薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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味消失事件 参

 鍋の蓋を戻したあとも、胸の奥のざらつきは消えなかった。

 理由ははっきりしている。あれは「美味しすぎた」わけじゃない。ただ、濃すぎた。乾貸――乾燥させた素材を、必要以上に使った結果だ。旨味は凝縮され、舌にまとわりつき、嗅覚と味覚を同時に疲弊させる。料理として成立していても、人に出す量とやり方を間違えれば、ただの凶器になる。

 

 猫姉にだけ、見たままを伝えた。

 鍋底に敷き詰められた乾貸。素材の種類は多くない。だが配置が異様に整っていたこと。水分を極限まで抑え、香りが立つ前に味だけを叩き出す構造だったこと。里樹妃が食事を拒んだ理由は、病でも毒でもない――一度あのスープを飲み、以後ほとんどの料理が「何も味をしなくなった」からだと。

 

「やっぱりね」

 

 猫姉は短くそう言った。

 彼女の目は、すでに次の段階を見ている。

 

「問題は二つ。誰が鍋を用意したか。もう一つは……」

 

「匂いをどう誤魔化したか、だな」

 

 俺がそう続けると、猫姉は小さく頷いた。

 本来、あの手のスープは匂いで気づく。乾貸は特徴的だ。近づけば分かる。だが宴では、誰も異変に気づかなかった。

 

 その日のうちに、俺は壬氏に呼ばれた。高順も同席している。二人の前で、俺は厨房で見たこと、里樹妃の反応、そして味覚疲労という結論だけを簡潔に話した。過去の話は出さない。必要ない。

 

「つまり、毒ではないが、結果として食を奪った」

 

 壬氏は静かに言った。

 

「はい。濃度の問題です。乾貸を必要以上に使った。あれを一度飲めば、舌は休むまで戻りません」

 

「里樹妃が最近、食事を避けていた理由は?」

 

「味が分からなくなったからです。不味いのではなく、感じられない。だから箸が止まる」

 

 高順が一歩踏み出す。

 

「鍋は誰でも触れたのか?」

 

「可能です。ただし、違和感は共有されていました。具が少ない、鍋が軽い。意味は分からなくても、おかしいとは皆が思っている」

 

 壬氏は顎に手を当て、しばし黙考した。

 

「では、残るは二点だ。誰が準備したか。そして、匂いの誤魔化し方」

 

 俺は頷いた。

 匂いについては、いくつか心当たりがある。宴の直前に焚かれた香。先に出された、匂いの強い一品。器の選び方と温度。どれも単独では決め手に欠けるが、組み合わされば成立する。問題は、それを意図して組める人物が誰か、だ。

 

「料理人にその意図があったかは、分かりません」

 

 俺は正直に言った。

 

「善意の可能性もある。ただ、結果は同じです」

 

 壬氏は視線を上げ、静かに告げる。

 

「ならば、調べる。だが大事にはしない。里樹妃を不安にさせる必要はない」

 

「同意します」

 

 高順が頷く。

 話はそこで切られた。処分も断罪もない。ただ、鍋は消え、同じ手順は二度と使われない。それが後宮だ。

 

 部屋を出たあと、猫姉と短く言葉を交わした。

 

「事件になる?」

 

「なるわね。静かに」

 

 猫姉はそう言って、視線を廊下の先へ向けた。

 

 乾貸が詰まった鍋を、誰が用意したのか。

 あの匂いを、どうやって誤魔化したのか。

 

 答えはまだ出ていない。

 だが一つだけ確かなことがある。

 

 料理は、人を満たす。

 同時に、やり方を誤れば、静かに奪う。

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