包みを開くと、甘い匂いがふっと広がった。悪い匂いじゃない。蜜の照りも、粉の香ばしさも、ちゃんと食欲を呼ぶ。けど、この部屋には前へ出すぎる。
机の上には薬包紙。端に寄せた湯飲み。筆先は乾きかけている。やぶ医者の指は紙の粉で白く、爪の脇が少し荒れていた。今ほしいのは「うまい甘味」じゃない。仕事の途中で喉に引っかからないものだ。
俺は包みの中身を小皿に移し、包丁を借りる代わりに糸を使って切った。刃を入れるより、表面の蜜を潰しにくい。
「細かくするのか」
やぶ医者が机に肘をついたまま言う。
「ひと口を、もっと小さくします。噛む回数、減らしたいんで」
「ふん」
猫姉が横から短く入る。
「あと、口に残る」
「分かってる」
湯を少しだけ椀に取り、切った甘味をさっとくぐらせる。溶かしすぎない。表の強い甘さだけをほどく。湯気が立つと、さっきまで尖っていた匂いが少し丸くなった。
小蘭が目を丸くする。
「えっ、溶けないの?」
「溶かさない。表面だけ」
子翠が身を乗り出す。今にも指を出しそうな顔だ。猫姉の視線が先に刺さる。
「子翠、触らない」
「まだ何もしてないよ?」
「する顔」
子翠が笑って両手を上げた。やぶ医者が鼻で笑う。さっきより少しだけ、しわが浅い。
猫姉は甘味そのものを見ていない。やぶ医者の湯飲みと喉元、口を開く回数、息の浅さを見ている。料理の話をしない時の猫姉は、言葉がさらに短い。
「喉に残る」
一つ。
「口が乾く」
二つ。
「次の仕事の邪魔」
三つ目を置いて、黙る。
それで十分だった。俺はうなずいて、湯を切った甘味を新しい皿へ移す。粉を少しだけ足す。甘さを増やすためじゃない。指につかず、口の中でほどけやすくするためだ。香りは残す。重さだけ落とす。
「猫姉、湯、もう少し」
「はい」
返事と同時に、もう湯差しが手元に来る。動きが早い。置き方が静かだ。診療の机の音を増やさない置き方。
やぶ医者がその手元を見て、それから俺を見る。
「お前ら、こういう時だけ妙に息が合うな」
「いつもです」
猫姉が言う。顔色ひとつ変えない。
「言い切るな、可愛げがない」
「事実です」
小蘭が吹き出し、子翠が肩を揺らす。俺も口の端が上がりかけたけど、皿の上で手を止めたくなくて、そのまま指先に意識を戻した。
形を整えた甘味を、さらに半分。小さくして、皿の端に寄せる。量は少ない。けど、これでいい。最初の一口で「もういい」にならないほうがいい。
「できました。まず一つだけ、どうぞ」
やぶ医者は面倒そうな顔のまま受け取った。苦い顔はそのままなのに、指先はちゃんと皿を支える。口に入れて、すぐには何も言わない。喉が動くのを、猫姉が見ている。俺も見てしまう。
飲み込んでから、やぶ医者は湯飲みに手を伸ばした。ひと口すすって、眉間を指で押さえる。
「……さっきよりマシだな。甘いのに、口が渇きにくい」
小蘭がぱっと明るくなる。子翠も「ほんと?」と顔を寄せる。猫姉はそこで初めて、甘味の皿を見た。
「重さが落ちた。仕事の合間に入る形です」
「形、ねえ」
やぶ医者が俺に顎をしゃくる。
「マオ」
「はい」
「返事が早い。手も早い。猫猫と違って、そのへんは見てて楽だ」
「聞こえてます」
「聞かせてる」
さっきと同じやり取りなのに、小蘭がまた笑う。子翠が「やっぱり言うんだ」と小声で囁いた。
俺は空いた皿をまとめながら、次に出す分の並べ方を変えた。ひと口ずつ、間を空けて取れるように。診療の邪魔をしないように。猫姉の言う“型”は、味を決める言葉じゃない。手を動かす順番を決める線だ。
その線が見えると、甘い匂いも、少しだけ働きやすい顔をしてくる。