星歴九〇〇年の往復書簡【完結】   作:ぼっちクリフ

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星歴九〇〇年八月十七日の手紙③

私と姉さま、そして多くの者達がここ鴨の巣(エンテンネスト)へと入れられました。

多くの者からは地獄の中のように思われているようですが――とんでもない。この鴨の巣(エンテンネスト)こそ、私と姉さまが最期に得た安住の地でした。

 

 

エルフィンドが管轄していた頃の鴨の巣(エンテンネスト)――ティリオン政治犯収容所の環境は、最初お世辞にも良いものとは言えませんでした。なにせ政治犯収容所でしたので、収容された者が野垂れ死ぬ事など日常茶飯事。掃除もロクに行き届かず、食事は豆や芋を刻んで入れたスープのみ。栄養失調からの餓死者が出る事もあった程でした。しかし、オルクセンの管轄となり鴨の巣(エンテンネスト)と改名された収容所は劇的に変わりました。

まずは掃除です。なにせオークの方々は綺麗好きですからね、収容所の所長となったオークの方の大号令により全館が一斉に掃除されました。ええ、私たち収容者も手伝いましたよ。流石に政権幹部たる特別戦犯の方は参加されなかったし、他の収容者の参加も任意でした。けれど私には思惑がありましたので……ええ、先頭に立って掃除に参加させていただきました。なにせ、姉さまの身の回りの世話をしていた経験がありますので。流石に姉さまが出世してからは掃除など家政婦にまかせていましたが、『全ての枝は根に通ず』(注:エルフィンドで『若い頃に身につけた技術や腕前が、年月を経ても衰えずに残っている』という意味)と申しますので。

 

掃除に精を出した甲斐がありました。従順な収容者だと思われたのでしょう、私は収容所内で配膳係を任される事になりました。収容所の看守などはオルクセン軍の方々が担っていましたが、収容所内の細々とした所まで全て人員を配置するわけにもいかなかったのでしょう。特別戦犯以外で従順な収容者は雑事に駆り出される事になりました。そして雑事をこなすと、僅かですが特典を貰えたりもしました。私の場合は本です。収容所内で読む本を差し入れていただきました――ええ、もちろん姉さまの為に。検閲が厳しい為に教義関係の本を持ち込む事は出来ませんでしたので、エルフィンド史の本を差し入れていただきました。配膳係として姉さまの独房へと食事を持っていく際に、私はそれらの本を姉さまへと差し上げたのです。姉さまは穏やかにほほ笑んで受け取って下さいました。そうして日々を読書に費やされていたのです。

 

収容所内での過ごし方は様々でした。多くの者は散歩、雑談、それにカードゲームなどに興じていましたね。ええ、監視は付いていましたが収容者同士が喋るのも、カードで遊ぶのも自由とされました。ありがたい事にオルクセンの方々は収容者に対しとても寛容でした。ええ、時に甘すぎるのではと心配になるくらいに。

 

特に鴨の巣(エンテンネスト)内で流行ったのが『ポーカー』と呼ばれるゲームでした。何でもセンチュリースターで生まれたゲームだそうですね、52枚のカードで役を作るカードゲームだそうです。このゲームを収容者たちに流行らせたのが元外相のミアレスでした。マッチ棒を使って点数を数えながら、彼女は「ファルマリ君に勝った。勝ち点21」「アマンヤール君との勝負で勝ち点18」などと日記に記録していましたね。ええ、私も一度誘われましたが断りました。

そんな彼女達は、決して姉さまに近づこうとはしませんでした。恐らくは「同類だと思われると刑が重くなる」と思われていたのでしょうね。姉さまはいつも独房で本を読まれるか、庭で散歩をし物思いに耽るか。いつもそうして、とても穏やかに暮らしていらっしゃいました。私は配膳係として姉さまの独房へ入る権利を得て、こっそり姉さまの身の回りの御世話をしておりました。部屋を片付けたり、お洋服のほつれを見つけるとこっそり持ち帰り自室で繕ったり、持ち込んだ櫛と香油で姉さまの御髪を整えたり。看守様は知らなかったのか、それとも知っていて見逃してくださったのか……ええ、何も言われませんでした。「収容所内での虐待などはなく、収容者は人道的に扱われている」との評判が欲しかったのでしょう。時々やって来る取材の記者たちが、中を見て大変驚いていらっしゃいましたわ。

 

そんな収容所の中で、看守も収容者も避ける姉さまにただ一人近づく者がおりました。教誨師と呼ばれる白エルフです。何でも聖星教(スタリック)の司祭の資格を持っているそうで、よく見つけてきたものですね。ええ、なにせエルフィンドで教誨師を務めていたのは教義信奉者ばかりですから。そのような人物しか居なかったのでしょう。ですが、彼女はとても熱心に姉さまに話しかけていました。ええ、その頃には既に姉さまに対し、死刑の判決が下っていました。教誨師とは死刑囚に対し、魂の安寧と穏やかな最期を迎える為に派遣される宗教者の事です。ええ、彼女は世間からの批判や姉さまの裁判での態度にも関わらず、姉さまの心を救おうとしていました。もっとも姉さまは教義の信奉者、聖星教に転ぶなどあり得ません。そこで教誨師は教義や宗教の話はせず、人が生きる意味やその使命、そして使命を終えた者の安息などについてを話はじめました。ええ、私もその席に呼ばれました。どうやら妹が居れば少しは心を開いてくれる、と思ったようですね。姉さまは『指導者(ヴィラール)』様より授かった使命の事、それを果たそうと努力した事、そしてその天命を理解せずにのうのうと生き残ろうとする者達への批判などをしていました。教誨師は反論もせずに姉さまの話を聞き、そして言ったのです。

 

「大きな荷物を背負われていたのですね。そして、それを下ろす気は無いのでしょうか」

 

「もちろん。これは私があの方々より授かった、大切な言葉、大切な使命。私はこれを誇りに思っています」

 

「私はあなたの旅路を評価する事は出来ません。あなたがした事を肯定も否定もできません。出来るのはただ、死に向かう貴女を少しでも理解し、そして後悔無き旅を続けられるようお話をするだけです」

 

「珍しい方ですね。世界中が望むのは、私が惨めで孤独に死ぬ事でしょうに」

 

「私の神はそれを望みません。同じように、私自身も」

 

姉さまはその言葉を聞き、少しだけ教誨師に心を開いたようでした。彼女の神は理解できなくても、彼女の信念は姉さまの心に届いたのでしょう。ええ、私も彼女といくつか話をしました。もっとも私への判決はまだ下っていませんでしたので、あくまでも獄中で姉さまが何か足りない物はないか、姉さまに対する他の囚人の嫌がらせなどが無いかとの話をしただけですが。

ええ、彼女の善性は私も姉さまも保障致します。死刑執行までの3年間、私と、教誨師と、そして姉さま。奇妙な関係は続き、多くの話をしました。その日の食事のような他愛ない話から、今のエルフィンドが置かれた状況、世間の様子、オルクセン統治の事、そして生と死と使命について。それらの話は――ふふ、残念ながらお教えする事は出来ません。あなた様の質問にもありませんでしたし、手紙が長くなりすぎますから。ですが、そうですね。もし知りたければ、教誨師の彼女を訪ねてみてはいかがでしょう。今は何処でどうしているのか、存じ上げませんが。

 

 

そして、その日がやって参りました。

私と、教誨師がお見送りする中で。姉さまはゆっくりと13と書かれた鉄扉(ドライツェン・アイゼントゥア)の前に立ち。私の方を見て……

 

 

「ルシ、後の事はお願いね。また会いましょう」

 

 

その弾けるような笑顔を、今でも私は思い出せます。

あぁ、姉さま。ドゥラ姉さま。あなたとまた会える日を、私も心待ちにしております。

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