蓋を閉めると、乾いた音が一つ、庭の葉擦れに吸われた。布を戻し、結び目を指で押さえる。風が抜けても、今日は大げさに揺れない。
「もう終わり?」
小蘭が花巻の欠片を見つめたまま言う。「まだ食べられる気がするんだけど」
「終わり。片づける」
猫姉が桶の縁に手を置く。水面の光が揺れて、すぐ落ち着いた。「手、先に拭いて」
「はーい」
小蘭は布で指先を押さえた。子翠は札を指でくるくる回しながら、口の端だけ上げる。
「札、回収するんでしょ? はい」
差し出されたのは二枚だった。
猫姉の目が細くなる。
「安心どころじゃない。数、ズレてる」
「え、多いほうが安心するじゃん?」
子翠が首を傾ける。
猫姉は札を受け取らず、袖口へ視線を落とした。
「……袖」
「えっ、袖ってなにさ」
返事の代わりに、子翠が袖をつまむ。木札の角がちょいと顔を出した。小蘭が噴きそうになって、口を手で押さえる。
「だって、かわいかったから」
子翠が札を引っぱり出し、胸の前で揺らす。「関係あるって。返したくなるもん」
猫姉は淡々と手を伸ばした。
「戻す気なら、袖に入れない」
「うう、正論」
札を四枚並べる。猫姉の指が端を揃え、音も立てずに束ねた。
「次から色札にする」
視線が小蘭へ向く。「箱も同じ色」
「わ、分かりやすっ!」
小蘭が身を乗り出す。
「分かりやすいほうが、戻し忘れない」
猫姉が桶の水を一度見てから、俺の重箱へ視線を戻す。
重箱を抱え直すと、紐が指に食い込んだ。今日は甘いのも氷も出してない。出せたのに、閉じた。それだけで片づけが早い。
「次は甘いの!」
小蘭がすぐ言う。「庭なんだし、甘いのほしい!」
「冷たいのも」
子翠が追い打ちする。「庭って言ったら氷だよ」
猫姉は布を払って砂を落とした。
「虫が寄る」
「虫は……うっ」
小蘭が固まる。
「虫、そんなに来ないよ。たぶん」
子翠が肩をすくめる。
「“たぶん”は当てにしない」
猫姉が手拭いで指を拭き、短く息を吐いた。
口を挟むなら今だと思って、声を落とす。
「猫姉、次は季節の果実で」
猫姉は札を結びながら、目を向けないまま返す。
「……喉が通ってからね」
「分かってる」
「果実いい!」
小蘭が手を叩き、子翠が笑う。
「色札、果実色にしよう」
猫姉は一拍だけ止まり、何も言わずに歩き出した。
「なんというか、こういうのもたまには良いな」
そうして、俺が呟くと猫姉が答えた。
「まぁ、そうかもね。今度は遠出する時にはなんか作ってよ」
「うん、分かったよ」
札は戻った。重箱も戻った。外へは出られないままでも、今日は庭で、ちゃんと息が通った。