教義大臣として改革を進める中、姉さまはエルフィンド財務大臣に面会しました。
当時の財務大臣は格はありますが権限は小さく、限定的でした。というのも国家予算自体が国家規模に比べて著しく低いせいで、エルフィンド政府自体の権限が小さかったのです。税の収入は低く、その中から王室費用や各省からの予算請求をやりくりしなくてはなりません。各省の大臣は有力氏族出身の者が多く、財務大臣といえども予算請求を無下には出来ずその調整には非常に気を使いました。税収の低さは有力氏族に対する監査が機能していない事が大きく、これが税収を大幅に低下させていました。財務大臣は当時の女王が選んだ側近でこの税収に対する改革を期待されていましたが、これは一朝一夕で何とかなるものではありません。改革は停滞し、財務大臣は女王からも部下の財務官僚からも突き上げを食らって疲弊していました。姉さまはそんな財務大臣に接触し、ある提案をなさったのです
「コボルト商人の監査!?」
「ええ、税務および教義の両面において、ですわ」
姉さまはコボルト商人に対する監査を行い不適格な者から鑑札を取り上げる事を提案しました。鑑札が無ければ白エルフ族以外は国内に留まる事が認められず、これは事実上のコボルト商人追放と言っても良いでしょう。
当時コボルト商人達を中心としたフンデ同盟はエルフィンド国内でも大小様々な商人として活躍していました。彼らは有力氏族と結託しエルフィンドの流通網を支え、国内商売には欠かせない存在となっています。軍部にも食い込み酒保商人としての立場も確立しておりました。
ただ、姉さまが進める『指導者たちの九つの教え』の純化、権威化が進んだ結果、彼らの立場は微妙なものとなっていました。それでもフンデ同盟の商人達は有力氏族や新興富豪の庇護によりエルフィンド国内での商売を続けておりました。彼らが居なければエルフィンドの商売は成り立たない、故に黙認すべきだとの立場を取る者が大部分だったのです。一般市民たちも何の疑問も無くコボルト商人達の店を利用し、商売と言えばコボルト商人達のするものだという意識がエルフィンド中に蔓延していました。しかしこれは『エルフィンドは白エルフ族が纏まって暮らす国である』という姉さまの掲げる教義解釈と真っ向から対立するものです。姉さまにとって決して認められるものではありませんでした。
そこで姉さまは彼らを一掃する為に財務官僚達と手を組む事にしたのです。財務大臣は権限は小さいものの格は総理に次ぐ存在、その財務大臣主導の監査となればいくら有力氏族達とて彼女達だけではコボルト商人を庇いだてしきれるものではありません。正当性は政府側にありますから。
財務大臣は少し考えた後に姉さまに向かって言いました。
「しかしフンデ同盟の商人は強かだ、すぐに根回しをして自分たちの保身を図るだろう」
フンデ同盟の商人は交渉に優れています。彼らは監査に対して有力氏族と世論、それに国軍を味方につけて逃げ切ろうとする事は目に見えていました。
けれど姉さまには秘策がありました。
「ですので、最初は皆が納得する監査のみを行います」
「皆が納得?」
「対象を徴税人のみに絞り監査を実行するのです」
徴税人、正確には徴税請負業者。エルフィンドにおいては有力氏族達から徴税権を買い取った者たちの事を言います。当時のエルフィンドでは氏族毎に規模に応じて決められた税額を先に収め、その後氏族内で税金を集めるのが通例となっていました。そして氏族に代わって実際の徴税業務を行っていたのがフンデ同盟の大商人、特にコボルト商人達でした。彼らは徴税の権利を買い取り(先に予定の税額を氏族に収め)た後、その権利を行使して氏族内で税金を徴収していました。彼らの税金回収は巧みかつ苛烈で、多くの国民から恨まれていましたから。「徴税人の不正を監査する」という名目は国民達の多くが賛同する事は間違いありませんでした。
「なるほど! 連中ならば国民も納得する。そうなれば有力氏族達や国軍も文句は言えまい」
「それに、叩いて埃の出ない徴税人などおりません。彼らを見せしめにして『コボルト商人達は国家の益を損ない国民から利益をだまし取る存在だ』と国民に広く知らしめるのです。こちらが手を出す前に他のコボルト商人達に対して圧をかけてくれますわ」
正確に税額通りに徴収する徴税人などはおりません、それでは利益が出ませんから。ほとんどの徴税人は税を多く取れば取るだけ自らの利益になる事から、時に税を水増しして取り立てます。正確な監査を行えば不正が出るのなど当たり前、徴税請負業務とはそれを前提としたシステムなのです。
財務大臣は乗り気でした。彼女にとってみればこれを気に徴税請負業務を廃止し、財務省の手に徴税権を取り戻す絶好の機会です、逃す筈がありません。税務上で巧妙に監査を逃れたとしても無駄です、教義面で追い詰めれば良いだけですから。「徴税請負業務で他種族が白エルフ達に損害を与えた」というだけで教義違反を理由に逮捕し、苛烈な尋問を加えて監査逃れを『自白』させる。それで終わりです。
『徴税請負業務において徴税業者に教義違反の疑いあり、全面的な監査を行う』
女王の認可を得て行われたこの監査で多くのコボルト商人達が検挙されました。最初は不安そうに見ていた国民でしたが、財務大臣は素早く手を打ちました。『コボルト商人達が取り過ぎていた税の一部を還元する』として一部税の返金があったのです。これで途端に皆がこの監査を支持しました。徴税人達が引っ張られると歓声が上がり、時には石が投げられるようになります。逮捕された徴税請負人のコボルト商人達はほとんどが税務および教義に対する違反で処刑されました。一部フンデ同盟に所属する人間や白エルフの徴税人も居ましたが、そのほとんどは自主廃業の道を選びました。徴税人に対する風当たりは酷いもので、逮捕される前に家が襲撃されるような事まで起こり始めていたのです。
もちろん、この監査は徴税人だけで終わりません。監査はコボルト商人全体におよび、多くのコボルト商人たちが追放、あるいは処刑されました。ええ、否定はしませんよ。これは姉さまと当時のエルフィンド政府が主導した、『商売を白エルフの手に取り戻す』純化政策の結果です。フンデ同盟はエルフィンドからの撤退を宣言、エルフィンドの商業は一時大きく落ち込みました。有力氏族達は抗議しましたが、それも腰砕けでした。なにせ自分たちの氏族内でもコボルト商人に対する不満が爆発しており、庇いだてすれば氏族内の統制に乱れが出る可能性があったのです。結局有力氏族の代表達は財務省と協議し、コボルト商人達が持っていた一部の権益を譲り受ける事で納得しました。そのほかの権益はエルフィンドの新興富豪やキャメロット商人達へ売り払う事となりました。そして徴税権を取り戻した結果政府の税収は大きく上がり財務省の権限は飛躍的に増大したのです。
姉さまは最後の仕上げを行いました。
『財務大臣、財務省前で暴漢に刺され死亡。犯人はコボルト商人で、動機は鑑札を取り上げられ財産を没収された逆恨みか』
――ええ、ブレンウェルはこういう事が本当に得意ですから。犯人はその場で射殺されましたが、当然これでは終わりません。「コボルト商人達は逆恨みで白エルフ族を恨んでいる」「ヤツらを生かしておいては復讐されるかもしれない」。こうした言説は瞬く間に広がり、エルフィンド全土でコボルト商人に対する迫害が開始。フンデ同盟に加盟していなかった小規模商店までもが焼き討ちされ店主が吊るされました。残っていたわずかなコボルト達もこれで全滅し、生き残った者は海外へと脱出。コボルトという存在はエルフィンドから一人残らず居なくなりました。そして姉さまは大臣の居なくなった財務省を把握、財務大臣を兼任する事になります。この時点で既に時の首相の権力すら凌駕していたと言っても過言ではないでしょう。
コボルト達の一掃が進んでいた頃、姉さまは有力氏族からの推薦を取り付け首相に就任。ついにエルフィンド政界の頂点へと昇り詰めました。とはいえこれは追認に過ぎませんでした。既にエルフィンドの改革を強力に推し進め、事実上国家の舵取りは姉さまが行っていたのですから。有力氏族たちも前財務大臣が約束したコボルト商人達の権益譲渡の約束を姉さまがきちんと履行した事で安心したのでしょう。
そして、ここからエルフィンドの『立て直し』は加速する事になります。