黄金樹中心主義、というものをご存じですか?
ええ、姉さまが権力を掌握する以前のエルフィンド、その政治形態を現した言葉です。一見すると『御聖樹たる女王の元に纏まって国家を運営する』と読めますね。ええ、もしそれが本当なら至極真っ当な政体に見えます。そして頑迷な教義絶対主義者である姉さまがこの黄金樹中心主義を転換し、狂気的な『教義中心主義』へとエルフィンドを変貌させた事でエルフィンド王国は決定的に歪んだと、きっとそうお思いなのでしょう。
とんでもない思い違いです。
あなた方オークは知らないでしょうが、この黄金樹中心主義はエルフィンドを分断し、衰退させた原因の最たるものでした。
黄金樹中心、すなわち黄金樹を筆頭として白銀樹の大きさ、樹齢、そして氏族間の力関係と駆け引きをもって政治的発言力の大きさが決定する。要は白銀樹、つまりは氏族ごとに序列が決定しそれを動かす事の叶わない階級社会。それが黄金樹中心主義の正体です。それくらいなら何処にでもある、とお思いですよね? きっとあなた方の想像以上の酷さですよ。
エルフ系種族はある日白銀樹の元で突然見つかる事でこの世に生を受けます。それは言い換えれば出産数や人口をコントロールする事が不可能、という事です。しかしその氏族が必要とする人口、特に働き手の数や種類は千差万別です。まさか『白銀樹から生まれた人口をもとに物の生産量やインフラに必要な人員を決める』なんて、出来るわけないですから。
ええ、そうです。序列の高い氏族は序列の低い氏族に対して赤子や働き手となる子供の供出を命じたのです。幼い子供を無理矢理故郷である白銀樹から引き剝がし、自らの氏族に連れてかえり労働力として確保する。……言うまでも無い事ですが、こうして連れていかれた子供は悲惨な運命を辿ります。良くて小作人、悪ければ農奴・奴隷として働かされ、若くして亡くなった子らも多く存在しました。大きな氏族間ではこの連れ去り子の分配を巡って、水面下で武力衝突まで起きていたのですよ。
もちろん人口だけではありません。食料から生活に必要な様々な物資まで、まずティリオン、そして有力氏族の元へ優先的に届けられました。その輸送に必要なインフラ整備も当然ながら有力氏族の治める街が優先され、弱小氏族は山道を何日もかけて物資を運ぶ事が常態化していました。冬には田舎で餓死者が出るなど日常茶飯事、一方ティリオンでは豪勢な食事が必要量以上に作られ廃棄されている。この歪みこそが『黄金樹中心主義』の根幹だったのです。
姉さまはこの現状を打破する必要性を感じていました。そこで姉さまはまず『教義』を再定義し、再構築し、政治の根幹に据える事。そしてその『教義』をもって有力氏族を抑制しエルフィンド王国をひとつの国として纏める事を始めたのです。
「白銀樹や氏族はあくまでエルフィンド王国の中のシステムに過ぎない、真に尊ぶべきは『教義』である」
「『なるべく纏まって生きよ』と指導者はおっしゃられた。纏まって生きる者たちは保護されるべきである」
「『シルヴァン川南に出てはならない』という事はシルヴァン川以北はエルフィンド王国の領土、その領土内における統治は女王と中央政府により統制されるべきである」
このように理論武装してまずは連れ去り子の問題に手を付けました。労働力を奪い取られた弱小氏族、特に北部諸州の疲弊は如何ともしがたく、北部の人々の中には犯罪に手を染める者も多く出ていたからです。姉さまは教義省から手を回し、農奴としてとらわれていた子供たちを調査しました。有力氏族たちが農奴として使っていた子供達を調べ、それが連れ去り子であるならば『教義に対する重大な背信』と決めつけ、今すぐ解放するか法廷に立つかを選ぶように迫りました。多くの氏族はしぶしぶ連れ去り子を手放す事を選びましたが、一部の有力氏族、特に私たちの氏族と敵対していた氏族達は団結してこの行為を拒否、姉さまの事を『教義を勝手に解釈し白エルフ族の伝統を否定するものである』として教義裁判所の開廷を要求しました。どちらの教義解釈が正しいか、法廷で決着をつける事となったのです。
法廷では圧倒的に敵対氏族たちが有利と思われました。姉さまは敵を作り過ぎましたから、多くの氏族が密かに教義裁に対し『連れ去り子の伝統を認めるべきである』との書簡を送っていたのです。中には陪審員に金品を送った者もいたようですね。
開廷すると姉さまはまず教義官僚であった部下の一人、モリンドに教義解釈を語らせました。ええ、あの前教義大臣のモリンドです、その頃から姉さまの腰巾着をしていましたから。ですが、彼女の『教義』にかける情熱は本物です、一言一句教義を違えずに諳んじてみせ、法学者と真っ向から議論できるだけの知識を持ち合わせるモリンドは一歩も引かずに論陣を張ります。
「連れ去り子を伝統と言い労働人口の適切な分配とおっしゃるのならお聞きしましょう。連れ去り子は『教義』に叶うものだと本当にお考えか?」
「然り。『教義』には三圃式農業で寒さによる不作を克服せよとある。故に我らは早くから連れ去り子たちに三圃式農業を覚えさせる事で労働人口を適切に分配しているのだ。特に北部諸州は家畜の食べる青草に乏しく三圃式農業が不可能な地域が多いではないか」
「『教義』は一言一句正確に願いたい! その言葉は正しくは『皆で生きていける農法をやっていきましょう』です! お聞きしますが連れ去り子たちの待遇は生存を最優先としたものなのでしょうか? この十年のデータだけでも、連れ去り子たちが何人飢えや疲労で死んでいったか、またその数倍に上る失輝死が起きたのかをご存じ無いのか!? 『教義』における三圃式農業の大前提であり目的は生存です、収穫と収益をあげる事ではない!」
モリンドはこのように『教義』の解釈に関して徹底的に正確さを追求し、時に揚げ足取りと言えるまでの論法で相手を疲弊させていきました。
長い議論で疲弊した所に証人として登壇したのが当時陸軍中佐であったプレンディル、後の内務大臣です。彼女は治安維持の観点から連れ去り子に関しての問題を指摘しました。
「北部諸州では連れ去り子によって人口減少が続き、治安が悪化しています。これら地域は農業での収益性が低く、貧困層が多いのも特徴です。まずはこの地域に連れ去り子を戻し人口を回復させなければ治安はますます悪化するでしょう」
「異議あり! 北部諸州における貧困および治安悪化の原因は住民の能力が低い事と土地が瘦せている事が原因であり、連れ去り子との因果関係は証明できない!」
「続けて、こちらは軍部内における兵士のデータです。御覧の通り北部出身者の割合が顕著に高くなっております。また北部出身兵士は年齢が比較的高い傾向にあり、栄養状態は他地域と比べて大変悪いのがご確認いただけるでしょうか。これに関しては軍幹部も憂慮しており、早急の対策を求めております」
法廷がざわつきました。常備軍制度を取るエルフィンド王国軍の問題点の一つが、食い詰めた者や浮浪者が軍に集まってしまうという事です。これら質の悪い兵士の問題を解消する為にも、軍部は早急に北部の治安改善を求めていました。
モリンドによる『教義』論、プレンディルによる軍部からの要望。この二つで法廷の雰囲気は明確に変化していました。有力氏族たちは焦燥し、何とか反撃をと機会を伺っています。
そんな中で、いよいよ姉さまが登場します。
「この裁判を聞くすべての方々にお聞き願いたい。我ら白エルフ族はこの世で最も優秀で、最も美しく、最も完璧なる存在である。それは何故か、我らはもう一度思い出さなくてはいけない。『偉大なる指導者』がこの世界に降臨し、エルフィンド王国と白エルフ族に惜しみない愛を注いでくれた事、その教えを忠実に守っている事。これこそが我ら白エルフ族を完璧たらしめるのだ。今、我らはこの教えを忘れて氏族同士が争い弱き者を虐げる構造を放置している。これは明確な『教義』に対する裏切りである!
我が同胞、愛すべき白エルフ達よ、どうか『教義』をもう一度思い出して欲しい。重要なのは白銀樹の格ではなく『教義』なのだ。まずはこの連れ去り子の問題を解決する事で、人々の心に『教義』を取り戻すべきではないか!」
姉さまの演説により大勢は決しました。教義裁判所は連れ去り子を『教義』違反と認定、ただちに是正する事を命じます。
この日の姉さまは誇り高く、自信に満ちて恐れるモノなど何もないとばかりに未来を見据えていました。
――ええ、もちろんこれは一面だけの真実に過ぎません。
この裁判以後、農奴が足りなくなった大地主たちは別の方法で労働人口を補おうとしました。すなわち、
もっとも、
オルクセン王国、エルフィンド王国に対して侵攻開始。
そう、ロザリンド会戦の始まりでした。