薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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甘い果実 Ⅲ

 その日の仕事が一段落した頃、猫姉は俺を手招きして、人気の少ない一角へ移動した。周囲に耳がない場所を選ぶあたり、もう頭の中では話がまとまっているらしい。

 

「さっきの小蘭たちとの話、聞いてた?」

 

「少しだけ」

 

 正直に答えると、猫姉は気にした様子もなく頷いた。

 

「ちょうどいいわ。あれで、だいたい確信が持てた」

 

 猫姉は壁にもたれ、指を折りながら話し始める。

 

「蜜煎果は、味が強すぎない。仕事の合間に食べやすい。配られる頻度も高い。しかも、“善意”で出されてる」

 

 淡々とした口調だが、整理の仕方はいつも通り無駄がない。

 

「つまり、誰も疑わない」

 

「疑う理由がない、か」

 

「そう。毒じゃないし、薬でもない。だから医官も深く追わない」

 

 猫姉は一度言葉を切り、こちらを見る。

 

「でも、体調不良は確実に出てる。軽く、長く、広く」

 

「慢性的なやつだな」

 

「ええ。しかも、甘味で一時的に楽になるから、食べるのをやめない」

 

 その言葉で、俺ははっきりと全体像を掴んだ。

 

「……悪循環だ」

 

「正解」

 

 猫姉は小さく頷く。

 

「食べる → 一瞬元気になる → でも後でだるくなる → また食べる。この繰り返し」

 

「誰かが仕組んだ?」

 

「そこは、まだ分からない」

 

 即答はしなかった。

 

「今のところは、“便利で評判が良かった菓子”が自然に広まっただけの可能性が高い」

 

「犯人なし、か」

 

「ええ。だから厄介」

 

 猫姉は軽く息を吐いた。

 

「誰かを捕まえて終わり、って話じゃない。止める理由を作らないと、誰も納得しない」

 

「甘味を禁止するのは無理だろ」

 

「無理ね。反発しか生まない」

 

 そこまで言って、猫姉は少しだけ視線を逸らした。

 

「だから、代わりが必要になる」

 

 その一言で、俺の役目ははっきりした。

 

「体を疲れさせない甘味、か」

 

「そう」

 

 猫姉は、当然のように言う。

 

「今の菓子が悪いって証明するより、“もっといいものがある”って示した方が早い」

 

「……相変わらず現実的だな」

 

「後宮で正論は嫌われるの」

 

 猫姉は肩をすくめた。

 

「でも、味が良くて、体も楽なら、自然に置き換わる」

 

 俺は頭の中で、材料を並べ始めていた。甘味は必要だが、糖を強くしすぎないこと。油分は控えめ。消化がよく、疲労を残さないもの。

 

「とにかく、俺も色々と作ってみるよ」

 

「それならば、待っておくよ」

 

「……猫姉」

 

「なに?」

 

「これ、事件としては地味だよな」

 

 俺がそう言うと、猫姉は鼻で小さく笑った。

 

「後宮の事件なんて、だいたいそんなものよ」

 

 そして、静かに付け足す。

 

「派手じゃないけど、放っておくと人が削れる」

 

 その言葉に、俺は何も言えなかった。

 

「だから、ここで止める」

 

 猫姉はそう言って、踵を返す。

 

「私は上に話を通す。あんたは菓子を考えて」

 

「了解」

 

 短く答える。

 

 猫姉の背中を見送りながら、俺は思った。

 この人は、やっぱり薬屋だ。

 毒を見つけるより前に、“毒になりかけたもの”を潰しにいく。

 

 そして俺は、料理人として、その隣に立っている。

 派手じゃないが、悪くない役割だと思えた。

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