拝啓
間もなく夏も終わる時期となって参りました。長い冬を思い今の暖かさを感謝しております、
こうしてオークの方と手紙を交わすというのも不思議な気分ですね。ええ、エルフィンド王国が存在していた頃には考えもしませんでした。オークと言えば汚らわしく凶悪で非文明的な生き物と教えられ、そのように信じて生きてきましたので。ええ、今の星欧世界では我ら白エルフこそがそう呼ばれているのは存じております。虐殺者にして傲慢で汚らわしい種族、と。ですからこそ不思議なのです。あなたのような方がこうして、苛烈な尋問ではなく手紙によって私の話を聞きたがるのが。ですが、何か意味がおありの事なのでしょう。私の話が役に立てば幸いですが。
さて、前回は開戦直前まででございましたね。ではまず、外務省の失態……「エルフィンド外交書簡事件」に関してからお話しましょう。
そもそもの発端は貴国、オルクセンから「外交文書が届いた」という事に端を発します。これでエルフィンド外務省は上へ下への大騒ぎとなりました。それも当然で、当時のエルフィンドの常識ではまず、
オーク族の特徴はその数の多さと暴食にあります。周囲の種族すら手当たり次第に食い散らかし、食べ物が無くなれば同胞すら食す悪食の権化。言い換えればオークの国は常に飢えている、それが常識でした。太古の昔からオーク達は食べ物が無くなるとシルヴァン川を渡り、その周辺にある集落を略奪して食べ物を奪っていく存在でした。そしてオーク族を統一する強力な王――「魔王」と呼ばれる者が現れ国を統一すると、この略奪の大規模な物としてエルフィンドに対し戦争を仕掛けてくる。それが古来より続くオーク族とエルフィンドとの関係でした。言い換えればオーク族が国家として成立する時、その前兆として略奪が大規模化していく傾向にあったのです。強力な「魔王」の元で虐げられた比較的弱いオーク達が国境であるシルヴァン川を越えてくる、オーク族が国家を形成する時はその現象がみられる筈でした。ですが現実には120年の間、国境であるシルヴァン川周辺でオーク族を見かける事などありませんでしたから。オーク達はいまだ領域内で内戦をしている筈、そうでなければシルヴァン川付近でオーク族の略奪者を見かける筈だ、と。
「オーク達はロザリンド会戦でアルブレヒト王を失った事により四分五裂し、統一国家を築けないでいる。きっとあの『黒き森』ではおぞましい同胞殺しは行われ、互いの肉を喰らいあっているのだろう」
これがロザリンド以降、120年に渡ってオーク族に対するエルフィンドの見解となりました。ええ、オーク族がその凶悪な本性を抑え込み、同胞や他種族に対する悪食を絶ち、あまつさえ自ら食料を生産して文明国を築く――そのような事は想像の遥か彼方にあったのです。
そんなオーク達から外交書簡が届く、ありえない事でした。まだ『オーク達がシルヴァン川の対岸に兵を集め始めた』という報告の方が納得をもって受け止められたでしょう。
外務省は混乱した挙句にこの書簡に対する責任を押し付けあい、最終的には内閣に上げました。姉さまは外務省の狼狽ぶりを冷たい目で見ていましたが、書簡そのものは丁重に無視する事に決めました。それ以前にオルクセンがデックアールヴの騎兵旅団……ええ、アンファングリア旅団、でしたね。それを結成した時と同じ対応です。
後に閣議でこの書簡が話題になりましたが、姉さまの結論は変わりませんでした。
「逃げ出した
オーク族は悪食であると同時に好色な事でも有名でしたから。虐殺を逃れたデックアールヴの一部がシルヴァン川を渡り『黒き森』へと逃げた事は報告で知っていました。おそらくはそのデックアールヴの一部がオルクセン王の妾か奴隷になり、それで知恵を授けたのだろうと予測したのです。
でしたら対応は一つ、『無視』となります。所詮はデックアールヴの浅知恵、どうせ何を言った所で敵対している事には変わりないのですから。それよりも姉さまの関心は内治にありました。女王を押さえつけ有力氏族達からの支持を取り付けた姉さまはようやくエルフィンドの根本――『教義』を復活させ種族のゲマインシャフトとして社会を立て直す。その為の教育に関する政策をいくつも打ち出していました。デックアールヴの嫌がらせに関わっている暇など無かったのです。
ええ、他国から見れば何と愚かだと思われるでしょう。白エルフ族の傲慢、そして他者への無関心、それがエルフィンドという国を滅ぼしたのだと。否定は致しません、ですが一つだけ言わせて貰えるのならば。私もまた、姉さまと同じように考えております。すなわち
『この世界は聖地ベレリアを中心として設計され、白エルフはその主として指導者さま達から選ばれた存在である』
もっとも、たとえそうであろうともエルフィンドがオルクセンに滅ぼされた事は確かです。それは間違った事であろうとも、覆せない事実。それを受け入れる事くらいはしております。ですが、私はその考えを改めるつもりはありません。『偉大なる指導者』の愛を疑っておりませんし、あの方々の言葉は今でも私や姉さまの中に息づいておりますから。
話がまた逸れましたね、ではエルフィンド外交書簡事件に関してお話します。
外務省は書簡が届いた事で「オーク達の国」への返信を作成しました。この時に外務省が最も重視したのは送り先であるオルクセンではなく、姉さま――そう、姉さまの進める『教義』として正しいかどうかだったのです。シルヴァン川は聖なる境界線、その以北は全て白エルフ達の聖地ベレリア半島。よってシルヴァン川『流域』をエルフィンドと定義するあの言葉は、『教義』にとっては全く正しいものだったのです。その結果としてオルクセンとの開戦は決定的な物となりましたが――今となっては、半年の違いでしかなかったのでしょうね。
『失態』を犯した外務省幹部達は即刻処刑されました。ただしこれは親書の言葉選びを間違った事が理由であり、その後の対応に関しては問題視されておりません。女王の入浴、就寝を妨げてはならない事は当然であり、また女王に報告したとてどうせ対応など出来なかったでしょうから。これは何度でも言っておきますが、開戦におけるオルクセンの初動に対応できる方法はあの時のエルフィンドには一つもありませんでした。たとえ外務省の官僚たちが迅速に報告を行ったとて、出来る対策などありはしなかったのです。
翌日事態の報告を受けた姉さまは陸軍大臣ウィンディミアに対応を命じました。
ええ、それだけです。そもそもエルフィンドの国家システムはあのような奇襲への対応策を講じておりませんでしたから。それ以外に出来る事はありません。ウィンディミアおよび軍上層部がどのような対応を取った、かは実際に相手となったあなた方の方が詳しいでしょう。
姉さまはまず事態を静観していらっしゃいました。
この出来事――オルクセンによる奇襲は、一体どういう事なのか。『世界』というシステムに何か問題が起きているのではないか。そのように考えながら、状況を分析なさっていたのです。