人が集められた部屋は、後宮にしては妙に静かだった。
声を潜めろと命じられたわけでもないのに、誰もが無意識に息を抑えている。ここが「詮議の場」だと、全員が理解しているからだ。
俺は猫姉の隣に立った。
視線を巡らせると、膳組の配膳統括が正面にいる。表情は整っているが、瞬きの間隔が僅かに短い。
倉庫番、器番、香係、配膳を担当した下女たちは、どこか落ち着かない。
「では……確認を始めます」
猫姉が口を開いた。
いつも通り、気怠げで、事務的な声だ。感情は乗っていない。だが、その分、逃げ道もない。
「今回の件、毒ではありません。病でもない。ただ、里樹妃は“味が分からなくなった”だけです」
「それは……」
誰かが口を挟みかけたが、猫姉は視線だけで制した。
「原因は一杯のスープ。乾貸を必要以上に使った、かなり濃いものです」
俺は一歩前に出る。
「料理人として言わせてもらいます。あの量は滋養のためじゃない。舌を休ませる前に、叩き潰す濃さです」
空気が、僅かに重くなる。
「さて」
猫姉は倉庫番に目を向けた。
「乾貸は、どの名義で出しました?」
「……膳組です」
「厨房名義ではありませんね」
「宴用の調整として、指示が……」
倉庫番の言葉が歯切れ悪くなる。
「誰の指示です?」
「……膳組統括、です」
視線が一斉に配膳統括へ集まる。
だが、統括は肩を竦めただけだ。
「宴では、物資の調整は珍しくない」
「そうですね」
猫姉はあっさり同意した。
「だからこそ、次に進みます」
器番が名を呼ばれる。
「問題のスープ、どの器で出しました?」
「蓋付き椀です。統括の指定でした」
俺は思わず、深く息を吸った。
「清湯に蓋は要らない」
静かに、だがはっきり言う。
「香りを楽しませる料理だからです。蓋をするのは……匂いを閉じ込めたい時だけだ」
配膳統括の眉が、僅かに動く。
「香も、普段より強めでしたね」
猫姉が香係を見る。
「……はい。焚く場所と時間も、指示がありました」
「誰から?」
「……膳組です」
ここで、猫姉は一度だけ黙った。
その沈黙が、逆に場を締め付ける。
「では、これを」
猫姉が取り出したのは、配膳札の原本だった。
「問題のスープだけ、朱符があります。順番固定、器指定。しかも……」
札を軽く傾ける。
「書き癖が、同じ」
配膳統括が、薄く笑った。
「証拠は揃っているようだが……動機がない。私は里樹妃のためを思っただけだ」
「善意、ですか」
猫姉は首を傾げる。
「善意なら、なぜ匂いを隠す必要があるんでしょう」
「滋養が強すぎたからだ」
その言葉に、俺は一歩踏み出した。
「だったら、途中で止める」
声は低い。だが、抑えなかった。
「料理は、人の体に入るものだ。相手の反応を見ずに出し続けるのは、料理じゃない」
配膳統括は、何も言わない。
その沈黙を、壬氏が断ち切った。
「説明しろ」
短い一言。
だが、そこに含まれる圧は、誰の言葉より重かった。
配膳統括の肩が、僅かに落ちる。
「……やりすぎた、それだけだ」
「それを“事故”とは呼びません」
猫姉は淡々と言った。
「少なくとも、ここにいる全員が関わる形で、あなたが“流れ”を作った」
壬氏が視線を上げる。
「処理はこちらで行う。里樹妃には、体調調整で通す」
それで、この場は終わった。
部屋を出たあと、猫姉が小さく息を吐く。
「……今回は、分かりやすい方でした」
「料理が正直だったからな」
俺はそう答えた。
「誤魔化しても、必ずどこかに残る」
探偵と料理人。
立場は違うが、真実に辿り着く道は同じだ。
後宮は、今日も静かだ。
だが、静かな場所ほど――火は、見えないところで燃え続ける。