星歴九〇〇年の往復書簡【完結】   作:ぼっちクリフ

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星歴九〇〇年十一月二十三日の面会①

星歴九〇〇年、エルフィンド王国ティリオン郊外鴨の巣(エンテンネスト)にて。

その日一台の自動車が正門前に止まり、監獄内は俄かに騒がしくなる。その日の自由時間は中止となり、収容者たちは皆独房に(当時既に部屋が余りすぎており、囚人たちは皆個別の房で生活していた)押し込められ不満を漏らしていた。しかし普段は規律も緩くなっていた看守達がこの日ばかりはまるで新兵のように固くなり、厳戒態勢で監獄内を見張っていた。何かあったのかと囚人たちは皆勘ぐったが、結局その理由が説明される事は無かった。

 

「その……」

 

「良いんだ、君は下がっていてくれ」

 

何かを言いたそうな看守を下がらせ、その(おとこ)は面会室へと入った。上等なスーツを着込み帽子を被り杖を持ったそのオーク族の紳士は監獄には相応しくない気品を漂わせており、机と椅子、それに窓が一つあるだけの殺風景な面会室には到底居る筈の無い上流階級の者だった。

対して面会室には一人の白エルフが座り、彼の事を待っていた。伝統の古い簡素なローブを身に纏い、銀縁眼鏡をかけた銀髪の白エルフは穏やかな笑みでオーク族の男を出迎え、立ち上がり一礼した。その仕草は完璧に礼儀に叶っており、所作も相まって彼女もまた上流階級の出身である事を伺わせる。

 

「まさか、本当にいらっしゃるとは思いませんでした」

 

「ベレリアントで仕事の予定がありまして、ついでに寄らせていただきました」

 

嘘ではない。彼はベレリアントで仕事の予定があったし、この訪問はその隙間時間を使っての事だ。

白エルフ――ルシエン・ディーアハイルは驚いたように言うも、男は事もなげに返す。彼女は頷きながらポツリとつぶやいた。

 

「物好きな方ですね」

 

(おとこ)は苦笑しながら首肯する。なるほど、確かに物好きかもしれない。手紙の返事を受け取る為に、わざわざ戦犯用の監獄(こんな所)まで出向くのだから。愛する妻にも胡乱な目で見られ、色々と言い訳をしなくてはならなかった程だ。帰りにはご機嫌を取るべく、何か甘い物でも買って帰るとしよう、それで笑って許してくれる筈だ。

それでも、彼はこの手紙の返事をどうしても受け取りたかった。彼が求める最後の質問、それに答えられる者はもうこの地上でただ一人。おそらく彼女、ルシエン・ディーアハイル以外に存在しないのだから。

 

 

会談――公的には「面会」となっているこの部屋の中の出来事は、どの史書にも記録にも記されていない。鴨の巣(エンテンネスト)の所長は自分が立ち会うと言い、それを断ってもせめて看守の監視の元でと食い下がったが(おとこ)はそれを全て断り、彼女と二人きりで会うのを望んだ。これから話す事は、決して誰にも話せない、そんな類の話だったからだ。もっとも、聞いた所で誰も信じず「教義原理主義者の妄言だ」と一言で切って捨てるようなものだろうが。

(おとこ)は静かに切り出した。

 

ここ(鴨の巣)は間もなく閉鎖されるそうですね」

 

「ええ、私以外の17人、全てが釈放されるそうです」

 

「あなたは了承していないでしょう?」

 

「もちろんです。先日の手紙で申し上げた通りに」

 

「ではあなたは――」

 

「精神病院へ強制入院、だそうです」

 

ここまで頑なに教義を捨てないのは精神病の一種であると所長は報告し、その意を受けた精神医学者がこれを認め強制入院用の書類を書いた。当時はまだ精神医学会も設立されておらず精神病は世間にようやく周知され始めたものであり、このように都合の悪い者を社会から隔離するのにたびたび使われている。

ルシエン・ディーアハイルはそれに異を唱えるわけでも世を儚むわけでもなく、目の前の(おとこ)に淡々とそれを語った。まるで、全てを諦めているようだった。

彼女にしてみれば仕方のない事ではあった。姉と過ごしたこの鴨の巣(エンテンネスト)を離れるのは耐えがたい苦痛であり、精神病院に入れられるのなど緩慢な拷問を受けているのも同じ。それでも、自分自身に選択肢が無い事を分からない程に狂っているわけでもない。彼女は戦犯であり虜囚、そして世間的に見れば大罪人なのだ。多少我を通した所で、最後には権力に屈し罪人としての生を全うする以外の選択肢などない。それを避けたいのならば自ら命を絶つしかないが、自殺は姉の最期の言葉を裏切る事になる。どのような苦痛があろうとも生きる以外の選択肢はない。たとえそれが、魔種族の長命故に永遠の苦痛を受け続ける結果になったとしても、だ。

 

気を利かせた看守がコーヒーを持って入って来て、二人の目の前に置く。(おとこ)が重ねて「決して入って来ないように」と看守に念を押すと、看守はしゃちほこばって敬礼しぎこちない足取りで退室した。あの看守はこの鴨の巣(エンテンネスト)に来てもう10年以上経つ筈だ。このように緊張する場面など経験した事が無かったのだろう。

コーヒーはいつも飲んでいる安いものではなく、おそらくアフェリカか南センチュリースター産の豆を挽いたであろう芳醇な香りのする一品だ。見栄っ張りの所長が慌てて取り寄せたのだろう、普段鴨の巣(エンテンネスト)で出されるコーヒーと言えば、『戦時中のチコリの根を炙ったものよりかはマシ』程度の泥水であり、収容者から所長に至るまでそれに文句も言わなかったものだ。ただ、流石に茶請けの菓子まで用意する余裕は無かったのだろうか、皿に乗って出て来たのは見慣れたキャメロット産の麦芽入りクッキーだった。栄養価は高いが、味はといえば土壁を食べているような気分になるシロモノで、客人に出すようなレベルの菓子ではない。ただ、ルシエン・ディーアハイルはこのクッキーが嫌いではなかった。アンバランスなコーヒーとクッキーを楽しみながら、彼女は会話を続ける。

 

「その病院では今までのように手紙を書く事も出来なくなりますので。ええ、今日こうしてお会いできたのは幸いでした」

 

「――では」

 

「ええ、ええ。もちろん、私は約束を忘れておりませんよ」

 

約束――手紙を書き、彼の疑問に答える事。往復書簡を交わす時に彼女はそう約束をしていた。彼の知りたがっていた四つの質問。

 

『ドワルシュタイン侵攻を発案したのは誰か、そして実際に行ったのは何者か』

 

『デックアールヴ虐殺は何故起こったのか』

 

『何故恩赦を全て断って鴨の巣(エンテンネスト)の中に居続けるのか』

 

そして最後の、彼のもっとも知りたがっている問いかけ。彼女はそれに答えるべくドウラグエル・ダリンウェンの旅路を語り続けた。

今、彼はその最後の質問の答えを得るべくここへとやって来たのだ。

ルシエン・ディーアハイルは柔らかく微笑み――そして、少しだけ居住まいを正し語り始めた。

 

 

「あの(かた)の話をしましょう

 

私のドゥラ姉さま

 

エルフィンド王国最後の首相ドウラグエル・ダリンウェンの話を」

 

 

彼女の視線を真っ向から受け止めて――(おとこ)はコクリと頷いた。

その仕草に満足そうにしながらルシエン・ディーアハイルは続ける。

 

「ええ、ええ! ドゥラ姉さまと、そしてあなた様の最後の質問――『一体指導者(ヴィラール)様は私たち姉妹に何を教えて下さったのか』、その答えを今、お話しましょう」

 

 

あなたが往復書簡の一頁目をめくるに際して記した通り。

この物語は、救いの無いおぞましい話だ。

耳を塞ぎたくなるような、目を覆いたくなるような――

 

そんな答え合わせを語るべく、ルシエン・ディーアハイル(最後に教えを受けた者)は恍惚の表情で語り始める。

 

 

「どうぞ最後までご清聴下さいませ、グスタフ・ファルケンハイン陛下(あなた様)

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