後宮の門が開いた朝、空気の色まで変わった気がした。荷車の軋む音が石畳を渡り、異国の布が風を受けてひるがえる。赤、青、金。見慣れない模様が陽をはじき、侍女たちの目まできらきらして見えた。衣服、飾り紐、玻璃の小瓶、細工の細かい簪。並ぶ品が増えるたび、小蘭は「わあっ」と声を上げ、子翠は人の肩越しにするすると前へ出る。猫姉だけは騒ぎの真ん中に立ちながら、何がどこに置かれ、誰がどれを手に取ったかを、いつもの顔で見ていた。
「マオ、見て見て! この赤い粉、きれい!」
小蘭が両手で抱えるみたいに小袋を持ち上げる。
「唐辛子だな。挽いたやつだ。辛いだけじゃなくて、油に香りを移すと丸くなる」
「丸くって、辛いのに?」
子翠が首を傾げる。
「最初に舌へ刺すんじゃなくて、後から広がる感じ。肉の脂と合わせると分かりやすい」
小蘭は感心した顔で袋を覗きこみ、子翠はもう次の瓶へ手を伸ばしていた。今度は透き通った琥珀色の液体だ。猫姉の視線が一度だけそこへ落ちる。けれど、まだ何も言わない。
「こっちは?」
子翠が瓶を光へかざす。
「果実を漬けた酢だな。酸っぱさだけじゃなくて、香りを足すやつ。魚を締めてもいいし、甘い蜜に少し落としても締まる」
「え、甘いのに酸っぱいの入れるの?」
小蘭が目を丸くした。
「入れすぎると台無しだけど、ほんの少しなら味がぼやけない。甘いだけだと、あとで重くなるだろ」
そう言いながら、別の皿に並んだ干した実をつまみ上げる。黒く細い粒は胡椒、星みたいな形の乾き物は八角、少し青みを残した粉は山椒に近い香りがした。隊商は土地ごとに匂いを連れてくる。見た目より先に、鼻の奥で分かるやつも多い。
「この星のやつ、かわいい」
小蘭が八角を指でつつく。
「かわいいけど、そのまま齧ると大変だぞ。煮込みに入れて、油と一緒に温めると甘い香りが立つ。鶏でも豚でも合う」
「じゃあ、マオなら何作る?」
子翠がにやっと笑う。
「今あるなら、醤を少し強めにした煮込みだな。八角と胡椒を先に温めて、あとから葱を入れる。香りの順番を間違えると、せっかくの匂いが濁る」
猫姉が、そこでようやく口を開いた。
「マオ、今日はやけに楽しそうですね」
「そりゃ、知らない土地の調味料が並んでたらな。料理人なら見たいだろ」
「見るだけで済めばいいですけど」
言い方は淡いのに、小さく釘を刺してくる。小蘭はそれでも止まらない。今度は細長い包みを抱え、「これ、麺みたい!」とはしゃいでいる。乾いた生地を細く伸ばした保存食らしい。湯で戻すか、揚げて砕くか、使い道はいくつも浮かぶ。
「それ、面白いな。汁に入れてもいいし、砕いて焼いた魚の衣にしても食感が変わる」
「食べ方、そんなにあるんだ」
小蘭の声が少しだけ静かになる。祭りみたいな空気の中で、品物がただの“きれい”じゃなくなる瞬間だ。
「あるよ。調味料も同じだ。強い味は偉いんじゃない。どこで使うかで、やっと意味が出る」
言い終えたところで、風がひとつ抜けた。甘い匂い、辛い匂い、乾いた布の匂い。その中に、ほんの少しだけ、妙に長く残る香りが混じる。猫姉の目が、玻璃の小瓶の並ぶ一角へ静かに向いた。
祭りみたいなざわめきは、まだ続いている。けれど、その視線だけが、もう次の違和感を拾っていた。