薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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小蘭のお弁当作戦 四

 庭の木陰は、思ったより涼しかった。

 葉が擦れる音がして、陽の筋が畳んだ敷物の端を行ったり来たりする。

 

 小蘭が重箱を抱えて先に座り、子翠は木札を指で弾きながら落ち着きなく周りを見回していた。

 猫姉は、まず桶を置いた。水面が揺れて、光が跳ねる。

 

「手。先に」

 

「はいっ」

 

 小蘭が素直に手を出す。子翠も真似る。

 指先の水滴を払おうとして、猫姉の視線に気づき、静かに布へ押し当てた。

 

「猫姉、準備いい?」

 

「順番を決める」

 

 猫姉の声は小さい。庭の音に混ざって、余計に鋭く聞こえる。

 

「順番? くじ?」

 

「くじは散る。ひと口ずつ。温いのから」

 

 子翠が首を傾げた。

 

「温いの? 弁当なのに?」

 

「弁当でも、喉は喉」

 

 猫姉がそう言って、こちらを見る。逃げる暇がないやつ。

 

 小椀を四つ並べ、蓋を少しずらす。湯気はほとんど立たない。熱すぎない葛粥。生姜は控えめ、葱は香りだけ残した。

 匙を置くと、木が器に触れて小さく鳴った。

 

「……まず、これ。ひと口でいい」

 

 小蘭が恐る恐る匙を取る。口に入れて、喉が動く。肩が少し落ちた。

 子翠は勢いよく飲み込みかけて、途中で止める。猫姉の目を見たからだ。

 

「子翠、急がない」

 

「見られてると、ゆっくりになるね」

 

「そう」

 

 猫姉の返事はそれだけ。勝った顔はしない。

 

 次に重箱の蓋を開ける。布を持ち上げると、風がひとつ入りそうになり、すぐ蓋で返した。

 砂の匂いがする庭で、香りを立てるのは短い時間だけでいい。

 

「交換、始めよ!」

 

 小蘭が札を差し出す。木札の穴に通した紐が、指に絡む。

 子翠が「それ、私の札だよ」と言い、すぐ笑った。遊びの笑い。

 

 小蘭の花巻は、ちぎるとふわっと戻る。甘くない。噛むほど小麦が出る。

 子翠の葉包みは香りが強いのに、庭の青い匂いに負けない。口の中に“外”が広がる感じがした。

 

「マオの、これ何? 胡麻……?」

 

 小蘭が俺の鶏を見て首を傾げた。艶だけは胡麻だれ、香りは少し違う。

 

「胡麻が足りなくなった。落花生で寄せた」

 

「寄せたって何」

 

「食べたら分かる」

 

 小蘭がひと口で頬を動かす。目が丸くなる。次に、もう一口行きそうになって止まった。猫姉が見ている。

 

「……おいしい! でも、なんか、軽い!」

 

「重くしない」

 

 子翠が箸でつまみ、舌先で転がす。

 

「ふうん。これ、後から来るね。香りが、遅い」

 

 猫姉が子翠を見る。子翠は肩をすくめた。

 

「褒めてないよ? 観察だよ?」

 

「観察は一回でいい」

 

「はいはい」

 

 小蘭が自分の分を差し出して、俺の皿を覗き込む。

 

「ねえ、甘いのは? 庭って言ったら甘いの!」

 

 子翠も乗る。

 

「冷たいのも欲しい。氷、ないの?」

 

 持ってきてない。作ろうと思えば作れた。

 でも、今日の庭は“外”じゃない外。欲張ると崩れる。

 

 猫姉が、蓋を閉める手を止めずに言った。

 

「今日は、ここまで」

 

「ええ〜」

 

「ええ、じゃない。喉、通ってる」

 

 小蘭が口を尖らせた。けれど、もう一度葛粥の椀に目を落として、匙をちょんと舐めるだけで終えた。

 子翠は札を指でくるくる回し、諦めたふりの笑いを浮かべる。

 

 胸の奥で、変な安心が広がった。派手なものを出さない。足すより、閉じる。

 それが、今日の正解だ。

 

「……猫姉」

 

「なに」

 

「今日は、これでいいな」

 

 猫姉がこちらを見ないまま、短く返す。

 

「うん。十分」

 

 風がもう一度、葉を鳴らした。

 重箱の蓋は閉まっている。札は手元に戻っている。

 それだけで、ちゃんと日常が回っている気がした。

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