薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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味消失事件 七

 人が集められた部屋は、後宮にしては妙に静かだった。

 声を潜めろと命じられたわけでもないのに、誰もが無意識に息を抑えている。ここが「詮議の場」だと、全員が理解しているからだ。

 

 俺は猫姉の隣に立った。

 視線を巡らせると、膳組の配膳統括が正面にいる。表情は整っているが、瞬きの間隔が僅かに短い。

 倉庫番、器番、香係、配膳を担当した下女たちは、どこか落ち着かない。

 

「では……確認を始めます」

 

 猫姉が口を開いた。

 いつも通り、気怠げで、事務的な声だ。感情は乗っていない。だが、その分、逃げ道もない。

 

「今回の件、毒ではありません。病でもない。ただ、里樹妃は“味が分からなくなった”だけです」

 

「それは……」

 

 誰かが口を挟みかけたが、猫姉は視線だけで制した。

 

「原因は一杯のスープ。乾貸を必要以上に使った、かなり濃いものです」

 

 俺は一歩前に出る。

 

「料理人として言わせてもらいます。あの量は滋養のためじゃない。舌を休ませる前に、叩き潰す濃さです」

 

 空気が、僅かに重くなる。

 

「さて」

 

 猫姉は倉庫番に目を向けた。

 

「乾貸は、どの名義で出しました?」

 

「……膳組です」

 

「厨房名義ではありませんね」

 

「宴用の調整として、指示が……」

 

 倉庫番の言葉が歯切れ悪くなる。

 

「誰の指示です?」

 

「……膳組統括、です」

 

 視線が一斉に配膳統括へ集まる。

 だが、統括は肩を竦めただけだ。

 

「宴では、物資の調整は珍しくない」

 

「そうですね」

 

 猫姉はあっさり同意した。

 

「だからこそ、次に進みます」

 

 器番が名を呼ばれる。

 

「問題のスープ、どの器で出しました?」

 

「蓋付き椀です。統括の指定でした」

 

 俺は思わず、深く息を吸った。

 

「清湯に蓋は要らない」

 

 静かに、だがはっきり言う。

 

「香りを楽しませる料理だからです。蓋をするのは……匂いを閉じ込めたい時だけだ」

 

 配膳統括の眉が、僅かに動く。

 

「香も、普段より強めでしたね」

 

 猫姉が香係を見る。

 

「……はい。焚く場所と時間も、指示がありました」

 

「誰から?」

 

「……膳組です」

 

 ここで、猫姉は一度だけ黙った。

 その沈黙が、逆に場を締め付ける。

 

「では、これを」

 

 猫姉が取り出したのは、配膳札の原本だった。

 

「問題のスープだけ、朱符があります。順番固定、器指定。しかも……」

 

 札を軽く傾ける。

 

「書き癖が、同じ」

 

 配膳統括が、薄く笑った。

 

「証拠は揃っているようだが……動機がない。私は里樹妃のためを思っただけだ」

 

「善意、ですか」

 

 猫姉は首を傾げる。

 

「善意なら、なぜ匂いを隠す必要があるんでしょう」

 

「滋養が強すぎたからだ」

 

 その言葉に、俺は一歩踏み出した。

 

「だったら、途中で止める」

 

 声は低い。だが、抑えなかった。

 

「料理は、人の体に入るものだ。相手の反応を見ずに出し続けるのは、料理じゃない」

 

 配膳統括は、何も言わない。

 

 その沈黙を、壬氏が断ち切った。

 

「説明しろ」

 

 短い一言。

 だが、そこに含まれる圧は、誰の言葉より重かった。

 

 配膳統括の肩が、僅かに落ちる。

 

「……やりすぎた、それだけだ」

 

「それを“事故”とは呼びません」

 

 猫姉は淡々と言った。

 

「少なくとも、ここにいる全員が関わる形で、あなたが“流れ”を作った」

 

 壬氏が視線を上げる。

 

「処理はこちらで行う。里樹妃には、体調調整で通す」

 

 それで、この場は終わった。

 

 部屋を出たあと、猫姉が小さく息を吐く。

 

「……今回は、分かりやすい方でした」

 

「料理が正直だったからな」

 

 俺はそう答えた。

 

「誤魔化しても、必ずどこかに残る」

 

 探偵と料理人。

 立場は違うが、真実に辿り着く道は同じだ。

 

 後宮は、今日も静かだ。

 だが、静かな場所ほど――火は、見えないところで燃え続ける。

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