猫姉に「代わりを用意しろ」と言われた時点で、もう選択肢はなかった。後宮で甘味を完全に断つことはできない。禁止すれば反発が出るし、かえって裏で広まる。だから必要なのは置き換えだ。体を疲れさせる甘さではなく、疲れを溜めない甘さ。日常に溶け込んで、誰も疑わないもの。
厨房の片隅で準備をしていると、猫姉が腕を組んでこちらを見ていた。
「……で、何を作るつもりなの」
「まだ内緒」
「怪しい」
「今回は安心していいやつだと思う」
「“思う”じゃなくて、根拠」
「甘いもの」
「それは聞いてる」
それ以上は聞かれなかった。料理の中身を詮索しないのは、猫姉なりの距離感だ。評価は完成品だけで決める。そのやり方を、俺は昔から知っている。
猫姉が去った後、静かになった厨房で作業に取りかかる。まず棗。乾いたままでは硬く、甘みが強すぎる。軽く水に戻し、芯まで戻しきらないところで引き上げる。甘さを残しつつ、後に残らない加減だ。刻む時も細かくしすぎない。舌で感じる粒感が必要になる。
次に百合根。外側から一枚ずつ剥がし、割れたものは使わない。雑に扱うとすぐ苦味が出る食材だ。火を入れすぎず、芯がわずかに残る程度で止める。柔らかさだけを追うと、逆に重くなる。
繋ぎは米粉をほんの少し。形を保つためだけだ。甘味は蜂蜜を控えめに加える。後宮では甘いものが好まれるが、ここで迎合すると蜜煎果と同じ轍を踏む。甘さは足りないくらいでいい。その分、素材の甘みを前に出す。
棗と百合根を合わせ、混ぜすぎないようまとめる。均一にしすぎると口当たりが重くなる。型は浅く取り、布を敷いて蒸す。火は弱め。煮るのではなく、温めて形を整える感覚だ。
蒸し上がった菓子は、見た目こそ地味だが、油の艶がなく清潔感がある。指で軽く押すと、ゆっくりと戻る。歯の弱い者でも問題なく食べられる柔らかさだ。
味見をすると、甘さは穏やかで舌に残らない。飲み込んだ後、胃の奥が静かなままだ。これなら食後に眠気やだるさを引きずらない。派手さはないが、毎日口にしても邪魔にならない味だ。
皿に盛り、猫姉を呼ぶ。
「できた」
「早かったわね」
「試作だからな」
「……見た目は、地味」
「後宮向けだろ」
猫姉は一口食べ、少し間を置いてから体の感覚を確かめる。表情は変わらないが、その沈黙が答えだった。
「……思ったより柔らかい」
「噛まなくてもいける?」
「いける。喉につっかからない」
「味は」
「甘いけど、残らない」
「舌に張り付かないって意味」
「そう」
さらに一口。
「不思議ね。食べた直後、頭がぼんやりしない」
「いつもの甘味と違うだろ」
「ええ。胃も重くならない」
猫姉はしばらく考え、静かに結論を出す。
「後宮に出しても問題ない」
「それだけ?」
「むしろ、安心する味」
それを聞いて、ようやく肩の力が抜けた。蜜煎果を否定する必要はない。ただ役目を終わらせればいい。新しいものが当たり前になれば、古いものは自然に減っていく。それが後宮で一番波風の立たないやり方だ。
派手な料理ではない。だが、人を静かに楽にする。猫姉と並んでやる仕事としては、悪くない出来だと思えた。