薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

18 / 100
味消失事件 肆

 高順に呼ばれて、俺は再び厨房の裏へ向かった。

 鍋の中身を見た時点で、料理としての違和感は十分だった。だが、料理人の勘だけでは足りない。後宮では、勘は証にならない。証になるのは、紙と指示と名義だ。

 

「乾貸の払出記録が出た」

 

 高順はそう言って、簡素な控えを差し出した。倉庫番が使う覚え書きで、正式な帳簿ではないが、宴前後の動きがそのまま残っている。

 

 俺は目を通し、すぐに指を止めた。

 

「……膳組名義、ですか」

 

「そうだ。本来、乾貸は厨房名義で動く。だが今回は違う」

 

 量は多くない。だが、用途欄が曖昧だ。「宴用補材」。料理名が書かれていない。これは、料理人側の発注ではない書き方だ。

 

「厨房なら、使い道を書く。出汁なのか、下拵えなのか」

 

「膳組は、用途を細かく書かない」

 

 高順の言葉に、俺は静かに頷いた。

 配膳の都合で物を動かす部署。つまり、料理の中身ではなく、流れを整えるための名義だ。

 

「乾貸を必要としたのは、味のためじゃない」

 

「匂いと、演出だな」

 

 そのまま、俺たちは器置き場へ向かった。

 宴で使われた椀が、まだ一部戻っていない。だが、問題の鍋に使われた器だけは、分かりやすく残されていた。

 

 蓋付きの椀。

 厚手で、縁が深い。保温性が高く、運ぶ間に中の香りが漏れにくい作りだ。

 

「これも、膳組の指定だ」

 

 高順が言う。

 

「通常の清湯なら、蓋は外す。香りを楽しませるためだ」

 

「ええ」

 

 俺は椀を手に取り、蓋をわずかにずらす。

 乾貸特有の匂いが、遅れて立ち上った。

 

「……隠すための器ですね」

 

 強い匂いの料理を、悟られないように運ぶ。

 香を焚き、動線を選び、そして蓋付き椀で封じる。

 料理を“見せない”ための配膳だ。

 

「乾貸の払出が膳組名義。器の指定も膳組」

 

 高順は淡々と事実を積み上げる。

 

「偶然にしては、重なりすぎている」

 

「料理人がやることじゃない」

 

 俺ははっきり言った。

 料理人は、味を作る。匂いを消すために蓋を選ぶことはあっても、名義を動かしてまで乾貸を確保し、配膳全体を組み替えることはしない。

 

「これは……流れを作る側の仕事だ」

 

 高順は小さく息を吐いた。

 

「猫猫に渡す」

 

「ええ。これなら、決定打になります」

 

 里樹妃が食事を取れなくなった理由。

 乾貸を過剰に使った、濃すぎるスープ。

 その匂いを悟らせないための、蓋付き椀の特別指定。

 そして、それらを一つの名義で動かした人物。

 

 犯人の輪郭は、もう十分に浮かび上がっている。

 あとは、猫姉が“言葉”にするだけだ。

 

 俺は椀を元に戻し、静かに立ち上がった。

 料理は、黙っていても真実を語る。

 それを聞き取れるかどうかは――見る側次第だ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。