薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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甘い果実 Ⅰ

 後宮の厨房は、相変わらず静かだった。

 

 火の音と、包丁がまな板に触れる音だけが淡々と続いている。俺は干し野菜の仕込みをしながら、最近この場所に漂う違和感を考えていた。料理の味が落ちたわけでも、食材が変わったわけでもない。それなのに、食べた後の空気が重い。腹が満たされても、体が軽くならない感覚だ。

 

「マオ」

 

 聞き慣れた声に、手を止める。

 

「どうした、猫姉」

 

 振り返ると、猫姉――猫猫が、いつもの無表情で立っていた。ただし、目だけは忙しなく動いている。あれは、考え事をしている時の目だ。

 

「最近、後宮で出てる菓子、知ってる?」

 

「菓子?」

 

 俺は少し考え、すぐに思い当たった。

 

「ああ、蜜を煮詰めて固めたやつだろ。胡麻と木の実を混ぜた……」

 

「蜜煎果」

 

 猫姉が言葉を補う。

 

「そう、それだ」

 

 あの菓子は、見た目は地味だが、評判はいい。薄く切って出され、口に入れるとすっと溶ける。甘味も強すぎず、疲れた時には確かに“ちょうどいい”。

 

「最近、あれを食べてる人たちが、揃って体調を崩してる」

 

「毒じゃないんだろ?」

 

「ええ。毒反応は出てない。薬も効いてる。でも、回復が遅い」

 

 猫姉はそう言って、俺の手元をちらりと見た。

 

「料理人の目で見て、あの菓子どう思う?」

 

 急に振られて、俺は少し言葉を選んだ。

 

「……正直に言うと、作り方次第で厄介になる」

 

「どういう意味?」

 

「蜜煎果は、主に麦芽糖と蜂蜜を煮詰めて作るだろ。あれ、少量なら滋養になるけど、毎日食べると血が重くなる」

 

「血が、重く?」

 

「体がだるくなる感じ。甘いもんって、元気が出る代わりに、使い方を間違えると疲れを溜める」

 

 猫姉は腕を組んで、少し考え込んだ。

 

「後宮の生活だと、運動量も少ないし」

 

「そう。しかも、あの菓子」

 

 俺は声を落とす。

 

「油も使ってる。胡麻油だ。香りはいいけど、消化に時間がかかる」

 

「なるほどね……」

 

 猫姉の目が、少しだけ鋭くなった。

 

「つまり、毒じゃないけど、体調を削る条件が全部揃ってる」

 

「そういうことになる」

 

 俺は正直に答えた。

 

「悪意があるとは思わない。むしろ、気遣いの菓子だ。でも、後宮みたいな場所だと……」

 

「“優しさ”が、害になる」

 

 猫姉が、淡々と言った。

 

「後宮あるあるね」

 

 そう言いながらも、口元は少しだけ歪んでいる。楽しんでいるわけじゃない。面倒な予感を確信に変えた顔だ。

 

「猫姉、これ事件になる?」

 

「なるわね」

 

 即答だった。

 

「犯人がいないタイプの、いちばん厄介なやつ」

 

 俺は思わず苦笑した。

 

「俺、関係ある?」

 

「ある」

 

 間髪入れずに言われる。

 

「このままじゃ、また別の“善意の食事”が増える。だから、代わりを用意する必要がある」

 

「代わり?」

 

「甘味はやめさせられない。だったら、体を疲れさせない甘味に変える」

 

 その瞬間、俺はようやく理解した。

 

「……なるほど。俺は、裏方か」

 

「最初から、そのつもり」

 

 猫姉は、ほんの少しだけ口角を上げた。

 

「安心して。表で揉めるのは私の仕事。あんたは、料理だけ考えて」

 

 そう言って、踵を返す。

 

「菓子の案、考えといて。今日中に」

 

「分かった」

 

 短く答えながら、俺は頭の中で材料を並べ始めていた。

 

 蜜煎果は、悪くない。

 ただ、場所と量と頻度を、完全に間違えていただけだ。

 

 料理は、人を元気にもするし、静かに削りもする。

 その境目を、俺は今日、はっきりと見た気がした。

 

 後宮で起きる事件は、いつだって派手じゃない。

 だが、だからこそ――気づいた時には、深く入り込んでいる。

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