拝啓
ベレリアではまだ春の足音が遠い頃でしょうね。
あなたのような方からの手紙を頂き、大変驚きました。私のような一囚人の話に興味を示されたと看守様から伺っております。もうエルフィンドが地上から消えて十五年以上が経った今、私の話に何の意味があるかはわかりません。
私の話を聞いた尋問官の方は皆首を傾げ、意味が分からない、あの女を庇っているのだろうとおっしゃいました。誓って言いますが、私は決して嘘をついておりません。私はあの方の事について絶対に嘘を申し上げません。この地上において、私だけはあの方の本当の姿を語り継ぎたい。それが、それだけが私の今の望みなのです。
ええ、ですからお求めとあればたとえどんな方が相手であろうとも私はそれに応じます。
あの
私のドゥラ姉さま。
"大戦犯"エルフィンド王国前首相ドウラグエル・ダリンウェンの話をしましょう。
私ことルシエン・ディーアハイルはドゥラ姉さまと同じ白銀樹の生まれでした。ええ、ティリオンに程近い由緒ある白銀樹、有力な氏族の出です。豊かで美しい金髪の姉さま、そして銀髪の私。同じ年に白銀樹のもとに生まれた私たちは姉妹として育ちました。姉さまは氏族内部で瞬く間に頭角を現し、若くして一族を代表する才媛と呼ばれていました。やっかみや嫉妬も多かったですが、姉さまはそんな事を全く気にしません。逆に嫌がらせをしてくる相手には苛烈に報復し、上下関係を叩きこんでいましたっけ。時には氏族の長老から窘められる事もありましたが、上辺だけ従いながらも決して手を緩める事はありませんでした。いつしか氏族の者たちは皆姉さまに従い、長老たちも姉さまが氏族の代表として振る舞う事に意を唱えなくなりました。
この頃の姉さまはお転婆で、活発で、活力に満ちていました。屈託なく笑い、私にもルシ、ルシと優しく話しかけ、弱き者の味方となり強き者を従わせる。ええ、姉さまは生まれながら指導者の器を持ち合わせていました。
「私が氏族を、そしてこの国を救ってみせます」
姉さまは口癖のようにそうおっしゃっていました。私はそんな姉さまに影のように付き従い、お仕えしました。姉さまの望みを叶える事が私の望み、姉さまの側に侍りその大望をお支えする事が私の生き甲斐。いつしか私は姉さまの家の内向きの事を取り仕切る執事のような立場になっていました。
あぁ、オークの方には分かりにくい習慣でしたでしょうか? ええ、エルフィンドでは家族という単位で生活をしません。氏族単位の繋がりの下は個人で生活します。けれどもそれでは何かと不便な事もありますから、高位の者は内向きの事を任せる家令、執事を雇うのが一般的なのです。ええ、私は自ら志願して姉さまの執事となりました。実に200年以上姉さまにお仕えしております。ですから見て来たのです、姉さまがどのように生き、どのように狂い、どのように果てたかを。
看守様の中には私が姉さまを愛していた、と勘違いなさっている方もいらっしゃいました。けれど、とんだ思い違いと言うべきでしょう。ええ、この際ですのではっきりと申し上げておきますね。
私と姉さまは対等ではございません。姉さまはエルフィンドの為に生まれて来た方、私は姉さまを支える為に選ばれた者。与えられた役割の大きさが全く違います。故に、私のこれは愛ではなく自然の成り行きである、あえて名前を付けるとすればそれは愛ではなく忠誠心であると御分かり頂けると思います。
私は虜囚の身、この身がどんな辱めを受けようと逆らえる立場ではございません。しかし、これは私と姉さまの神聖な関係であり、たとえあなた方征服者オルクセンであろうと決して踏み入る事は出来ない、不可侵の領域である事を宣言させて頂きます。以後このような無礼な思い違いをなさらないよう、看守様には厳しくお申しつけ頂ければ幸いと存じます。
――すみません、少し取り乱して筆が乱れました。
続きを書かせていただきますね。
姉さまが政治の道を志した事は氏族内で意外に受け止められました。これもオークの方には不可思議に映るでしょうか。私たち白エルフにとってもっとも高貴な、そして重要視されるのは歌や詩作、文化を作り上げる事です。氏族を代表して歌や踊り、詩作をしながら一族を纏め権力を握る。それがもっとも高貴で名誉ある生き方とされておりました。政治や地主の仕事がその次、さらには軍事や商工と続き農業や手工業が最下層。そんな国で自ら第二位の仕事を姉さまが選んだ事を不思議がる者もおりました。けれど、姉さまにとって政治の世界を目指すのはごく自然の事だったのです。
「全ては偉大なる『
……姉さまは本気でそう思ってらっしゃいました。『
かの方々が定められた『教義』、三代女王の元で発展を遂げて以降、失われつつあった『教義』を再興し、その教えを元に国家を立て直す。政治の世界を志した時に姉さまはそんな理想を掲げられました。そして実際にそれを成し遂げるための方策を練り、道筋を定め、行動に移された――ええ、後世の人々からはきっと『悪夢はこの時から始まっていた』と罵られる事でしょう。
否定は致しません。けれど断言します。姉さまの存在無くしては、エルフィンド王国は早々に瓦解していた。あるいは同胞が殺し合い、奪い合い、凄惨な飢餓が国を覆いつくしていた。それほどエルフィンドという大樹の内部は腐りきっていたのです。
理想の第一歩として姉さまは氏族の推薦を得てティリオンの大学で政治学を学ぶ為に氏族を出て首都ティリオンへと移り住みました。同族の方が身元を保証し部屋を用意して下さいましたので不自由はありませんでした。身の回りの事は私がお世話していましたし、姉さまの御供で私も大学で学ぶ事が出来ましたから。
もちろん大学の政治学科は学びを得る為だけの場ではありません。姉さまはここで味方を作り、同時に敵を見定めていました。様々な氏族から政治を志してティリオンにやって来た、政治家の卵たち。ここに来たほとんどの者が政治家、あるいは官僚となる事が決まっている人々でした。ええ、有力氏族の推薦無くしてあの場に居る事は不可能でしたから。いわば、政治学科は政治家候補生によるサロンのようなものだったのです。姉さまの周囲には多くの人が集まりました。大多数はただの取り巻きでしたが中にはモリンドのような、後に政治家として名を馳せる者も集っていきました。姉さま程のサロンを作りあげた者は政治学科始まって以来居なかったそうです。当然ですね、姉さまは才媛でありながらもっとも高貴な道を捨て、政治の世界を志した方。一方で政治学科生の大多数は有力氏族から利益代弁者として選ばれたひよっこばかりでした。姉さまに叶う筈もありませんでしたから。
姉さまの部屋にはいつも多くの人が出入りし、この国の行く末や教義についての議論が交わされていました。私はお茶を淹れながらぼんやりと聞いていただけですが、典雅に笑いながらも姉さまはそこで多くの知識、見識を吸収し、そして敵なのか味方なのかを見定め、また味方として優秀かどうかを観察していたのでしょう。彼女たちが帰った後には、決まって人物の講評を私に向かって話してくださいました。
私生活では――いえ、やめておきましょうか。私にとっては貴重な、宝石のような青春の一ページですが、きっとあなたのような方が知りたいのは別の事でしょうから。
ええ、ここからが本題です。
姉さまは大学を首席で卒業後、教義省でキャリアを始められました。
そして、エルフィンドという国がどれ程行き詰り、瀕死の重病人であるかを嫌という程目の当たりになさるのです。