薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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甘い果実 Ⅴ

 棗と百合根の蒸し菓子が配られ始めたのは、それから二日後だった。蜜煎果が急に消えたわけではない。あくまで「新しい菓子が追加された」という扱いだ。後宮では、その程度の変化が一番波風を立てない。

 

 最初に変化が出たのは、数字だった。猫姉が医官から集めた記録を見せてくれる。倦怠感を訴えていた者たちの回復までの日数が、目に見えて短くなっている。二日、三日と長引いていた軽症が、一日で収まる例が増えていた。

 

「露骨ね」

 

 猫姉が淡々と言う。

 

「薬は変えてない。生活も同じ。変わったのは、甘味だけ」

 

「十分だな」

 

「ええ。これ以上は、証明する必要もない」

 

 原因が菓子だと断定するより、「変えたら良くなった」という事実の方が、後宮では効く。猫姉らしい判断だった。

 

 その日の休憩時間、回廊の隅で小蘭と子翠が例の蒸し菓子を分け合っているのを見かけた。俺は少し距離を取りながら、様子を窺う。

 

「これ、新しいやつだよね」

 

 小蘭が、指でつまみながら言う。

 

「うん。前のより、甘くない」

 

 子翠は小さく一口かじり、ゆっくり噛んでから飲み込んだ。

 

「……でも、嫌じゃない」

 

「うん。なんか、落ち着く味」

 

 小蘭はもう一口食べ、首を傾げる。

 

「あれ? すぐお腹いっぱいになる感じじゃないね」

 

「重くない」

 

「前のはさ、食べた後ちょっと眠くなったじゃん」

 

「なった」

 

「これ、ならない」

 

 二人は顔を見合わせて、小さく笑った。

 

「地味だけどさ」

 

「うん」

 

「仕事の途中でも、これなら食べやすい」

 

「毎日でもいいかも」

 

 その言葉を聞いて、胸の奥で静かに頷いた。狙い通りだ。印象に残らない。それでいて、不満も出ない。それが一番いい。

 

 数日後、猫姉から追加の数字が回ってきた。倦怠感を理由に医官を訪れる人数が減っている。回復後の再発も少ない。蜜煎果を好んでいた者ほど、改善が早いという結果まで出ていた。

 

「分かりやすいわね」

 

 猫姉は書類を畳みながら言う。

 

「犯人探しをしなくて済むのが、一番の成果かも」

 

「誰も恨まれない」

 

「ええ。後宮向き」

 

 菓子は、いつの間にか蒸し菓子の方が主流になりつつあった。蜜煎果は、特別な日の嗜好品として残るだろう。それでいい。役目を終えたものは、自然に場所を譲る。

 

 小蘭と子翠が、また蒸し菓子を分け合っているのを見て、俺は少しだけ笑った。猫姉の狙いも、俺の仕事も、ちゃんと形になっている。

 

 派手な事件じゃない。

 だが、人を静かに楽にするには、十分すぎる結果だった。

 

「ねえ、これさ」

 

 蒸し菓子をもう一口食べながら、小蘭が俺の方を見る。

 

「マオが作ったんでしょ?」

 

「一応な」

 

「やっぱり!」

 

 小蘭は妙に納得した顔をした。

 

「だってさ、猫猫と話してる時もそうだけど、料理の話になると急に安心感あるんだもん」

 

「それ、褒めてる?」

 

「褒めてる褒めてる。すごく」

 

 子翠は黙ったまま、蒸し菓子を見つめていた。指先でそっと割り、断面を確かめるように眺めている。

 

「……名前、マオ、だよね」

 

「そうだけど?」

 

 俺が答えると、子翠は一瞬だけ目を伏せた。その仕草があまりにも短くて、気のせいかと思うほどだった。

 

「変わった名前だなって思って」

 

「よく言われる」

 

「ふうん」

 

 それだけ言って、子翠はそれ以上踏み込まない。ただ、蒸し菓子を口に運ぶ動作が、さっきより少しだけ丁寧になった気がした。

 

「子翠、どうしたの?」

 

 小蘭が首を傾げる。

 

「ううん。なんでもない」

 

 即答だった。声音も、表情も変わらない。

 

「それより、この菓子」

 

 話題を切り替えるように、子翠は続ける。

 

「後から喉が渇かないの、いいね」

 

「そうそう!」

 

 小蘭が勢いよく頷く。

 

「前の甘いの、食べた後すぐお茶欲しくなったもん」

 

「糖が強すぎたんだろ」

 

 俺が言うと、猫姉が腕を組んだまま口を挟む。

 

「結果として、これの方が後宮向きね」

 

「派手じゃないけどな」

 

「派手なのは、長続きしない」

 

 猫姉はそう言って、ちらりと子翠を見る。

 

「……何か気になることでも?」

 

「いえ」

 

 子翠は、ほんの一瞬だけ笑った。

 

「ただ、料理って、作る人が出るんだなって思っただけ」

 

「出てる?」

 

「うん。変に自己主張しない感じ」

 

 その言葉に、猫姉が少しだけ目を細める。

 

「それは、あんたの性格が出てるわね」

 

「そうか?」

 

「ええ。良くも悪くも」

 

 小蘭は二人のやり取りを聞きながら、楽しそうに菓子を平らげている。

 

「じゃあさ、これからもマオが作るの?」

 

「しばらくはな」

 

「やった!」

 

 小蘭が手を叩く。

 

「じゃあ、毎日楽しみ!」

 

 その横で、子翠は何も言わずに最後の一口を食べ終えた。表情は穏やかで、普段と変わらない。ただ、その視線だけが、一瞬だけ俺の手元に向いた気がした。

 

 ――気のせい、だろう。

 

 少なくとも、誰もそれ以上は何も言わなかった。

 蒸し菓子は、いつも通りの甘味として受け入れられ、会話は日常の中へ戻っていった。

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