高順に呼ばれて、俺は再び厨房の裏へ向かった。
鍋の中身を見た時点で、料理としての違和感は十分だった。だが、料理人の勘だけでは足りない。後宮では、勘は証にならない。証になるのは、紙と指示と名義だ。
「乾貸の払出記録が出た」
高順はそう言って、簡素な控えを差し出した。倉庫番が使う覚え書きで、正式な帳簿ではないが、宴前後の動きがそのまま残っている。
俺は目を通し、すぐに指を止めた。
「……膳組名義、ですか」
「そうだ。本来、乾貸は厨房名義で動く。だが今回は違う」
量は多くない。だが、用途欄が曖昧だ。「宴用補材」。料理名が書かれていない。これは、料理人側の発注ではない書き方だ。
「厨房なら、使い道を書く。出汁なのか、下拵えなのか」
「膳組は、用途を細かく書かない」
高順の言葉に、俺は静かに頷いた。
配膳の都合で物を動かす部署。つまり、料理の中身ではなく、流れを整えるための名義だ。
「乾貸を必要としたのは、味のためじゃない」
「匂いと、演出だな」
そのまま、俺たちは器置き場へ向かった。
宴で使われた椀が、まだ一部戻っていない。だが、問題の鍋に使われた器だけは、分かりやすく残されていた。
蓋付きの椀。
厚手で、縁が深い。保温性が高く、運ぶ間に中の香りが漏れにくい作りだ。
「これも、膳組の指定だ」
高順が言う。
「通常の清湯なら、蓋は外す。香りを楽しませるためだ」
「ええ」
俺は椀を手に取り、蓋をわずかにずらす。
乾貸特有の匂いが、遅れて立ち上った。
「……隠すための器ですね」
強い匂いの料理を、悟られないように運ぶ。
香を焚き、動線を選び、そして蓋付き椀で封じる。
料理を“見せない”ための配膳だ。
「乾貸の払出が膳組名義。器の指定も膳組」
高順は淡々と事実を積み上げる。
「偶然にしては、重なりすぎている」
「料理人がやることじゃない」
俺ははっきり言った。
料理人は、味を作る。匂いを消すために蓋を選ぶことはあっても、名義を動かしてまで乾貸を確保し、配膳全体を組み替えることはしない。
「これは……流れを作る側の仕事だ」
高順は小さく息を吐いた。
「猫猫に渡す」
「ええ。これなら、決定打になります」
里樹妃が食事を取れなくなった理由。
乾貸を過剰に使った、濃すぎるスープ。
その匂いを悟らせないための、蓋付き椀の特別指定。
そして、それらを一つの名義で動かした人物。
犯人の輪郭は、もう十分に浮かび上がっている。
あとは、猫姉が“言葉”にするだけだ。
俺は椀を元に戻し、静かに立ち上がった。
料理は、黙っていても真実を語る。
それを聞き取れるかどうかは――見る側次第だ。