味はないからな?」

 

 図らずも除け者になってしまった千晶をフォローする。

 

「ううん、それは別にいいんだ。僕は全然弾いてなかったからできなかったと思うし⋯⋯」

 

 小さく首を横に振り、千晶は瑚乃海の気遣いを受け入れる。

 

「あれ、ベース弾いてないならなんで楽器屋に行ってたんだ?」

 

 瑚乃海は何気なく疑問を口にする。

 

「あ、それは⋯⋯」

 

 千晶の目線が泳ぐ。

 テーブルの上にあるのは空になった皿と冷えてきたコーヒー。店内にはゆったりとしたクラシック音楽が流れている。

 

「⋯⋯僕も最近またベース弾くようになったんだ。な、なんでかわからないけど無性に弾きたいって思うようになって」

 

 ゆっくりと吐き出すように心情を吐露する。

 

「それで、弦を買いに行ったら蛍子ちゃんに会ったんだ」

「なるほど、そういうことか」

 

 瑚乃海は千晶が楽器屋に居た理由を知り納得する。

 

「べ、ベースを弾いてるとなんだか落ち着くんだ。仕事のストレスも忘れられる⋯⋯」

「それわかるー! 演奏してる時は余計なこと考えなくていいもんね」

 

 蛍子が微笑みを浮かべて千晶に賛同する。瑚乃海もそれに同調する。

 

「まあそれはわかるな。私もむしゃくしゃしたら叩き回すから」

「コノミンのはちょっと系統が違うんじゃない?」

 

 蛍子は笑いながら優しく否定する。

 

「千晶は私と同じで工場勤務だからなんとなく想像がつくんだよ。現場のストレスってやつがな」

「アッキーはゴム工場だっけ?」

「そ、そうだよ。瑚乃海ちゃんのところに比べたら小さいけど⋯⋯」

 

 ゴム製品の製造する町工場が千晶の勤務先だ。町工場を含め工場が立ち並ぶこの地域ではありふれた就職先だった。

 

「ホワイトカラーの蛍子にはわからない苦労があるんだよ」

「私は事務職だけど製造業だからちょっとはわかるよー!」

 

 昼下がりの喫茶店で駄弁る光景は、OLも工場勤務も似たようなものだった。

 

「そういや、千晶はなにか用があったんじゃないのか?」

「う、うん」

 

 話題が逸れいたところで瑚乃海は思い出したように軽く投げかける。

 

「千晶も私に作曲して欲しいってか?」

 

 続けて冗談混じりに聞く。

 

「半分そうかも」

「⋯⋯マジ?」

 

 冗談のつもりだったが、千晶が予想外の返答をして瑚乃海は驚く。

 

「⋯⋯そのさ、あれなんだけど」

 

 言いづらそうに指をつけては離しを繰り返す千晶。瑚乃海は腕を組んでじっと次の言葉を待つ。

 

「もう一度、バンドやらない?」

 

 それは決定的な一言だった。瑚乃海と蛍子が二人で録音した時にお互いに頭に浮かんではいた言葉。それ内気な千晶が言ってのけた。

 

「そうきたか」

 

 湖乃海は大きく息を吐く。冷めたコーヒーを飲み干して時間を稼ぐ。

 それを見て困っていると捉えたのか、慌てて千晶が付け加える。

 

「あっ、でも無理にじゃなくていいから⋯⋯。本当にたまにやるくらいで」

「まあそれは後で考えるとして⋯⋯どうしてまたやりたいと思ったんだ?」

 

 瑚乃海は真意を探るために真剣な眼差しを向ける。

 

「⋯⋯バンドを解散した時は瑚乃海ちゃんだけじゃなくて、僕もやりきったと思ったんだ。アルバム作れるくらいに曲作ったし、ライブハウスとか商店街とか、文化祭でライブもできたし」

 

 先ほどまでとは違い、千晶は独白のように滔々と語る。

 

「一通りできることはやったよねー」

 

 蛍子が過去を懐かしむながら相槌を打つ。

 

「でも、最近は他のバンドの曲を聴いてると、僕たちが今でもバンドを続けてたらどんな曲を作ってたんだろうって考えるようになってきたんだ。それで、まだバンドをやりきってなかったのかなって」

 

 それは瑚乃海にも心当たりのあることだった。流行りの曲を聴いて”参考になる”とか”私ならこうアレンジする”だとか無意識に考えてしまう。それが最近ではより多く強くなっている。

 

「一人でベースを弾くだけで落ち着くなら、みんなで演奏したらきっと楽しいだろうなって。知ってるはずなのに改めて思うようになって。それで、瑚乃海ちゃんの新曲を聴いたらその思いがより強くなってきたんだ」

 

 言いたいことは言い切ったのか、千晶は瑚乃海の方をチラリと見ておどおどと落ち着かない様子で返答を待つ。

 

「⋯⋯そうだな、そうだろうな」

 

 自分に言い聞かせているのか、千晶に言っているのか、瑚乃海は曖昧な声色で発する。

 それから、蛍子が二人をニコニコと温かい表情で見守っていることに気がつく。

 

「バンドを再結成したいって蛍子は聞いてたのか」

「うん、この前会った時にね。ここまで思ってたとは知らなかったけど」

「蛍子はどうなんだ。またバンドやりたいか?」

 

 表情から察しはついているが、しっかり目線を合わせて確認をする。

 

「うん、私もまたやりたい!」

「そうか。⋯⋯ちなみにいつから思ってたんだ」

 

 予想通りに答えを受け止めた瑚乃海は少し姿勢を崩す。

 

「私はずっと思ってたよ? 高校卒業してもずっとバンド続ける気でいたし」

「え、そうなのか」

 

 蛍子は首をほんのり傾け、当たり前のことを言うようにスラスラと言った。

 

「どこかのリーダーさんは違ったみたいだけどねー?」

 

 意地悪そうにジトっとした目を瑚乃海に向ける。

 

「いや、それは悪かったって」

 

 バツの悪そうな顔をする瑚乃海。

 

「ところで、この話はアイツには言ったのか?」

 

 二人の意思を確認した上で、結論を出す前に更に確認を重ねた。この場にはいない元バンドメンバーの一人、ボーカリスト兼キーボードの存在についてだ。

 

「それはまだ⋯⋯」

 

 千晶はか細い声で答えた。

 

「まあそうだろうな」

 

 瑚乃海は予め返答がわかっていたように頷く。

 バンドの核であるボーカルにまだ話を通していないのは致命的なことだが、千晶の性格を考えれば無理はない。他人に厳しく自分にも厳しいボーカルを思い浮かべ、内気な千晶一人では立ち向かえないと容易に想像できる。

 

「まあ、アイツがいないことには始まらないな」

「う、うん、そうだね」

 

 瑚乃海の目線が窓の外に向けられる。行き交う人の音のない雑踏が見える。

 すでに社会人として半ば人生が決まった瑚乃海たち三人とは違い、ボーカルだけは大学に進学していた。一人違う境遇の彼女が三人と同じ結論に至るのだろうか。考えられずにはいられない。

 

「仕事の方は順調なのか? 働きながらバンドやるのは大変だぞ」

 

 知っているかのような口ぶりをする瑚乃海。

 

「さ、最近は慣れてきたよ」

「働き始めてもう一年経ったもんね」

 

  千晶の発言に蛍子が補足する。

 瑚乃海は二人に向きなおり、表情を交互に確認して大きく息を吐く。

 

「アイツに聞いてみて、よければ再結成ってことでいいか?」

 

 それが瑚乃海が出した結論だった。

 

「そ、それでいいよ。四人いてこそだもんね……」

「それって、コノミンはオッケーってこと?」

 

 蛍子が湖乃海の発言に違和感を覚えてその真意を聞く。

 

「三人がやりたいなら私はやるよ」

 

 ぶっきらぼうな湖乃海。再び見せた窓の外に顔を向けて横顔をさらす。

 

「あっ、そういうことか。湖乃海ちゃん、わかりづらい……」

「コノミンは素直じゃないなー」

「うるせー」

 

 照れ隠しを見抜かれて、湖乃海は投げやりな返事をする。

 

「取り敢えず、一曲作ってみるわ。それをアイツに聴かせてから話してみる。千晶、作詞頼めるか?」

 

 バンド内にて千晶の役割はベーシスト兼作詞だった。

 

「あ、それならもうできてるんだ。今送るからまた見といて……」

 

 自信なさげな言葉とは裏腹に、千晶は素早くスマートフォンを操作して歌詞を送信する。

 

「もうできてるのかよ。端から再結成する気満々じゃん」

 

 久々の再会で歌詞を持ち込んでいた千晶に湖乃海は少し面を食らう。

 

「ば、バンドのこと考えてると歌詞が湧いてきたから。書き起こさないとずっと頭の中でループする ……」

「それはわかる。同じメロディーがずっと脳内で流れることあるわ」

 

 制作者同士のあるあるに湖乃海は共感する。

 

「ちょっとちょっとー、私をのけ者にしないでよー!」

「ご、ごめん。でも、蛍子ちゃんもMV作成してて思わない……?」

「私はないなー。その領域に行ってないのかな?」

 

 テーブルの上には空になったカップとどんぶりが並んでいる。本題が終わりすっかり談笑モードだ。

 

「それじゃあ、歌詞はできてることだし曲づくりだな」

「う、うん。頼むね」

 

 湖乃海はいつもと変わらない調子で言った。

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