星歴九〇〇年、エルフィンド王国ティリオン郊外
その日一台の自動車が正門前に止まり、監獄内は俄かに騒がしくなる。その日の自由時間は中止となり、収容者たちは皆独房に(当時既に部屋が余りすぎており、囚人たちは皆個別の房で生活していた)押し込められ不満を漏らしていた。しかし普段は規律も緩くなっていた看守達がこの日ばかりはまるで新兵のように固くなり、厳戒態勢で監獄内を見張っていた。何かあったのかと囚人たちは皆勘ぐったが、結局その理由が説明される事は無かった。
「その……」
「良いんだ、君は下がっていてくれ」
何かを言いたそうな看守を下がらせ、その
対して面会室には一人の白エルフが座り、彼の事を待っていた。伝統の古い簡素なローブを身に纏い、銀縁眼鏡をかけた銀髪の白エルフは穏やかな笑みでオーク族の男を出迎え、立ち上がり一礼した。その仕草は完璧に礼儀に叶っており、所作も相まって彼女もまた上流階級の出身である事を伺わせる。
「まさか、本当にいらっしゃるとは思いませんでした」
「ベレリアントで仕事の予定がありまして、ついでに寄らせていただきました」
嘘ではない。彼はベレリアントで仕事の予定があったし、この訪問はその隙間時間を使っての事だ。
白エルフ――ルシエン・ディーアハイルは驚いたように言うも、男は事もなげに返す。彼女は頷きながらポツリとつぶやいた。
「物好きな方ですね」
それでも、彼はこの手紙の返事をどうしても受け取りたかった。彼が求める最後の質問、それに答えられる者はもうこの地上でただ一人。おそらく彼女、ルシエン・ディーアハイル以外に存在しないのだから。
会談――公的には「面会」となっているこの部屋の中の出来事は、どの史書にも記録にも記されていない。
「
「ええ、私以外の17人、全てが釈放されるそうです」
「あなたは了承していないでしょう?」
「もちろんです。先日の手紙で申し上げた通りに」
「ではあなたは――」
「精神病院へ強制入院、だそうです」
ここまで頑なに教義を捨てないのは精神病の一種であると所長は報告し、その意を受けた精神医学者がこれを認め強制入院用の書類を書いた。当時はまだ精神医学会も設立されておらず精神病は世間にようやく周知され始めたものであり、このように都合の悪い者を社会から隔離するのにたびたび使われている。
ルシエン・ディーアハイルはそれに異を唱えるわけでも世を儚むわけでもなく、目の前の
彼女にしてみれば仕方のない事ではあった。姉と過ごしたこの
気を利かせた看守がコーヒーを持って入って来て、二人の目の前に置く。
コーヒーはいつも飲んでいる安いものではなく、おそらくアフェリカか南センチュリースター産の豆を挽いたであろう芳醇な香りのする一品だ。見栄っ張りの所長が慌てて取り寄せたのだろう、普段
「その病院では今までのように手紙を書く事も出来なくなりますので。ええ、今日こうしてお会いできたのは幸いでした」
「――では」
「ええ、ええ。もちろん、私は約束を忘れておりませんよ」
約束――手紙を書き、彼の疑問に答える事。往復書簡を交わす時に彼女はそう約束をしていた。彼の知りたがっていた四つの質問。
『ドワルシュタイン侵攻を発案したのは誰か、そして実際に行ったのは何者か』
『デックアールヴ虐殺は何故起こったのか』
『何故恩赦を全て断って
そして最後の、彼のもっとも知りたがっている問いかけ。彼女はそれに答えるべくドウラグエル・ダリンウェンの旅路を語り続けた。
今、彼はその最後の質問の答えを得るべくここへとやって来たのだ。
ルシエン・ディーアハイルは柔らかく微笑み――そして、少しだけ居住まいを正し語り始めた。
「あの
私のドゥラ姉さま
エルフィンド王国最後の首相ドウラグエル・ダリンウェンの話を」
彼女の視線を真っ向から受け止めて――
その仕草に満足そうにしながらルシエン・ディーアハイルは続ける。
「ええ、ええ! ドゥラ姉さまと、そしてあなた様の最後の質問――『一体
あなたが往復書簡の一頁目をめくるに際して記した通り。
この物語は、救いの無いおぞましい話だ。
耳を塞ぎたくなるような、目を覆いたくなるような――
そんな答え合わせを語るべく、
「どうぞ最後までご清聴下さいませ、