薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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味消失事件 五

 膳組の控え所は、後宮の中でも特に落ち着きのない場所だ。

 料理が生まれる厨房でもなく、食事が行われる宴席でもない。ただ、完成したものを滞りなく流すためだけの空間。その性質ゆえに、人の意識は常に前を向き、背後にある物には注意が向きにくい。

 

 だからこそ――物が残る。

 

 私は控え所の隅に積まれた文箱を一つずつ覗き込み、次に卓の上、最後に足元へと視線を落とした。炭箱の横、脚の短い机の影。人が腰掛けた拍子に押されたのだろう、木札の束が半分床に落ちかけている。

 

(……あった)

 

 屈んで拾い上げる。

 配膳札だ。

 

 どの料理を、どの卓へ、どの順で運ぶか。宴の成否を左右する重要な札だが、使い終わればただの木切れとして扱われることが多い。だから、捨てられずに残る。

 

 私は一枚一枚、指で繰りながら確認した。

 墨書きの番号、料理名、卓の位置。どれも一見すると整然としている。

 

 だが、三枚目で指が止まった。

 

「……朱が違う」

 

 声には出さない。

 墨の行の脇に、朱で小さな符号が打たれている。点とも線ともつかない、簡略化された印。意味を知る者にしか分からないが、逆に言えば、知る者が書いた証拠でもある。

 

(順番の強調……いいえ、固定)

 

 その札に対応する料理は、例の鍋だった。

 乾貸を過剰に使った、濃すぎるスープ。

 

 さらに札を裏返すと、器の指定欄に追記がある。

 

 ――蓋椀。

 

 私は小さく息を吸った。

 本来、清湯に蓋は不要だ。香りを楽しませる料理に、蓋は邪魔になる。保温のためだとしても、宴の進行上、必要性は薄い。

 

(匂いを、閉じ込めた)

 

 ここで、頭の中の点が一気に繋がった。

 マオが見つけた乾貸の鍋。

 高順が押さえた、膳組名義の払出記録。

 そして、この配膳札。

 

 料理の中身を作ったのは厨房だ。

 だが、それを「どう見せ、どう届かせるか」を決めたのは、別の人間だ。

 

 私は配膳札の端を指でなぞった。

 朱符の書き方に、癖がある。線の入りが強く、止めが短い。見覚えのある筆致だ。

 

(膳組統括……あなたね)

 

 配膳の順番、器の種類、運び手。

 それらを一括で決められる立場は限られている。ましてや、乾貸の鍋だけを特別扱いする理由を作れる者など、一人しかいない。

 

 毒ではない。

 だが、無害でもない。

 

 一杯のスープで舌を疲弊させ、以後の料理を“無味”にする。

 里樹妃が食事を避けるようになった理由は、これで説明がつく。

 

「……やっぱり」

 

 小さく呟き、私は配膳札を袖へ滑り込ませた。

 元の束には戻さない。この札は、もう「流れ」を終えている。

 

 マオが見つけた事実。

 高順が集めた記録。

 そして、この一枚。

 

 点は揃った。

 あとは、線を引くだけだ。

 

 後宮では、真実ですら、出す順番を間違えれば毒になる。

 だから私は、静かに次の一手を考え始めた。

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