事前登録者3355万336人突破報酬、☆5『ファイノン』 作:きのこの
じゃけん無料配布するね♡
「よかった、まだ残ってる。」
「脚本通り。だけど、本当にこれっぽっちで未来が変わるの?」
「彼が齎す運命の可能性はいくつもある。変数によって開拓の未来は不安定になり、最悪の結末が常に付きまとう様になるわ。」
「リスクが高すぎる…。彼を目覚めさせないという選択肢は?」
「それこそ、破滅の先延ばしにすぎない。運命を正しく軌道に乗せるには彼の存在が必要不可欠よ。
そんなに心配しなくても大丈夫。だってあの子がいるもの。」
「さあ、お目覚めの時間よ。聞かせるまでもないでしょうけど、立ち止まらないで、前に進み続けるの。そうすれば、貴方の望みは叶う。」
「ねえ、無名の英雄さん。」
「..................?」
ぽっかりと、胸に穴が空いたような空虚感。
ゆらゆらと微睡んでいた思考が、頬を伝う氷のように冷たい何かの感触に、急速に浮上していく。
瞼をゆっくりとこじ開けながら違和感があった場所を指先で拭ってみると、冷たい無色の液体が僅かに残っていた。
水...かな?
首を傾げながらペロリと舐めてみると、仄かに甘い。
砂糖水みたいな突き詰めた甘さじゃなくて、なんとなく感じる程度。あまり飲んだことのない味だ。
上から降ってきたのかな、と天井を見上げてみるが、特に何も無い。それどころか、普通の家庭ならそこにあるはずの部屋を照らす照明器具すらもなかった。ただ、何でできているのかよく分からない黒い硬質な素材に覆われている。
すごく個性的な天井だ。
「ここは...どこだろう?」
持ち上げていた視線を下ろし、辺りを見渡す。
床は天井と同様に黒色で、見た限りではゴムで出来ているように見えた。不思議な事に、部屋の中央に照明がないにも関わらず、床と天井の中央が薄ら白く輝いている。一体何を反射しているんだろう。
正面と左手の壁は一面ガラス張りで、反対に後ろ側と右手は金属でできている。今いる位置からでは外の様子を詳しく見ることはできないけど、やけに広い空間であることは分かる。
そして僕はというと、後ろ側の壁に力なく背をつけて床に座り込んでいた。
「見たことある気がする...。」
この部屋、すごく見覚えがあるというか...既視感があるんだけど...なんだろう?
違和感を覚えたまま立ち上がると、一気に視界が高くなり、ガラスの向こう側の様子がよく見えるようになった。
そしてそれは、ガラスに映りこんだ僕の姿さえも。
それが視界に入った瞬間、僕は驚きのあまり目を見開いた。
「ファ、ファイノン…?」
ところどころ飛び跳ねた白髪に、太陽のような紋様が映りこむ青い目、白いコートに青いマント。
白髪の青年が、ガラスの向こう側で驚いた様子で目を見開き立っていた。
いや、ガラスの向こう側じゃない。彼の体はうっすら透けていて、外の景色が見える。これは、光の反射でガラスに映り込んでいるだけだ。
じゃあ......いや、そんなまさか...
僕が右手をあげると、ガラスに映る僕から見て右側の手をあげる。視線を真下に移すと、彼も同じように下を向き、僕の視界に白いコートが入った。
「僕、ファイノンになってる!?」
誰がどう見ても、僕の姿は『崩壊:スターレイル』に登場するファイノンだった。
『崩壊:スターレイル』。通称スタレ。星核を宿した主人公が、星の海を渡る列車に乗って色んな星々を旅し、心を繋いでいく物語。
ファイノンというキャラクターは、その物語の第四章である『オンパロス』編に登場する、物語のキーを握る人物の一人だ。
リリース開始日...とはいかないけど、少し遅れてゲームを始めた僕は、その深い世界観と好ましいキャラクター達に惹かれて、プレイヤーになった。
一番好きだったのは主人公である開拓者。彼あるいは彼女の選択肢に笑い、開拓の精神に従い人々を助け、戦う姿に幾度も心打たれた。
……いや、ゲームのことを考えている場合じゃなかった。
「『僕はエリュシオンのファイノン。』」
劇中のセリフを言う。うわ、声まで彼にそっくりだ。
そもそも顔も、瞳の色も、髪の色も、コスプレですまないレベルで自然に一致している。
整形とか?そこまで本気で似せなくてもいいんじゃないかな...?
ガラスの姿見をジッと見ていた僕は、その向こうに僅かに覗く景色の中に気になるものを見つけて、ハッとしてガラスに駆け寄った。
外はどうやらこの部屋よりも低い位置にあるようで、所々に足場と、それを繋ぐようにいくつかの青と白の光の橋がかかっている。人の気配はなく、一番奥の壁のへこみの前で、一体の人型の生物がうろうろと辺りをいったりきたりしていた。
灰色の装甲のような体表で、開かれた腹部に紫色の発光物がDNAのように渦を巻いている。後頭部からは紫紺の炎が吹き上がり、生物の動きに合わせてゆらゆらと揺らめいている。
「反物質レギオン......。」
スターレイルに登場する敵対種の一つが、なにかの仕掛けや人間が入っているわけでもないのに、確かな生命としてそこに存在していた。
目覚めたばかりだからか、鈍っていた思考が回り始め、記憶の奥底からひとつの景色を引っ張り出す。
無機質で、どこかSFチックな部屋、反物質レギオンの存在……。
この空間を見た時から感じていた既視感の正体に、僕は漸く気がついた。
ここは......宇宙ステーション『ヘルタ』だ。
「……転生したら『ヘルタ』に来ちゃった件?」
いつだったか、物語の中でプレイヤーの分身たる主人公が放ったセリフに似た文言が口をついて出た。そんな非現実的なことが、なんて思いもするけど、この状況に適切な言葉なんて、正直これくらいしか思いつかない。
しかも、ファイノンの姿で。
……オンパロスは????
「僕、ここにいちゃダメじゃないかい?」
ガラスに映るファイノンに問いかけるように声に出すが、残念ながらそこにいる影は自分の幻影で、僕と同じように困ったように眉をへにゃりとハの字に下げて立っているばかりだ。
もし僕が...所謂ファイノン成り代わり、というやつなら、絶対ここにいちゃいけないんじゃないかな?
良い悪いどころか、オンパロスを永劫回帰しないと宇宙がまずいというか......。
…いや、知恵の司令である『マダム・ヘルタ』の宇宙ステーションが無事ということは、知恵は隕落せず、宇宙も無事なんだろう。
何かの理由で僕が永劫回帰をしてなくてもいい…?鉄墓は既に開拓者に倒された…とか。
いずれにしても、そういうことなら僕は本物のファイノンじゃないのかな?
「ドッペルゲンガー...いや、偽物...ただのそっくりさん?」
色々言葉を並べ立てる。状況的には『偽物』がいちばん近いかな?
それなら、僕は『ファイノン(偽)』ということになる。
僕は創作物に関してはあまり、というかほとんど詳しくないけど、物語の登場人物と瓜二つな見た目で生まれ、しかし本人ではない場合そういう言い方をするらしい。僕も
僕の正体(?)が分かったところで、まだまだ謎は尽きない。
なんでヘルタにいるのか、どうして意識を失っていたのか、ここに誰もいないのか。
そもそも僕は、ここに来る前まで何をしていたんだっけ?
思い出そうと目を閉じて、頭に収められている記憶を一つ一つ思い返していく。
まず最初に......宇宙ステーションで目覚めた主人公は、紆余曲折を経て、星穹列車に乗る。ヤリーロⅥの星核に道を阻まれたことで星に降り立ち、極寒の中、存護の一瞥で得た槍を持って、星核の脅威から人々を救った。次に星核ハンターの言葉から仙舟に向かい__
あ、れ...??
もう一度目を閉じて、直前の記憶を思い返そうとする……が、何も出てこない。
どれだけ記憶の海をひっくり返し、一つ一つ精査していっても、スターレイルを遊んだ時の、真四角の画面ばかり。
それ以外の...前世の名前も、生まれも、性別も、姿も、生活も、何もかも頭に浮かぶものはなかった。
「僕……僕は、誰なんだ?」
さっきまで何ともなかった一人の空間が、途端に寂しく、不気味なものに感じた。不安が後から後から湧いて出てきて、足元に降り積もる。
僕は...僕は何者なんだ?どうしてここに?どうしてこんな姿に?
問いを投げかけられる相手はいない。
僕には何も分からない。
僕は、どうすればいいんだろう。
「............。」
湧き上がる不安を首を振って離散させた。
立ち止まっていても、事態は何も進展しない。ここで誰かが現われるのを待ってても意味はない。
決心し、一度大きく深呼吸をする。宇宙空間だからだろうか、漂う冷涼な空気は吸いこむほど濁った思考を目覚めさせるようで心地がいい。
とにかく、ここから外に出よう。
「それに、もしかしたら『ミス・ヘルタ』が僕のことを知っているかもしれない。」
ここの主であり、知恵の指令である彼女なら、僕が分からないことも知っているかもしれない。ヘルタに限らず、誰かに会えればこの行き詰まった状況を変えられる。
単なる希望的観測で、自分を鼓舞する為の言葉だったけど、可能性は十分にありうる。
僕は青いマントを翻しながら部屋の外に出た。
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部屋の外はさっき見た通り、SFチックで一般的な家屋の構造からすると考えられない見た目をしていた。
記憶の海をひっくり返して思い出したけど、ここは『収容部分』の左手…監視室の更に奥の部屋だ。
部屋の中に人の気配はなく、出口の手前側の坂道に反物質レギオンが一体と、下層の通路の方にもう一体いる。
ゲームだと物音立てるくらいならば反応しなかったけど、あいつらに耳はあるんだろうか?いや、普通にあるかな…。あれはゲームの仕様でそうなってるだけだもんね。
なるべく物音を立てないように、僕は奴らの動きを警戒しながらゆっくりと通路を渡った。
本物のファイノンは戦士だけど、記憶のない、何者でもない僕が戦えるか分からない。ファイノンと全く同じ身体能力を持っていれば、多少は動けるだろうけど、リスクが高すぎる。人に出会って、安全な場所で試せるまでは、戦闘は避けよう。
ゲームでは斥力ブリッジ(赤と青の切り替え型の橋)を操作しなければ渡れない通路だが、どういう訳か、今は両方が真っ白な橋に置き換わっていて、操作の必要もなく渡る事が出来た。
よかった、もし操作が必要だったらやり方も分からないし、一生立ち往生してたところだった。
一番奥の出口前の通路まで何事もなく渡り切り、坂道の下にいるヴォイドレンジャーを警戒しながら、僕はこっそりと息を吐いた。
幸い、下の奴は最初からずっと反対側の壁を見つめ続けていて、僕の方を向く様子がない。物音でも立てない限りはばれないだろう。
……そういえば、反物質レギオンがヘルタにいるということは、この世界の時間軸はヘルタが襲撃を受けた後なのだろうか。
普通に考えたら、襲撃を受ける前のヘルタには、勿論反物質レギオンなんていなかっただろう。スタッフ達もショックを受けていたし、防衛を突破されて襲撃を受けることは、決して日常的な出来事じゃないはずだ。
ゲームだと全てが解決した後も反物質レギオンが至る所に存在していたけど…現実なら、彼等はあいつらの存在が宇宙ステーションにい続けることを認めないだろう。
こうしてこの部屋に当たり前のように反物質レギオンがいるということは、ヘルタは現在進行形で襲撃を受けているのか?
もしそうなら、出来る限り彼らの助けになりたい。人を探すついでに、避難が遅れている人たちを助けに行こう。僕が何かできるとも思わないけど、でも一緒に逃げることならできるはずだ。
(…開拓者もいるのかな?)
同時に、襲撃中ということは、ヘルタのどこかに星穹列車一行がいることを指す。人命救助の方を優先するけど、もし、彼らと遭遇できる時間があるなら…。
僕は彼らに
色んな星を旅する彼等なら、より多くのことを知っているだろうしね。
プレイヤーだった頃、僕は星穹列車のみんなのことが好きだった。中でも主人公は一番好きだ。
別に『有名人に会いたい』なんてミーハーな気持ちになっているわけじゃない。
ただ、彼らが魅せる開拓を、紡ぐ冒険を、少し見てみたかった。
避難が遅れている人を探し、助ける。
開拓者に会う。
もし襲撃が終わっているなら、誰でもいいから人に会う。
この三つを、今後の行動方針にしよう。
決めて、未だ坂下で壁を見つめ続けるヴォイドレンジャーを警戒しながら、僕は自動ドアの前に足を踏み入れた。
扉が勢いよく三方向に開き、その向こうの景色がはっきりと見え……
視界に飛び込んできた白と、ピンクと、黒と…灰白色の頭に、思わず「うわっ!?」と声をあげた。
「なっ!?」
「っえええぇ!!?」
「……っ!!?」
「…え、だれ?」
瞬間、四種類の声があがり、こちらに背を向けていた四つの色は勢いよく僕の方に振り返った。
扉の手前には浅黒い肌に白い髪の少年が、右手と足を庇うようにして、警戒するように立っている。
少年を守る様に奥に立つピンク髪の少女は、肩を跳ねさせて。
隣の黒髪の青年は、焦った様子で警戒に染まった両眼をこちらに向けて。
そして一番奥の灰白色の髪をした少女は、少し驚いた様子で目を見開き、どこか間延びしたトーンでこちらの素性を尋ねて。
(か、か、開拓者!!?)
そこにいたのはどこからどう見ても、星穹列車の三人と、宇宙ステーション防衛課のアーランさんだった。
回り続けていた思考が一瞬止まり、目を見開いたままその場に固まる。
それは彼らも同じだったようで、四人は振り向いたままの姿勢で凍り付いたように固まった。
一瞬の静寂が辺りを支配し……そして、それは彼らにとって致命的な隙だった。
灰白色の彼女の後ろから青色の閃光が弾け、瞬間、彼女の手に収まっていた黒色のバットが回転しながらこちらに向かって弾き飛ばされる。
全員がハッとして彼女の正面を向いた時…大きく飛び上がったヴォイドレンジャーが右手に備えた黄金の刃で、彼女を斬り裂こうと迫ってきていた。
「星!!!」
誰かの悲鳴に近い叫びが聞こえる。
黒髪の青年が握りしめた槍を投擲しようと腕を大きく後ろに引き絞り、ピンク髪の少女は矢をつがえることも忘れて彼女の元に駆け出し、アーランさんが警告のため口を開く。
灰白色の彼女は、迫りくる壊滅の戦士を呆然と見上げ、バランスを崩しながら一歩後ろに後ずさった。
誰もが彼女の為に動き始め、だが、そのどれもが間に合わず、徒労に終わる。
ヴォイドレンジャーの死の刃は、既に彼女を切り裂くのに十分な距離まで迫ってきていた。
彼女の開拓が、始まる前に終わる。壊滅する。
その全てを一番後ろから眺めて、
僕は、
僕は______
「っ!!!!!!!」
瞬間、胸の内から爆発的に膨れ上がった激情が、僕の足を一歩、強く、強く踏み込ませた。全身を熱が駆け巡り、本能を呼び覚ます。
踏み込まれた足裏が床を焼き、烈火が僕を前に向かって弾丸のように弾き飛ばした。
空気も、衝撃も、全てを置き去りにして彼女の横をすり抜ける。
弾き飛ばされたばかりの黒いバットを宙で握りしめ、体の奥深くで燃え盛る炎と速度の全てをバットの先に込めた。
「っ、はあああああ!!」
開拓を、
彼女を壊滅する全てを、
焼き尽くせ!!!
哀れで愚かな名もなき戦士の抜け殻に、僕は燃え盛るバットを叩きつけた。
バキャリ
確かな手ごたえと、核を割り砕く音。
全身に罅が入り、ヴォイドレンジャーは本能的な声さえ上げる暇なく、壁に叩きつけられ、その両腕の刃ごと、全身が割り砕かれた。
大きな破片たちは、体の中央に吸いこまれるように消え去り、僅かばかりの破片が後に残った。
「……っ、...。」
喉奥に詰めていた息を吐き出す。バットを振り切った態勢から元に戻ると、緊迫のあまり止まっていた時が動き始め、同時に、辺りに再び静寂が帰ってきた。
「…あんたは…。」
布がこすれる音とともに、彼女の声が聞こえてくる。
突き刺さる四つの視線。彼らに背を向けたまま、僕は小さく笑った。
よ、よかった…、危なかった。彼女が死ぬところだった。
今更、心臓が早鐘を打ち、冷や汗が背筋を伝う。
ほとんど反射に近い、本能的な行動だったけど、彼女を守れた……本当によかった…。
ホッと息を吐き出す。
ヘルタが襲撃されているのは予想がついていたのに、部屋の中の警戒だけで、外に対して意識を向けられていなかった。僕の気の緩みで彼女たちに何かあれば、僕は僕自身に、明日の朝日を拝むことなんて許せなかっただろう。
さて、気持ちが少し落ち着いてきたら、さっきの彼女の問いかけに答えないと。いつまでも問いを無視して背を向け続けていれば、彼らに不審がられてしまう。無駄に彼らの警戒を煽るような真似はしない方がいい。
僕はほんの少し天を仰ぎ、ふと、右手に持ったままの黒いバットを見下ろした。彼女が自身につける諢名の由来でもあるそれは、先ほどの出来事を得ても、傷一つついた様子はない。
ああ、本物だ。
間違いなく、彼らは……開拓者なんだ。
こみ上げてくる熱を呑みこむ。戦闘の興奮が収まってないのか、なんでもないことなのに、心が揺り動かされる。
少しの間それを見つめた後、僕は彼らの方を振り返った。
バットを見つめていたことを誤魔化すように、笑いながら口を開く。
「面白いものを持っているね。」
図らずしもそれは、本物のファイノンが、彼らと最初に出会った時に紡いだ言葉と、全く同じだった。