もうお分かりでしょう、姉さまは国民に『教義』という規範を与え、『他種族』という敵に向かわせる事で白エルフ族の連帯を生み国家のゲマインシャフトを形成し直したのです。批判はどうぞご自由に。けれど、オルクセン王国もまた同じ、デュートネ戦争という災害から身を守る経験――『国土防衛戦争』という規範と『人族』という共通の敵の元、国家の再団結を果たしたのではないでしょうか?
失礼、囚人の戯言でございますのでどうぞお聞き流し下さいませ。
首相となった姉さまはますます精力的に働くようになりました。
閣僚を自身の側近で固め、有力氏族たちから派遣された者達は名誉職へと押し込み身動きを取れなくしていきます。この時はまだ女王との関係も良好で、女王の権威の元姉さまが権力を振るう理想的な体制が出来ておりました。国内経済はコボルト排斥の影響で多少混乱しておりましたが、新興の白エルフ商人たちの台頭も始まりまず順調な滑り出しと言って良かったでしょう。有力氏族達からの協力も得て、国内は一致団結しておりました。唯一割を食ったのが国軍でしょうか。ですが、元々エルフィンドは軍に対し冷淡な国でしたから。既にロザリンド時代の名声も薄れ、国軍といえば食い詰め者の行きつく先。そんな意識は国中に広まり、彼女らの待遇改善に乗り出す者など居ませんでした。
そんな中で早速行われたのが国内の反動派の粛清です。教義を蔑ろにして私腹を肥やす者、国内の秩序を乱す者、犯罪者の後ろ盾になっていた者。様々な者を教義違反の名目で逮捕し見せしめにしていきました。内務大臣に就任したプレンディルは秘密警察長官に就任したブレンウェルと共に政権に反対する者を片っ端から収容所へと放り込んでいきました。時には有力氏族の子弟も含まれていましたが、これらは後に氏族との交渉で釈放されています。もちろん、彼女達を釈放する代わりに有力氏族達からは見返り――政権に対する支持と従属を頂いてはいましたが。反抗する氏族の中には氏族ごと壊滅――『族滅』の憂き目にあった者達も居ました。それもすべては国家再統合の為、エルフィンドがひとつの国家として生まれ変わる為に必要な犠牲である。姉さまは心の底からそう信じておりましたし、私を含めた周囲の側近達も納得しておりました。
ですが、ただ一人納得していない方が居ました。それは当代の女王陛下その人でした。
当時は魔狼、大鷲の駆除が完遂されつつあった頃でしたでしょうか、国内もようやく安定しつつありました。姉さまの側近と有力氏族から派遣された者で政権を運営し、各省庁は全て『教義』の元に効率的に運営されるよう改編されました。教義省以外にも居た姉さまの教義解釈を認めない守旧派などもすべて収容所へ叩きこまれ、各省庁は全て姉さまのコントロール下に置かれるようになりました。唯一の懸念であった国軍も有力氏族の出であるウィンディミア陸軍大臣が掌握するようになったおかげで掌握。また姉さまは秘密警察の他に国境警備隊という手駒を得る事になりました。
国境警備隊の移管に関しては国軍と姉さまの間で取引がありました。当時、コボルト商人排斥のおかげで軍内の酒保商人が全て追放または処刑され国軍の補給を担うものが居なくなってしまったのです。結果として軍内部の補給は大混乱し、国軍は国内における補給体制の立て直しと確立に苦心していたのです。姉さまはその国軍に対し、補給体制立て直しのための予算融通と引き換えに国境警備隊の指揮権を内務省に移管する事を提案しました。内務省は国内統制の為に使える人員を求めていましたし、国軍は補給体制安定の為に可能な限りのスリム化を目指していましたから、両者の利害は一致したのです。
しかし、国境警備隊という有事に備える軍隊を平時とはいえ内務省の一存で動かせるようにする事は国軍のメンツに関わります。結果として「国境警備隊の管轄は内務省に属するが、平時の治安出動は軍務大臣の許可が必要かつ戦時には陸軍省に指揮権を委譲する」という条件で手打ちとなりました。姉さまからすれば完全に目的を達成した事になります。陸軍大臣ウィンディミアは姉さまの側近ですし、『戦時』などというものが訪れる筈もないと考えていましたから。
これが気に食わなかったのが当時の女王陛下でした。折角自分を軽んじる有力氏族達の勢力を抑え込み神輿から脱皮したと思ったのに、権力は全て姉さまの掌握する所となりましたから。しかも中立の国軍ではなく私兵集団たる国境警備隊を得た姉さまは当時女王の権勢すら凌駕する存在となっておりました。有力氏族の代表達はまず姉さまに引見してから女王陛下に挨拶するのが習慣となり、陛下が内政に関わる事はほとんどなくなりました。結果として女王陛下が神輿である事は「黄金樹中心主義」の時代から変わらず、女王陛下と姉さまの仲は次第に不穏なものへと変化していきました。
女王陛下にしてみれば、求めた改革と姉さまの改革は決定的に違うものでした。女王陛下が求めたのは『エルフィンドが女王を中心とした近代国家に生まれ変わる事』、姉さまの求めたのは『教義を中心とした国民国家としてエルフィンドを再生する事』でした。この隔たりは決して埋まる事なく、姉さまと女王陛下は決定的に対立する事となります。
女王陛下の反撃は派閥の形成から始まりました。姉さまの息がかかっていない有力氏族の子弟や各省の官僚などが陛下の周囲に集まり派閥を形成。彼女たちはそれぞれが内政に干渉し、「女王陛下の勅命」という大義名分を振りかざして姉さま側近の官僚たちと敵対しました。姉さまの改革は急激なものでしたから敵も多く、女王側近と姉さまの内閣は熾烈な権力闘争を繰り返しました。女王側近は姉さまの権力を抑え込んだ事で増長し、様々な人物を取り込んで派閥は膨張。姉さまはじっとそれを見定め、そして反撃の隙を伺っていました。そして女王側近たちが致命的な失敗を犯したのを見逃さなかったのです。
それは農務省のとある官僚達による改革案でした。地主の所有農地を制限し小作農を解放する「農地改革案」、これに女王側近が飛びついたのです。女王側近たちはどうやらこの所有農地制限で空白になった農地を名目上女王の所有とし、その代官として利益を得る事を画策したようですね。
当然ながらこれは有力氏族達にとって看過できないものでした。姉さまはこの「農地改革案」を内偵し有力氏族達にリークし、「女王側近達は有力氏族達の利権を侵害している」としてその排除に関し有力氏族達の合意を得ました。いくら女王陛下の権威が大きいと言えども、有力氏族達に見限られれば権威など何の役にも立ちません。権力を握る姉さまと有力氏族達、その双方を敵に回したのは女王にとって致命的でした。
排除は速やかに行われました。秘密警察たちは教義違反を理由に次々と女王側近達を捕らえ、その原因となった農務官僚達と共に収容所へと叩き込みました。慌てて女王陛下自身が動いて恩赦をしようとした頃にはもう遅いです。有力氏族達と共に陛下を離宮の一つに押し込め、その行動を封じ込めました。
女王陛下は窓のない部屋の一室へ押し込められ、終始誰とも話す事を許されず食事は小窓から入れられる生活となりました。こうして女王陛下は「失輝死」されました、表向きには病死と発表されましたが。
姉さまはただちに有力氏族達と合議を行い、新たな女王を立てられました。あなたたちもご存じのあの女、エレンミア・アグラレス。
彼女を女王にした事こそ、姉さまの治世最大の失敗でした。