薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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味消失事件 六

 壬氏さんの執務室に入ると、空気が張り詰めた。

 ここでは回りくどい言葉は嫌われる。必要なのは、事実と、それをどう繋げたかだけだ。

 

 俺は猫姉の隣に立つ。半歩引くでもなく、前に出るでもない。

 料理人として見たものを、彼女の推理に重ねるための位置だ。

 

「それで?」

 

 壬氏さんは書簡から視線を上げずに言った。

 

「何が分かった」

 

 猫姉が、いかにも面倒そうに一息ついてから口を開く。

 

「結論から言います。鍋を作ったのは厨房ですが、事件を起こしたのは別です。膳組の配膳統括が、全部“そうなるように”動かしてました」

 

「随分とはっきり言うな」

 

「ええ。珍しく証拠が揃ったもので」

 

 猫姉は袖から配膳札の写しを出した。

 

「宴当日の配膳札です。問題のスープだけ、朱で符号が打ってあります。順番固定、器指定。あれ、膳組統括の癖ですよ」

 

 壬氏さんがようやく顔を上げる。

 

「器指定?」

 

 ここで俺が続けた。

 

「蓋付き椀です」

 

 壬氏さんの視線が、俺に向く。

 

「清湯に蓋?」

 

「本来なら使いません。香りを楽しませる料理ですから」

 

 俺は一度息を吸ってから言った。

 

「ですが、乾貸を必要以上に使ったスープは匂いが強い。蓋付き椀なら、配膳中に気づかれにくいんです」

 

「匂い隠し、か」

 

 高順さんが低く呟く。

 

 猫姉が肩をすくめた。

 

「香も焚いてましたしね。あれ、偶然にしては出来過ぎです」

 

「乾貸の件は?」

 

 壬氏さんの問いに、高順さんが答える。

 

「倉庫の払出は、膳組名義だった。厨房名義じゃない」

 

 猫姉は頷いた。

 

「料理のためじゃなく、配膳のために材料を動かしてる。そういう書き方でした」

 

 俺も、自分が見たものを重ねる。

 

「鍋の中を見ました。毒はありません。でも、滋養を考えた量じゃない。舌を疲れさせるには十分すぎる濃さです」

 

「結果は?」

 

 猫姉が、淡々と答える。

 

「里樹妃は、そのスープを飲んだあと、ほとんどの料理を“味がしない”と感じるようになった。病でも毒でもありません。ただ、舌が先に参っただけです」

 

 壬氏さんが小さく息を吐いた。

 

「毒を使わず、食を奪う……後宮らしいな」

 

「ええ。しかも表に出にくい」

 

 猫姉は少しだけ目を細める。

 

「でも今回は、やりすぎました。乾貸、香、蓋付き椀、配膳順。全部同じ人の裁量で動いてます」

 

 壬氏さんの視線が、再び俺に向いた。

 

「料理人として見て、事故だと思うか?」

 

 俺は首を横に振った。

 

「思いません。料理ってのは、ここまでやると“偶然”じゃ済まない」

 

 言い切ったあと、少しだけ声を落とす。

 

「誰かを喜ばせるつもりだったなら、量を間違えた時点で止まります。これは……止めてない」

 

 壬氏さんは、短く笑った。

 

「十分だ」

 

 書簡を閉じる。

 

「後は、こちらで処理する。里樹妃には、体調回復のための食事調整で通す」

 

「それが無難ですね」

 

 猫姉はあっさり頷いた。

 

 執務室を出たあと、廊下で猫姉が腕を組む。

 

「……正直、楽でした」

 

「何が?」

 

「料理の話が通じる相手がいるの。推理が空回りしなくて済む」

 

 俺は少し照れくさくなって、視線を逸らす。

 

「猫姉が道を見つけるなら、俺は材料を揃えるだけです」

 

「十分すぎますよ、それ」

 

 猫姉は、いつもの淡々とした声でそう言った。

 

 探す者と、支える者。

 役割は違うが、向いている先は同じだ。

 

 後宮は静かだ。

 だが、料理と同じで――

 火を消さなければ、また次が起きる。

 

 俺は、次に備えて頭を切り替えた。

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