オルクセン王アルブレヒト2世、アーンバンドに軍を集結開始。目標はドワルシュタイン首都モーリア、規模から見て確実にアルトリアまでの侵攻を企図している模様。
世に名高きロザリンド会戦の始まり――
オルクセンにとっては忌まわしき名でしょうか、それとも雪辱は既にベレリアント戦争で果たしたとお思いかしら。
世間では「名将クーランディアとその右腕マルリアン将軍、そして優秀なエルフ兵たちの巧みな戦術により大王アルブレヒトが率いる
そもそも伝説の始まり、「エルフィンド軍、ロザリンド渓谷に集結」という一事が如何に至難の業だった事か、知る人はあまり残っていないでしょうね。
エルフィンドの軍制については割愛致しますが、あなた方から見れば複雑怪奇な物に映った事でしょう。あれは国軍と各氏族との駆け引きによって生まれた物です。
国軍側は「各氏族に分かれた規模がバラバラの部隊など作戦の支障になるだけだ、こちらですべて統合し作戦に合わせて再編する」と主張しました。
それに対し各氏族側は「国軍の案では国軍司令官の采配次第で対立氏族に損害を押し付けれてしまう。氏族部隊ごとの独立性を維持するか、国軍司令官を氏族間の合議で決めるか、作戦案に対し氏族間会議の了承を必要とするか。三案のうちどれかを飲まなければ各氏族は兵の供出を拒否する」と反論したのです。
――「こいつらは狂っているのか」と思ってしまう結論でしょう?
ええ、当然国軍は激怒しました。けれども実際国軍に兵を供出するのは各氏族。特に有力氏族の兵の供出がなければ軍の規模は大幅に低下します、オルクセン軍の侵攻に対抗する必要のある国軍に逆らう術はありません。それでもクーランディア将軍は女王に直訴して要求の撤回を願い出たそうですが、残念ながら当時は三代女王の御代とは違いました。女王はあくまで有力氏族の合議の承認役、その決定を覆す事は出来ませんでした。結局国軍は「可能な限り氏族部隊ごとの独立性を維持する」「統合された部隊の指揮官は兵の数ではなく階級および任官順をもってこれを決める」という案を飲まざるを得ず、そこまでしてようやくロザリンド渓谷への兵の動員を開始できたのです。ええ、これが120年後まで続くエルフィンドの軍制の基本となりました。流石に国軍司令官の人事権や作戦案の合議などを認めていては戦争など出来る筈もありませんから、氏族部隊の独立性維持の案を受け入れる以外、オルクセン軍の侵攻に動員を間に合わせる事が出来なかったのです。
とはいえ、氏族側も必死でした。国軍が無条件に氏族毎に編成した部隊を再編、運用して良い許可を与えるのは黄金樹中心主義の根幹を揺るがします。最終的には軍がその編成権を振りかざして氏族内の人材を引き抜き、己の意のままに操り軍部独裁の道が開ける。氏族側の最大の懸念はオルクセン軍の侵攻よりもむしろそこにあったのです。
紆余曲折はあったものの、ロザリンド渓谷への動員が開始されました。一番早く到着したのは
「お前らエルフどもに従えじゃと!?」
軍議中のテントにドワーフ王の怒号が響き渡ります。エルフィンド国軍はドワーフ王直卒の砲兵および銃兵に対し指揮下に入り作戦に従うように要求しました。出した兵の規模、そして作戦行動における指揮系統を見てもそれが妥当だと。
「総指揮官は陛下ですが、作戦行動の主体となるのはエルフィンド軍となります。我らに従えという事ではなく、あくまで作戦上の都合として……」
「この世に生を受け幾星霜、国の内外で戦にあけくれ、鉄と血をもって友となす余に戦を指図するのか小娘がっ!」
ドワーフはこういう時に頑固ですからね。とはいえ、ドワーフに戦を任せるなど自殺行為です。
そもそもロザリンド渓谷で迎撃戦を行う事になったのはドワーフに原因があります。エルフィンドはシルヴァン川西部に首都を構えるドワルシュタイン王国に対しエルフィンド王国への『参加』を行いともにオルクセンに備えるべきだと申し出ていましたから。彼らが独立にこだわったが故にシルヴァン川南岸での迎撃戦というプランを捨てざるを得ませんでした。それが敵の攻勢に晒される段になって慌てて援軍として呼びつけ、あまつさえ作戦に従えないなどという要求を認めるわけにはいきません。
そこで出てきたのがマルリアン将軍です。彼女はドワーフ王の前に進み出るとゆっくり一礼して説得を開始しました。
「勇壮なる鉄と鋼の申し子、偉大なるドワルシュタイン国王陛下に申し上げます」
「む……」
「鉄と血を従える百戦錬磨の陛下の御力は我らも十分に知る所。ドワーフの砲兵、銃兵の力無くしてこの戦に勝つ事は出来ない。故に我らは陛下の元へ馳せ参じました」
「然り。あの
「ですからこそ! その力を最大限に発揮する為に、我らエルフの魔術力をお使い頂きたいのです!」
「魔術力だと?」
「我らエルフは魔術力を持ち、魔術通信で把握した敵の位置を砲兵隊に伝えられます。我らエルフの騎兵が敵の位置を把握し、それを魔術通信で砲兵隊に伝えその位置に砲を叩きこむのです」
「なるほどな、貴殿らエルフが先駆けとなるという事か」
「ですが、その作戦の為にはどうしても都合上、我らが指揮を執らないといけなくなります」
「先駆けである騎兵、魔術通信の受け取り手、双方が魔術力のあるエルフでなくてはならんからのぅ」
「陛下には大変恐縮ではありますが、これもドワーフ砲兵隊の力を最大限に発揮する為――」
「よい、皆まで言うな」
ドワーフ王は満足気に頷きながら立ち上がり、マルリアン将軍の小さな肩に手を乗せました。座っている時ですら大柄なドワーフ王は立っているマルリアン将軍を見下ろす形でしたが、立ち上がるとその体格は大人と子供といった所でした。
「若いのに大した見識だ。その勇気に免じて、貴殿らエルフの作戦に従おうではないか」
……本当はドワーフ王も作戦に従う必要性は認めていたのでしょう、要は従う切っ掛けが欲しかったのです。マルリアン将軍が幼い(ちなみにマルリアン将軍の年齢は当時でドワーフ王より上です)ながら必死にかき口説く姿、そして作戦の妥当性。感情と理論双方が満足した事で矛を収めたといった所でしょうか。ドワーフ王はまるでもう勝利は疑いないとばかりに作戦会議を打ち切り酒宴を開きました。ええ、この後作戦はエルフィンド国軍上層部のみで話し合い決定しました。
その場に姉さまもいらっしゃいました。女王――エルフィンド王国前女王陛下よりの密書を預かった政府特使として、軍の監察官も兼ねて従軍していたのです。
「ドワーフ王も随分とご機嫌です事。マルリアン将軍はお見事ですわね」
姉さまの言葉にクーランディア将軍が苦虫を嚙み潰したような顔で応えます。
「まだ勝つと決まったわけでもないのに良い気なものだ」
「あら、勝つ自信はおありなのでしょう?」
「当然だ。軍人として、勝利は責務である」
「でしたら、勝利後の『責務』もお忘れなく」
姉さまは不敵に笑いながらゆっくりと配られた杯を掲げました。
「死にゆく不浄なオークとドワーフに」
その言葉は私以外の誰に聞かれる事もなく、杯と共に飲み干されたのです。