星歴九〇〇年の往復書簡【完結】   作:ぼっちクリフ

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星歴九〇〇年五月二十日の手紙④

エレンミア・アグラレス。

無知蒙昧なあの女を女王の座につけてしまった事がそもそもの発端でした。

 

 

数々の儀式と誓約、そして祝祭を経て新女王は誕生しました。齢三十を数える程度の女王はエルフィンドの歴史においても例は無く女王の重責が務まるかどうか不安に思う者も多かったですが、当時黄金樹から生まれた女王の資格を持つ者は彼女しか居ませんでした。前女王を容赦なく排除出来たのもエレンミア・アグラレスという「代え」が居たからにほかなりません。もっとも姉さまも有力氏族達も、望むのはお飾りとしての女王であり能力は求めませんでしたから。年が若いというのも「余計な事を考える知恵も無いだろう」としてむしろ好材料と判断していました。

 

ですが、それは間違いでした。即位後しばらくした後、女王より衝撃の発表があったのです。

 

 

「デックアールヴ族長を侍従に任命する」

 

 

ええ、ええ。これがどれ程の意味を持つか、お分かりになるでしょうか!

 

侍従は女王側近の中でも特に選ばれた者のみが任命される官位です。女王の私生活の場まで随行する権利を持ち、求められれば女王に直接意見を言う事が許されます。有力氏族達は自らの一族を何人侍従に送り込めるかでしのぎを削り、時には女王の代理として首相たる姉さまとも対等に会話する立場でもありました。その侍従に(デック)を任命するなど、正気の沙汰ではありません。

これは代々の女王と有力氏族達がしてきた権力闘争のルールから完全に逸脱していました。あくまで女王側近や閣僚は有力氏族達の出身者やそれに近い者を登用する、弱小氏族の者は重用しても公的な地位につける場合は慎重を期す。それらを完全に無視し、女王は一足飛びにダークエルフ族を自らの最側近とする暴挙に出たのです。どんなにその者に能力があろうとも関係ありません。それは女王が権力闘争のルールを逸脱するという宣言であり、如何なる手段をもってしても姉さまより権力を奪回するという宣戦布告ともとれる行いでした。ええ、おそらく愚鈍なるエレンミア・アグラレスはそのような事を考えもせず、ただ信頼するに足る能力を持つというだけで(デック)を侍従に任命したのです。

今思えば、彼女なりの思惑はあったのかもしれません。前女王の失敗は女王側近が「女王の味方である」というだけで才能も無い者達の集まりとなり、味方の足を引っ張った挙句に破滅した事。それを思えば、新女王はまず才能ある人物を側近にしようと思うでしょう。また(デック)ですら女王側近になれると示す事によって国内の能力ある者を集め、才ある人材を出自を問わず登用する意思を内外に広く示す意図もあったのかもしれません。ええ、とても素晴らしい事でしょう、ここがエルフィンドでなければですが。

 

新女王が(デック)を側近として置いた事で姉さまは緊急の閣議を招集しました。当然ながらこれは内閣にとっての緊急事態であり、いわば奇襲攻撃を受けたのと同様です。

姉さまはこの事態を「新女王がデックアールヴ7万を私兵として雇い入れた」と判断しました。姉さまには私兵同然の秘密警察と国境警備隊がついています。故に、その姉さまに対抗する為に女王はデックアールヴを自らの私兵として雇い入れた、そう考えるのが妥当でした。そしてもしそうならば新女王の次の手はもう決まっています。「叛逆者ドウラグエル・ダリンウェンを追討する為にデックアールヴ7万を首都まで進軍させる」です。いくら暴挙とはいえ、女王の勅命があればデックアールヴが官軍、我々が賊軍です。そうなった場合の国軍の動向は不透明でした。陸軍大臣は姉さまの側近であるウィンディミアが抑えているとはいえ、軍最高位のクーランディア元帥は女王の元教育係、女王に味方する事は間違いありません。軍最高位でありロザリンドの英雄であるクーランディア元帥が新女王につけば、国軍全体が女王側につく事も十分あり得ます。

 

もはや一刻の猶予もありませんでした。姉さまの側近達は次々と提案を行います。まず口火を切ったのは内務大臣プレンディルでした。

 

「ただちに女王と(デック)の侍従を拘束、排除すべきでは?」

 

「女王の代えが居ません、先代と同じようにしては女王の御位が宙に浮いてしまいます」

 

いくらお飾りといえどもその地位を空位にする事は出来ません、国事に重大な影響が出てしまいますから。プレンディルの提案が却下されると同時に他の面々が一斉に議論を始めました。

 

「有力氏族達から共同で女王に対し侍従任命の撤回を求める提案が来ています」

 

「無駄です、女王が優勢と見れば彼女達は手のひらを返して私たちを売るでしょう」

 

「この上は是非もありません、ひとまずキャメロットを頼り国外に亡命なさっては?」

 

「白銀樹と教義を捨てて生きろと? それは死よりも受け入れがたい事だ!」

 

「女王と(デック)のあの女を教義裁判所へ訴えましょう! 勝ち目は十分にあります!」

 

(デック)どもが裁判の結果に従う保証はどこにあるというのか!?」

 

百家争鳴の会議を姉さまはじっと聞かれていました。その瞳にあるのは絶望ではなく、ある種の決意でした。一通り議論をし尽くし、それでも結論の出なかった内閣の面々は姉さまの方を一斉に振り返りました。結局、結論を出し責任を取るのはいつも姉さまだったのです。

 

姉さまは静かに、そしていつも通り典雅に宣言なさいました。

 

 

「薄汚い(デック)ども、悉くを殺し尽くします」

 

「――侍従になろうとしている(デック)だけではなく、その周囲もすべて、と?」

 

「私は物分かりの悪い者を閣僚にした覚えはありませんよ」

 

会議室は水を打ったように静まりかえりました。姉さまの意図は明白であり、その意味を悟らない者は閣議には居ませんでした。シルヴァン川流域にあるデックアールヴ居住地、およびエルフィンド全土に散らばるデックアールヴ7万余、(みなごろし)にせよとの命令には流石にほとんどの閣僚が気色ばんで何も言えなくなっていたのです。

 

「その、かねてからの計画は……」

 

「変更します。ただちに(デック)の長を反逆罪で拘束し処刑なさい。その後準備が出来次第、国境警備隊を動かしデックアールヴを鏖殺しその居住地を焼き払うのです」

 

かねてからの計画とは有力氏族達との連携で少しずつ、それこそ村落単位でデックアールヴを排除していき、その土地に新規に入植地を作るものでした。元々は農耕地の減少に対する対処療法かつデックアールヴを農奴として確保する為、魔狼や大鷲と同じく数十年をかけてデックアールヴを排除する計画だったのです。しかし姉さまは新女王の攻撃(少なくとも我々の認識ではそうでした)を奇貨としてデックアールヴを一気に排除する方針へと変更したのです。

 

デックアールヴ7万の虐殺を命じられたその時。

 

内務大臣プレンディルは青い顔をして俯き何も喋りませんでした。

陸軍大臣ウィンディミアは震える手で命令書にサインをしては書き損じ、何枚もの紙を無駄にして最後の抵抗を試みていました。

外務大臣ミアレスは口元をハンカチで抑えて必死に吐き気を堪えていました。

教義大臣モリンドは天井を見上げながらぶつぶつと教義を口の中で暗唱していました。

秘密警察長官ブレンウェルはそわそわとしながら何度も部屋を出て部下とやり取りをしていました。

 

姉さまのみが泰然として、動じていませんでした。いえ、そのお姿は一層精力的に、美しく、「懸案の一つはこれで解決した」とばかりに次の政治上の課題を議題として取り上げ閣僚たちに意見を求めていました。

ええ、答える者は誰も居ませんでしたが。

 

結果としてデックアールヴを排除した事で政治上の混乱は収まりました。愚かなるエレンミア・アグラレスも流石にデックアールヴ7万が『反逆者』として排除された事を知り、二度と己の我を通そうとはしませんでしたし、デックアールヴ達の土地は新たな入植地として農耕を始める予定でした。この入植地は各有力氏族達に利益を分配する事になりましたので、デックアールヴ虐殺に関して有力氏族達から何か声が上がる事もありませんでした。姉さまの迅速なる決断と先制攻撃により、エルフィンドは辛くも難局を乗り切ったのです。

 

 

では、あなた様からの第二の質問「デックアールヴ虐殺は何故起こったのか」に関してお答えいたしましょう。

暗愚なるエレンミア・アグラレス、彼女が起こした『統治上の混乱』を収め、かつ我々が生き残る為に。その為に姉さまはデックアールヴ虐殺を決断なさったのです。たとえどれ程非難され、史書にエルフィンド王国最大の悪行と記載されようとも。それが我々が生き残り、そしてエルフィンドに『教義』の理想を体現する為に必要な事でした。

 

 

デックアールヴ全てを排除し、当面の統治の問題が全て解決しエルフィンドは穏やかな時間を迎えました。このままゆっくりと教義を浸透させ、エルフィンド王国は再興される筈でした。

 

ええ、ですが。その時は長くは続きませんでした。

 

そして、終わりがやって来ます。

 

オルクセン(あなたたち)いう名前の、破局が。

 

 

それでは次の手紙ではオルクセン侵攻後の姉さまに関してを書きたいと思います。

 

段々と暑くなって参りますが、どうぞお体に気をつけて。

 

 

大いなる白銀樹の加護があらん事を

 

 

敬具

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