薬屋と料理人は幼馴染み   作:ボルメテウスさん

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月の宴会 七

調理場の奥では、まだ蒸籠の余熱が残っていた。

猫猫が足を踏み入れると、薄く残った魚の香りが静かに鼻をかすめる。

 

宴の喧騒はすでに遠のいており、ここにはいつもの静けさが戻り始めていた。

ただ、その空気の中に、わずかに張りつめたものが残っている。

 

奥で背を向けていた男が、包丁を布で拭いている。

顔の下半分を覆っていた布は外され、見慣れた横顔がそこにあった。

 

猫猫は何も言わず、そのまま歩み寄る。

足音を消すつもりもないが、わざわざ声をかけることもしなかった。

 

「……猫姉?」

 

振り返ったマオが、少しだけ驚いたように目を丸くする。

その表情は、いつもと変わらない。

 

「どうしたんだよ。

 宴の方はもう終わったのか」

 

軽い調子で言いながら、包丁を鞘へ納める。

まるで何もなかったかのような態度だった。

 

猫猫はその様子をじっと見ていた。

それから、わずかに首を傾ける。

 

「終わったわよ。

 あんたのおかげでね」

 

「それはよかった。

 ……って、あんたのおかげって、俺関係あるのか?」

 

マオが笑いながら言う。

その軽さが、かえって違和感を際立たせる。

 

猫猫は一歩だけ距離を詰めた。

視線を逸らさず、そのまま口を開く。

 

「マオ」

 

呼び方は、いつも通りだった。

 

「……あんたって、特級厨師になったんだ」

 

その一言で、空気が止まる。

 

次の瞬間、マオが盛大にむせた。

 

「ごほっ、えっ、な、なんで……っ」

 

慌てて口元を押さえながら、何とか咳を収めようとする。

さっきまでの余裕は、きれいに吹き飛んでいた。

 

猫猫はその様子を見下ろしながら、少しだけ口元を緩める。

 

「隠してたつもり?」

 

「いや、隠してたよ!

 ていうか、なんで分かったんだよ……」

 

声が少し裏返っている。

動揺しているのが丸分かりだった。

 

猫猫は肩をすくめた。

 

「分かるっての」

 

短く言ってから、わずかに間を置く。

 

「……あんたの料理、見たらね」

 

マオは言葉を失ったまま、猫猫を見る。

その顔には、驚きと、少しの諦めが混ざっていた。

 

猫猫は続ける。

 

「魚の身の引き方、刃の入れ方、順番。

 全部見覚えがあるのよ」

 

静かな声だったが、否定の余地はない。

 

マオはしばらく黙っていた。

それから、ふっと息を抜く。

 

「……さすが、猫姉」

 

苦笑いが浮かぶ。

 

「敵わないや」

 

その言い方には、悔しさよりも納得が近い。

隠し通すつもりだったわけではないが、こうもあっさり見抜かれるとは思っていなかったのだろう。

 

猫猫は腕を組んだまま、少しだけ視線を逸らす。

 

「まぁ、別に誰かに言うつもりはないわよ」

 

「助かる……」

 

マオが心底ほっとしたように肩を落とす。

 

その様子を見て、猫猫は小さく息を吐いた。

 

「この前は、私の話をしたでしょ」

 

「ん?」

 

「薬のこととか、毒のこととか」

 

マオがうなずく。

 

「ああ、あったな」

 

猫猫は視線を戻した。

その目は、少しだけ興味を帯びている。

 

「今度は、あんたの話を聞かせて頂戴」

 

マオは一瞬だけきょとんとした顔をした。

それから、困ったように笑う。

 

「……そんな大した話じゃないぞ」

 

「決めるのは私よ」

 

猫猫の返しは即答だった。

 

そのやり取りのあと、しばらく沈黙が落ちる。

調理場には、もう火の音も人の気配もない。

 

ただ、包丁が鞘に収まったまま静かに置かれている。

 

マオはその包丁を一度だけ見た。

それから猫猫へ視線を戻す。

 

「……分かったよ」

 

その声は、さっきまでより少しだけ落ち着いていた。

 

猫猫はそれ以上何も言わない。

ただ、小さく頷くだけだった。

 

調理場の空気が、ゆっくりと元に戻っていく。

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