週末ロック!   作:大日小月

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第九話 カリスマボーカリスト

 どんな集団にも程度の差はあるにせよ一人は才能をもった人がいる。これはバンドにも言えることで、多くはボーカルを務めている人がそうである。ギターをやりながら歌うギターボーカルのバンドは枚挙にいとまがない。それに加えて作詞や作曲を手掛けていることも珍しくはない。

 そんな才能のある人の中でも、人々を引き付けるような才能や魅力をもった人は特にカリスマと呼ばれる。

 瑚乃海(このみ)はドラムと作曲を兼任しているが、自分がカリスマだと思ったことは一度もない。それどころか、才能があるとも思っていない。思い返せば、誰かに言われた覚えもほとんどなかった。

 作曲の仕方を無料で学ぶことができて作曲ソフトや音源が簡単に手に入り、作った曲を誰でも公開できる時代だ。作曲のハードルは大幅に下がり演奏と兼任するだけでは才能があるとは言えない。

 では、瑚乃海たちの中で誰が才能があるのかといえば、瑚乃海は迷いなくボーカル兼キーボードの——中村寧璃(なかむらねいり)だと即答できる。カリスマと呼んでも差し支えがないとすら言える。それくらい瑚乃海にとって寧璃の存在は大きかった。

 圧倒的な歌唱力に幼少期からのピアノ経験を活かしたキーボードの組み合わせはバンドの顔であった。他のバンドにいれば彼女の名は今より売れていたかもしれないと思ったことは数しれない。

 そんなカリスマをバンドに加入させたのは瑚乃海の勧誘であり、バンドの解散という手段で手放したのも瑚乃海だった。解散を宣言した人から再結成の誘いを受けて果たして受けてくれるのだろうか、という迷い蛍子(けいこ)千晶(ちあき)には内緒にしている。

 今更になって様々な思いが瑚乃海の脳内をグルグルと回る。

 

(⋯⋯私らしくねえな)

 

 バンドを結成しようとメンバーを勧誘している時は無我夢中だった。

 バンドの解散を決めた時は未練も少しはあったが、やりきったという思いが強かった。

 そして今はどうか。

 

(カッコ悪いところは見せられねえよな)

 

 ◇

 

 しとしとと雨が降る六月の休日、老舗の純喫茶に瑚乃海はいた。くすんだ漆喰の壁に深みのある褐色のフローリングが年月を感じさせる。よく言えば味のある、悪く言えば古臭い店内で革張りのソファに座る瑚乃海。

 

「年末以来だけど、元気してたか?」

 

 その向かい側には白いブラウスにネイビーのフレアスカートをすらっとした肢体に纏った寧璃(ねいり)が優雅に紅茶を口にしていた。

 耳上の髪を後ろで結んだハーフアップの焦げ茶色の髪に、陶器のような白い肌が映える。

 寧璃はティーカップを静かに置いて答える。

 

「ええ。貴方も変わりないようね」

 

 落ち着いたジャズが流れる店内を、寧璃の鈴のような凛とした声が通りすぎた。

 軽い近況報告を交わしてから寧璃が髪をかきあげる。

 

「それで、私を呼び出した理由はなにかしら?」

 

 広がりのある睫毛と見透かすような切れ長の目が瑚乃海に向けられる。

 瑚乃海はどこから話すべきか悩む。丁寧な所作から迂遠な言い方が似合いそうだが、実際は簡明直接を好む寧璃の性格を考える。

 

「バンドを再結成したいんだ」

 

 単刀直入に切り出した。

 その言葉を受け、寧璃の睫毛が僅かに震える。

 

「……一体、どういう心境の変化なのかしら」

 

 困惑したような声だった。真意を探るように湖乃海を見る。

 

「ことの始まりはこの動画なんだけど」

 

 瑚乃海はスマートフォンで動画を再生する。BGMを担当した会社のPR動画だ。

 寧璃は疑問符を浮かべるが、口にすることはなく動画を見る。

 

「これは企業の紹介動画かしら。随分と個性的ね」

 

 映画の告知のようなPR動画に表情を緩ませて感想を述べる。

 

「内容は置いといて、これの曲を私が作ったんだ。営業の人から依頼されてな」

「貴方の会社の動画なのね。話に聞いていたより遊び心があるじゃない」

 

 瑚乃海の勤め先だとわかり、寧璃の表情がより緩む。

 

「……その件についてはまた話すよ」

 

 湖乃海は一呼吸入れて話を再開する。PR 動画のできには自信があるが、身内に見られる羞恥はまた別物だった。

 

「途中でギターの音に納得がいかなくなって蛍子に弾いてもらったんだよ」

「そう」

 

 寧璃は緩んでいた表情を引き締め、目線で続きを促す。

 

「蛍子がこのことを千晶に話したんだ。そしたら、千晶のバンド熱が復活して、蛍子と一緒に再結成しようって言ってきたんだ。それに私も便乗してるところ」

 

 湖乃海はありのままを伝えた。小さな脚色でも目の前の彼女にはバレるだろうと思ってのことだ。

 

「貴方が会社からの依頼で作曲したことがきっかけで創作意欲が刺激されて、その意欲が蛍子や千晶にも伝播した。そういうことでいいのかしら」

「その認識で問題ない。創作意欲ついでにこれも聴いてほしいんだが」

 

 瑚乃海はワイヤレスイヤフォンを寧璃に渡す。

 

「なにを聴かされるのかしら」

「新曲、作ってきたんだ」

 

 作曲者としての習性か、いたずらっぽい笑顔で新曲の存在を告げる。

 

「……もうそこまで動いているのね」

 

 寧璃はいくらか呆れが混じった視線を瑚乃海に送る。

 視線に動じない瑚乃海から目を切り、イヤフォンを装着する。それを確認して瑚乃海はスマートフォンの再生ボタンに手をかける。

 

「んじゃ、再生するぞ」

 

 寧璃は目を閉じて曲の世界に入り込む。高校の頃から変わらないその姿に瑚乃海は安心感を覚える。

 暫し無言の時間が続く。曲が終わり、寧璃はイヤフォンをゆっくりと外す。

 

「貴方らしくていいんじゃないかしら。少し変化もあるけれど」

 

 感想はそれだけに留めて、イヤフォンを瑚乃海に返す。

 受け取った瑚乃海は、それが寧璃にとっては相当に称賛していることを知っていた。

 

「新曲を聴いたら弾いてみたくなる、それを狙ってるのかしら」

「バレたか」

 

 手の内を知っているのは寧璃も同様だった。

 

「それでどうだ? 再結成の話は」

 

 瑚乃海が改めて問う。

 交差する視線。他のテーブルの喋り声が曖昧に聞こえる。

 

「……バンドを解散した理由、もう一度詳しく聞かせてもらえないかしら」

 

 しばらくして寧璃の口から出たのは、瑚乃海が何通りが予想していたものとは違う言葉だった。

 

「それは”やり切った”と思ったからだけど」

「そう、その”やり切った”の中身を詳しく聞かせてほしいのよ。当時は進路のこともあったから深く追究しなかったけれど」

 

 気まずそうに言う瑚乃海に対して、寧璃は獲物を捕捉した鷹のような目を向ける。

 

「中身ねぇ」

 

 瑚乃海は腕を組んで視線を少し上に移す。かつて言った言葉の意味を過去の記憶から引っ張り出す。

 

「……私の子どもの頃の夢は、高校野球で甲子園に出ることだったんだ」

 

 どこか遠くを見るように瑚乃海は語り始めた。

 

「親父が野球選手だったんだよ。プロじゃなくて社会人野球だけどな。それでも私が知っている中では一番上手かった。そんな親父に憧れて私も野球をやってたんだ。野球やってたのは寧璃も知ってるだろ?」

「ええ、中学生に上がる頃に辞めてその代わりにギターを始めたと聞いたわ」

「その通り」

 

 一度寧璃の方に顔を向けて確認をし、再び曖昧な場所に視線を戻す。

 

「親父が甲子園に出られなかったのが野球人生の悔いだって言って。だから”それなら私が代わりに出てやる”って親父に言ったんだ。でもそれは無理だって後で気づいた」

 

 語りの継ぎ目、寧璃は相槌を挟もうか逡巡するが瑚乃海はすぐ話を続ける。

 

「当時は甲子園には女子は出られなかったんだ。それを知った私は夢がなくなってすっかりやる気をなくしてな」

 

 ”今は決勝だけ女子も甲子園に出られるみたいだけど”と付け加える瑚乃海。

 

「そんな時に出会ったのがギターだったんだ。バンドをやってた兄貴がギターからベースに転向になって、使わなくなったのを強引に譲り受けた。それが中学に入る前くらいだったかな。それから毎日ひたすらギターばっかり弾いてた」

 

 懐かしむように穏やかな笑みで語る。瑚乃海のその表情を寧璃は知らなかった。

 

「で、ここからは寧璃も知ってるとだろうけど、兄貴に影響もあって高校に入る前くらいにバンドやりたいって気持ちが湧いてきた。それで手っ取り早くバンドを組むために人口の少ないドラムに転向することにしたんだ」

「ええ、それは貴方に勧誘された時に聞いたわね」

 

 寧璃もかつての話を回想し、表情が和らぐ。

 

「バンドなら性別関係なく同じ舞台に立てるって意気込んでたなあ。実際、兄貴との対バンができたしな」

 

 身内とのバンドでの共演に込められた思いを今さら知り、寧璃は得も言われぬ感情になる。

 

「結局なにが言いたいかっていうと、私はバンドをやること自体が夢だったから四人が集まって活動できた時点で夢は叶ってたんだ。だから進路選択っていう区切りが見えた時に思ったんだ”綺麗な夢のまま終わらせてもいい”って」

 

 自己の内面をさらけ出すことに慣れておらず、多くを語ってから瑚乃海は照れを隠すようにコーヒーに口をつける。

 寧璃は瑚乃海の言葉を時間を掛けて受け止め、しばらく咀嚼してから見解を述べる。

 

「”やり切った”というのはバンドを通してなにかを成し遂げた訳ではなく、貴方の夢という観点で出た言葉だったのね」

 

 疑問が解けてスッキリした表情を浮かべる寧璃。

 

「そうか、そういうことだな」

 

 瑚乃海も自身の発言の意味を再認識して納得したように頷く。

 言葉が途切れ、二人の間には静かな時間が流れる。そろそろなにか言った方がいいかと瑚乃海が考え始めた時、寧璃が口を開く。

 

「再結成の件、了解したわ。私でよければ」

 

 透き通るような澄んだ声が瑚乃海の鼓膜を揺らした。一瞬聞き惚れて間を開けて瑚乃海は声をだす。

 

「本当か!? 本当だな!?」

 

 身を乗りだし念押しするように繰り返す。

 

「ええ。でも条件が一つあるわ」

 

 瑚乃海の圧に怯むことなく寧璃は待ったをかける。

 

「条件?」

 

 人差し指を立てて言う寧璃に瑚乃海が目を凝らしてオウム返しをする。

 

「バンドに託すものやバンドを通してやりたいこと。なんでもいいから聞かせてほしいの」

 

 切れ長の目が瑚乃海を真っ直ぐ見据える。

 

「やりたいこと、か」

 

 すぐに答えが思い浮かばず言葉に詰まる瑚乃海。目線がテーブルに落ちる。

 

「一度解散したバンドだもの、続けるためには動機が必要でしょう? ね、リーダさん」

 

 瑚乃海の心境を見透かしているのか、寧璃はいたずらっぽく微笑む。

 

「それを言われるとぐうの音も出ないわ」

 

 自身の言動を振り返り瑚乃海は項垂れる。バンドをやること自体がゴールなのは今も昔も変わっていなかった。

 

「社会人バンドが特に続きにくいのはよく見聞きしたじゃない。 貴方たち三人は働いているのだから特に続ける理由が必要だと感じるのだけれど」

「……確かにそうだな」

 

 活動を通じて知り合ったバンドの解散を聞いた時、最初は狼狽えたがいつしか慣れてしまったことを瑚乃海は思い出す。社会人バンドの解散は特に見聞きした覚えがあり、ライブハウスのスタッフや楽器やの店長は”元”バンドマンが多かった。それだけバンドの解散はありふれたものだ。

 

「ちなみに、寧璃はなにかバンドでやりたいことあるのか?」

 

 特に深い意味を持たずに瑚乃海は軽い調子で聞く。

 

「……動画の収益化、それにもう一度挑戦したいの」

 

 寧璃の返答は店内のBGMに紛れてしまいそうな小さな声量だった。

 

「なんだ寧璃、金にでも困ってんのか?」

 

 瑚乃海は目を細めて白黒させる。

 その反応を見て、寧璃の頬がほんのり赤く染まる。

 

「そういうことではないわよ。私は、私たちのバンドの音楽が一番好きだからそれをもっと認めてもらいたいのよ」

 

 胸に手を当てて寧璃は心情を吐露する。静謐な店内、寧璃の透明な声がよく通る。

 

「再生数が全てとは言わないけれど、せっかく作った曲たちですもの、収益化できる程度には認めてもらいたいじゃない。それができないままだったから、悔しかったのよ」

 

 手を膝に置いて俯く寧璃。

 今この瞬間だけはなく昔から思っていたのか、初めて知った寧璃の内情に瑚乃海は息をのむ。

 

「あれだ、目標としてはいいんじゃないか」

 

 瑚乃海がなんとか言葉を絞り出した。

 

「ええそうね、あくまで目標よ。本来の目的はバンドを続ける理由をもつことだから」

 

 表情を切り替えた寧璃がきっぱりと言い放ち、そのまま瑚乃海に問う。

 

「それで、貴方はどうなの? 今ならバンドを続ける理由が一つはあるんじゃなのかしら」

「そう言われてもなぁ」

 

 瑚乃海はポリポリとこめかみを掻きながら理由を探す。思い返せば、ひたすらバンドをすることに夢中で理由なんて考えたこともなかったかもしれない。過去の自分の無我夢中さに気づき年を取ったことを悟る。

 

「……ないのね?」

「すまん」

 

 瑚乃海の仕草で答えを察した寧璃。視線の温度がいくらか下がる。軽く咳払いをしてから瑚乃海に告げる。

 

「今すぐにとは言わないわ。でも、考えておいて。いつか聞かせてくれることを楽しみしてるから」

 

 言い切った寧璃はこの日一番の笑顔を見せた。

 

「ああ。わかった」

 

 瑚乃海は重く受け止めて軽く返した。

 話は終わり、二人の間には緩やかな空気が満ちる。

 

「ところで、そろそろあの子たちをなんとかした方がいいんじゃないのかしら」

 

 寧璃が自身の背中の方を指差した。

 

「あー、そうだな」

 

 瑚乃海は立ち上がり寧璃の後ろの席に向かう。そこに座っている人に声をかけて寧璃の元へ連行する。

 

「あちゃー、バレちゃった」

「い、いつ気づいたの……」

「いや、最初からわかってたんだが」

 

 そこにいたのは、こっそりつけてきていた蛍子と千晶だった。

 バレないように顔を隠すためか、蛍子はサングラスを千晶はマスクをしている。

 

「座ったら?」

 

 寧璃がソファに手を向ける。

 

「これで四人揃ったということね。ちょうどいいわ、二人にも聞いておきましょうか」

 

 蛍子と千晶に目配せをして寧璃が言った。

 

「え、なにを?」

 

 蛍子は首を傾けてキョトンとした。思わず瑚乃海が口を挟む。

 

「話聞いてたんじゃないのか?」

「意外と聞こえないんだよねー。周りのお客さんもいるから聞き耳立てられないし」

 

 耳に手を当てながら蛍子が説明する。

 

 「……取り敢えず、店員に席の変更を伝えましょうか」

 

 寧璃が額を抑えながら提案をした。

 再結成最初の一歩は締まらないものだった。

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