公式な結論は、あまりにも静かだった。
「最近の体調不良は、季節の変わり目に伴う体調変化と、食事内容の偏りによるもの」。
それが、表向きに出された説明だ。誰の名前も出ない。菓子の名も、具体的な原因も伏せられている。ただ、対策が取られ、状況が改善したという事実だけが、淡々と報告書にまとめられていた。
猫姉が、その書類を指で弾く。
「……きれいにまとめたわね」
「納得いかない顔だな」
「いいえ。むしろ感心してる」
猫姉は肩をすくめた。
「誰も嘘はついてない。でも、全部は言ってない」
「後宮らしいな」
「ええ。犯人がいない事件は、こうやって終わらせるのが一番」
医官たちの報告には、数字がはっきりと出ていた。倦怠感を訴えていた者の人数は半分以下に減り、回復までに要する日数も短縮されている。再発の報告もほとんどない。
「薬は変えてない」
猫姉が確認するように言う。
「生活も同じ」
「変えたのは、甘味だけ」
「そう」
それ以上の言葉はいらなかった。後宮では、「変えたら良くなった」という事実こそが、何よりも強い証拠になる。
蜜煎果は、完全に姿を消したわけではない。だが、出る頻度は明らかに減った。代わりに、棗と百合根の蒸し菓子が、いつの間にか“普通の間食”として定着している。
「誰も文句言ってないわね」
「気づいてないだけだろ」
「それが理想よ」
猫姉は淡々と言った。
「後宮では、変化は気づかれない方がいい」
俺が正式に呼ばれたのは、その少し後のことだった。壬氏と高順が揃い、形式ばった部屋だが、話の内容は驚くほど簡素だった。
「今回の件、料理の調整が大きく寄与した」
壬氏はそう切り出す。
「だが、誰が何をしたかは問題ではない」
「結果だけ、ということですか」
「そうだ」
高順が静かに補足する。
「後宮では、それが最も波風が立たない」
「理解している」
壬氏は、俺の返答に満足そうに頷いた。
「今後も、後宮の食事について意見を求めることがある」
「拘束は?」
「必要最小限だ」
その言い方が、逆に重みを持っていた。
「条件は一つ」
俺は先に口を開く。
「正体を公にしないこと」
壬氏は一瞬だけ目を細め、すぐに笑った。
「やはり、分かっているな」
「料理は、ここでは武器になる」
「その通りだ」
高順が頷く。
「だからこそ、扱いを誤らない料理人が必要だ」
書面もなければ、誓約もない。ただ、役割だけが静かに増えた。それで十分だった。後宮では、それが正式な取り決めになる。
その日の夕方、回廊で猫姉とすれ違う。
「終わった?」
「ああ。一応な」
「“一応”って顔してる」
「派手じゃなさすぎてな」
猫姉は小さく笑った。
「それでいいのよ」
「そうか?」
「誰も困ってないでしょう」
確かに、そうだ。
「……助かった」
「何が?」
「俺がここにいる理由が、はっきりした」
猫姉は一瞬だけ立ち止まり、こちらを見る。
「最初からあったわよ」
「そうかな」
「料理で人の調子が良くなる。それだけで十分」
そう言って、何事もなかったように歩き出す。
事件としては、地味だ。
裁きもなく、犯人もいない。
だが、体調を崩す者は減り、甘味は変わり、後宮の日常は少しだけ楽になった。
後宮では、それが「解決」だ。
そして俺は、その静かな解決に関われたことを、悪くないと思っていた。