さて、随分と前置きが長くなってしまいました。
あなた様が知りたがっていらっしゃった事の一つ、「ドワルシュタイン侵攻を発案したのは誰か、そして実際に行ったのは何者か」についてでございましたね。もうお察しの事でしょう、発案は姉さまです。ですが、一人で決めたわけでも強引に事を進めたわけでもありません。ドワルシュタイン併合、そしてドワーフ王の暗殺は当時の女王、そして陸軍大臣の承認を得て行われました。
「ドワーフ領の併合……」
「ロザリンドでオークどもを撃破した余勢を駆ってモーリアへ侵攻、これを陥落させる事で『未回収のエルフィンド』を全て取り戻す事が出来ます、陛下」
『教義』によればシルヴァン川流域以北は全てエルフのもの、すなわちエルフィンドが統治すべき土地でした。そのエルフィンドの『国内』に都市を構え不当に占拠しているドワーフ達を白エルフ族は内心快く思っておらず、ドワルシュタインは密かに『未回収のエルフィンド』と呼ばれていたのです。姉さまはこのドワルシュタインをこの機に併合する事を女王へと密かに上奏しました。
女王陛下はこの案をすぐに受け入れました。ええ、心から待ち望んでいたかのように。――当時事あるごとに中興の祖たる三代女王と比較され、有力氏族からは『軽い神輿』として扱われていた先代女王は内心鬱屈とした思いを抱えていらっしゃいました。『未回収のエルフィンド』を併合、聖なるシルヴァン川すべてを白エルフ族の手に取り戻し、その偉業をもって有力氏族達の傀儡から自立した女王へと脱皮する。その願いを見透かした姉さまはドワルシュタイン侵攻案を立案したのです。
ですが、同席していた陸軍大臣が懸念を表明しました。
「馬鹿な、オークどもと一戦交えた後にモーリア侵攻など無茶苦茶な……」
「ドワーフどもはロザリンドの戦で王を失い混乱するでしょう。その混乱の隙を突きます」
「王を失う!?」
「ええ、ドワーフ王はロザリンドで戦死なさいますので」
「そんな都合の良い話があってたまるか! ドワーフ王が戦死などと……!」
「ドワーフ王はロザリンドで戦死、後事を我らが女王陛下に託します。これは
姉さまの言葉に陸軍大臣は絶句しました。既定の事、つまりそうならなければドワーフ王を暗殺するとの示唆でした。激昂し止めようとする陸軍大臣の機先を制し、姉さまが続けます。
「これは陸軍大臣閣下にとっても悲願の事でしょう?」
「何だと!?」
「モーリアは白銀樹の加護無き土地、言い換えればどの氏族の影響下にも置かれない都市となります。ここにかねてより軍部から設立案のあった『国境警備隊』の駐屯地を置く事ができますわ」
当時国軍は首都から進発してロザリンドまで出征しました。これは国軍の駐屯地が首都近郊にしか無かったが故です。
エルフィンド軍の補給は伝統的に自給自足――というのは、オルクセンの方も詳しい事でしょう。自給自足、即ちエルフィンド軍が都市に駐留する場合、その補給の負担は都市が持つ部分が大きくなります。国防の要たるアルトリア要塞がその最たる例でしょう、穀倉地帯で食料の余剰があるからこそ要塞を設置しその駐屯兵の補給を賄う事が可能だったのです。陸軍はアルトリア要塞のほかに国境地帯近郊にも軍の駐屯地を設置、そこに国境警備を目的とする国境警備隊を設立する事を目指していました。ロザリンドの時のような敵の侵攻に相対する場合、素早く情報を得た上で遅滞戦闘を行い国内の被害を可能な限り減らす為の即応部隊の必要性を国軍も痛感していたのです。しかし、この部隊の駐屯をどの都市が担うかが決まっておらず、案は宙に浮いていました。姉さまはその国軍の懸念に解答を示したのです。モーリアならば都市の規模的にも十分な数の国境警備隊が駐屯できます。また各氏族との調整も不要で最前線に位置する、国軍にとっては理想的な条件が揃っていた都市だったのです。
しばらく首肯した後、陸軍大臣はポツリと言いました。
「軍は陛下の意思に従うのみです」
「物わかりの宜しい事で」
チクリと皮肉を言う姉さまを陸軍大臣は丁重に無視しました。女王陛下はその場で姉さまをロザリンド軍への密使に任命し、女王陛下および陸軍大臣のサインが入った命令書を持参させ派遣なさいました。
外交的な懸念? ええ、ありませんでしたよ。
キャメロットとグロワールはセンチュリースターの植民地を巡って係争中、そのセンチュリースターでは独立の動きが活発化。ロヴァルナ帝国は歴史的にオルクセンと対立関係にあるので魔種族に対し敵対的。そんな状況でドワーフの小国一つ滅ぼしたところで、誰が文句を言ってきましょうか。
話をロザリンドへ戻しましょう。
ロザリンド渓谷の本営で女王陛下よりの密命を受けた将軍たちは混乱しましたが、全員が命令を受け入れました。ええ、マルリアン将軍も聞いておられましたよ。ですが会議の場では何も言いませんでした。『未回収のエルフィンド』に対する思い、そして国防上の問題点、さらには会議の時のドワーフ王の態度が決定的だったのでしょう。
「将来更なる脅威が来た時、ドワーフ王がエルフィンド軍の足を引っ張り国防の危機を招くのではないか」
この策はそんなエルフィンド軍の懸念を一掃するものでした。同盟軍の寝首を掻くという卑劣な行為は『国防上の懸念払拭』『女王陛下の命』『軍人たるもの上官に従うべし』という建前によって塗り潰されました。後刻マルリアン将軍だけはクーランディア将軍に『こんな蛮行はエルフィンド軍にとって千年の汚点となる』と直訴して止めようとしたようですが。態度だけは立派な事ですわ。
会戦の経緯はあなた方こそよくご存じでしょうから省かせて頂きましょう。オルクセン王アルブレヒト2世の戦死、オルクセン軍壊乱、デックアールヴ族による追撃。その後デックアールヴ達が帰還した後に事は起こりました。
「是非モーリアに立ち寄っていかれよ、秘蔵の酒でもてなそう!」
豪快に笑いながら帰路につくドワーフ軍をエルフィンド軍の一部部隊が襲撃しました。この時部隊を率いていたのがブレンウェル、ええ、後の秘密警察長官です。彼女はドワーフ兵どころか同行していたフンデ同盟のコボルト商人まで含めてすべて殺し尽くした後、ドワーフ兵の遺骸から服を剥ぎ取りドワーフ軍団に偽装してモーリアの城門を開けさせ、この陥落にも活躍しました。立案はプレンディル中佐だったそうです。
以上が栄光のロザリンド会戦におけるドワルシュタイン侵攻の経緯です。ですが、姉さまにとって一つだけ誤算が生じました。英雄となったクーランディア将軍、そしてマルリアン将軍が政治に関わろうとしなかった事です。
ロザリンド会戦で勝利の栄光を得て、『未回収のエルフィンド』を取り戻した両将軍はエルフィンドにとってまさに救世主でした。その声望は高まり、彼女たちは派閥を立ち上げ政治の世界で暗闘を行う事で成り上がろうとする、それがエルフィンド軍将校お決まりの出世ルートでもありました。ですが、彼女達はそれをしなかった。派閥に入るアテのある者だって居ました。ロザリンド会戦で遠く北部諸州からやって来て国の為に命を懸けて戦った弱小氏族たち、彼女たちの発言権は当然高まりました。ロザリンド会戦で功績を挙げた者は皆英雄の一員、有力氏族とて蔑ろには出来ません。そして彼女らは後ろ盾を求めていました、それこそ彼女らを纏め派閥とするのに最も適したのがクーランディア将軍です。国の為に戦いながらも貧しい土地で苦労する彼女らの後ろ盾になり、その生活の為に政治の世界で戦う。姉さまはそれを期待していました。クーランディア将軍と姉さまはいわば共犯の関係にあります、その派閥を自らが取り込み、代わりに北部諸州の待遇改善は姉さまが請け負う。姉さまはそんな関係性を期待していたのです、自らの国家再建計画に軍を取り込む為に。
しかしクーランディア将軍もマルリアン将軍も政治に決して関わらず、自らの分をわきまえ一軍人である事に固執なさいました。ええ、それは軍人としてとても褒められた態度ではあるのでしょう。けれども弱小氏族たちは失望し、結局その待遇改善は成されないまま放置されました。
姉さまは後に両将軍についてこう評されました。
「軍は軍あるを知り、国あるを知らず」
――姉さまは結局、軍内部で孤立しつつあったプレンディル、ブレンウェルの両名を自らの派閥として取り込み、『次』の段階へと進みます。
知りたい事に関して、少しはお役に立てたでしょうか。
この続きは次回の手紙にて、また記させて頂きますわ。
大いなる白銀樹の加護があらん事を。
敬具