星歴九〇〇年の往復書簡【完結】   作:ぼっちクリフ

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星歴九〇〇年十一月二十三日の面会②

長い話を聞き終わったグスタフは大きく息を吐いた。

古くて生焼けの肉を食べてしまったかのような後味の悪さが全身を覆っている。ルシエン・ディーアハイルが話した内容のおぞましさに、思わず拳を握りしめ過ぎたようだ。血が滲む手をハンカチで覆いながら、彼女の方へと目を向ける。その目は輝き、懐かしき思い出をなぞるように宙に視線を向けていた。心が過去へと飛んでいるのだろう、その声には若干のなつかしさ、そして甘さが漂っていた。

 

「これで私の話は終わりです。ええ、あなた様はきっと理解してくれないでしょう。けれど、良いのです。これは私と、姉さまと、指導者(ヴィラール)様との大切な思い出、大切な約束なのですから」

 

彼女にとってそれは神聖不可侵の領域での出来事であり、その考えを変える事など出来ないのだろう。グスタフも今更彼女の価値観を変えられるなどと思ってはいない。彼女はその思い出、価値観を抱えたまま精神病院へと行く。そして、二度と出てくる事は無いだろう。それで良い、それしかない。

――万全を期すなら彼女をここで殺してしまうべきなのかもしれない。この世界の「真実」の手がかりを知る彼女を野放しにすれば、いずれ誰かが真実に気付いてしまうかもしれない。けれど、グスタフにはそれが出来ない。出来そうもない。精神病院の中ならば、たとえ彼女が何を言っても「精神病患者の戯言」で済まされるだろうから……

 

彼女達の罪は彼女達のものだ、それを否定は出来ない。たとえどんな者の介入があったと言えど、彼女達は立ち止まる事が出来た。多くの世界を見て、重ねた歴史を知り、自分達以外も生きているのだという想像力を持つことが出来れば。あんな悲劇は回避できた筈なのだ。

それを怠り、立ち止まり、甘い思い出を現実に無理矢理当て嵌めようとした彼女達姉妹の罪は償われなければならない。

 

それでも、彼女達姉妹には。ルシエン・ディーアハイルという白エルフの原体験は。もっと別の形があったのではないかと、思わずにはいられなかった。

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

ルシエン・ディーアハイルはグスタフに声をかける。

 

「何でしょう?」

 

「あなた様は、オルクセンという国は」

 

 

じっと、彼女は男の目を見て呟いた。

 

 

「本当に、指導者(ヴィラール)様の加護を受けていないのですか?」

 

 

彼女からすれば、信じられない事だった。

ある日突然、まるで魔法のように現れエルフィンドに攻め込んで来たオルクセンは。かつて自分が見た光景――偉大なる指導者(ヴィラール)様が見せてくれた力ではないかと。開戦時、本当に疑ったものだった。すぐにその考えを打ち払った。世界から、指導者(ヴィラール)様から愛されたのは我ら白エルフである、と。そう信じていたのに。エルフィンドは瞬く間に追い詰められ、白エルフ達は懸命に戦うも破れさり、愛する姉は絞首台の露と消えた。

優秀な、世界でもっとも優秀な白エルフが間違う筈がない。間違っている筈がない。

 

 

ならば何故。

 

 

何故、我らは敗れた?

 

 

もしかして、私達は――

 

 

もう、指導者(ヴィラール)様から、愛されては

 

 

「受けておりません」

 

グスタフはルシエン・ディーアハイルの思考を遮るようにきっぱりと言い放った。

 

「我が国、我が民は己の力で荒れ野を切り拓き、食料を生産し、武器を磨いて戦った。そこに何人の介入もありません。全ては、彼らの力です」

 

事実だった。

たとえ己が異世界から来た者だとしても。あの勝利は、間違いなくオルクセンの勝利でありオルクセン人の勝利だった。己の小さな力のおかげで勝ったなど、グスタフは決して思わなかった。

 

「そうですか」

 

ほんの少しだけ安堵したように彼女は呟いた。それが、面会の終わりの合図だった。

 

 

鴨の巣(エンテンネスト)所長の見送りを受け、グスタフは車に乗り込んだ。

いささか、疲れた――今日は宿で少し酒でも飲もうか。そう思いながら振り返り、鴨の巣(エンテンネスト)の方を見やる。

 

ようやくこの収容所も閉鎖される。本当の意味で、『戦後』が終わる日が近づいているのかもしれない。収容所の跡地には多くの商店を連ねた商店街を建設するそうだ。太陽の都市(ゾンネスタッド)と呼ばれるこの施設にはきっと多くの者――オークも白エルフも訪れるだろう。過去に囚われる者がいる一方で、多くの者は未来に向けて歩き出している。それが、グスタフの心を少しだけ慰めた。

 

(みんな生きて、未来を目指している)

 

 

だからこの話は、ここでおしまいだ。

 

 

指導者(ヴィラール)の正体も、教義も、姉妹の願いも。全てこの胸に収め、未来へは持って行かない。未来はこの地に住む人々のものであり、過去に生きる者には必要無い。そのおぞましく残酷な真実は、あの忌まわしい記憶と一緒に自分が墓場まで持って行く。妻にも決して言うまいと、決めていた。

 

 

ヴィルトシュヴァインに戻ったグスタフはルシエン・ディーアハイルと交わした往復書簡を公文書館へと収めた。本当ならば焼き捨てた方が良いのだろう。けれど、それは出来なかった。彼女がその生涯をかけて書き記したドウラグエル・ダリンウェンの記録。彼女の人生そのものをかけた往復書簡を結局グスタフは焼き捨てるにしのびなかった。幸い、指導者(ヴィラール)に関する記述はほとんど無い。こうして公文書館に機密指定文書としておさめれば誰にも見られないだろう。

 

そして往復書簡は「ヴィルトシュヴァイン公文書館機密指定文章396132号」として眠りについた。

 

 

ルシエン・ディーアハイルのその後を伝える記録は無い。

 

ただ、彼女は精神病院で穏やかに過ごしたようだ。後世に精神医学会が成立した時、彼女が本当に精神疾患かどうかが判定された。結果は「精神疾患は認められない」。けれど、過激な教義主義者を野に放つわけにもいかず、特例として精神病院内に留めおかれる事になったという。

彼女自身は従容として自らの運命を受け入れた。精神病院内では他の患者を助けたり、身寄りの無い子供達へ読み聞かせをするボランティア活動などをして過ごしたようだ。過激な教義主義はなりを潜め、穏やかな時間を過ごしていたと言われる。病院の看護士たちも彼女を頼りにしており、「昔話がちょっと長い白エルフの患者さん」として生活していたという。

 

ドウラグエル・ダリンウェンの再評価が進む事は無かった。彼女は教義主義に狂って他種族を迫害、「レーラズの森事件」を始めとした数々の虐殺を主導した巨悪として今も「その名を口にしてはならぬ者」として歴史に悪名を刻んでいる。その遺体はグスタフ王の命で太陽の都市(ゾンネスタッド)再開発の時に密かに共同墓地へと葬られた。ルシエン・ディーアハイルにもその事は伝えられ、後年外出が許された時には密かに墓参を行った。もっとも周囲の者に名前は伏せられ、ただ「姉の弔い」と言っており、彼女がドウラグエル・ダリンウェンの妹である事を知る者もほとんど居なくなった……

 

 

 

星歴九〇〇年以降、世界で指導者(ヴィラール)、即ち異世界からの来訪者が目撃された例は存在しない。

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