世界を渡る時の衝撃にも、もう慣れた。
だが──目を開けば、そこはどこにでもある日本の街だった。空気は静かで、甘いパンの匂いが遠くから漂う。これまで散々、ビルが生えてくる世界やら、空に穴が空いてる世界やらを歩いてきた身としては、逆に不気味なくらい“普通”だ。
「……普通の街だからって、油断できねぇんだよな」
ぼそりと呟くと、三人──デルタ、ゼータ、イータ──が珍しく俺に気を使った。
『じゃ、私たちは街の方を見てくるわ。何かあったらすぐ連絡して、ボス』
「ツカサ、ちゃんと連絡してよ?」
「ツカサさん、一人で突っ走らないでくださいね」
やかましい娘どもだ。……だが、そんな風に気にかけてくれるのが嫌じゃない、ってのが俺の弱点だ。
「わかったよ。お前らこそ、変な奴に絡まれんなよ」
そう言って、俺は公園の方へ足を向けた。理由は、ただ……匂いがしたからだ。
世界と世界の“継ぎ目”みたいな気配。旅を続ける中で、そういうのが肌で分かるようになった。
公園は静かだった。午後の光がベンチの影を歪ませ、風が低く鳴る。
そして、そこに──ひとりの少女がいた。
小さなブランコに座り、ゆっくり体を揺らしている。髪は陽に透けて、やわらかく揺れた。その横顔は、どこか……世界から少しだけ取り残されたみたいで。
俺は、ああ、と小さく息を吐いた。
(いるんだよな、こういう子)
世界をいくつも旅すると、“孤独の匂い”ってやつが分かるようになる。
その子からは、強くはないが、確かにそれが漂っていた。
だから、気づけば声をかけていた。
「……おい。こんなとこで一人かよ」
少女はびくりと肩を震わせ、こちらを振り向いた。
大きくて、真っ直ぐな瞳。守りたくなるような、でも芯の強さを感じる瞳。
「あ……えっと……。はい」
返事は小さい。けれど、嘘をついていない声だった。
俺は近くのベンチに腰を下ろし、軽く足を組む。
「親は? 迎え待ちか?」
「ううん……家の人、みんな忙しくて……。迷惑かけたくないから……いい子にしてるの」
……やっぱり、そういう類いか。
胸の奥が、少しだけざらついた。
旅を続ける中で、似たような言葉を何度も聞いてきた。大人でも、子供でも関係なく、人は寂しさを隠す。
だから、つい口が悪くなる。
「……バカだな、お前」
少女──なのは、は驚いて俺を見る。
「えっ……?」
「いい子ぶってんじゃねぇよ。そんなのただの無理してるガキだ」
自分の口調に、少しだけ罪悪感が混じる。
だが、言わずにはいられなかった。あの時、別の世界で聞いた言葉が自然と蘇る。
常磐ソウゴから聞いた、“彼の大事な人”の言葉。
「寂しい時ぐらい、
『大丈夫』なんて言うなよ」
少女の瞳が揺れる。
「……寂しいって時に、ちゃんと“寂しい”って言え。
寂しい時に寂しいって言えない人間なんて……
人の痛みがわからない奴になる」
静かな風が吹き抜けた。
ツラの皮が厚い俺でも、この言葉だけは妙に胸に残っていた。
なのはは、しばらく何も言えずにいた。
けれど、ふっと小さく笑った。気持ちがほどけるような、小さな笑顔だった。
「……言ってくれて、ありがとう」
「別に礼はいらねぇよ。俺が勝手に言っただけだ」
そう言ってから、少しだけ間が空く。
多分、この世界は普通じゃない。
多分、この少女も普通じゃない。
そんな確信が胸の奥で静かに広がっていく。
──そして。
公園の奥。古い木の陰。
そこに“黒い穴”が、わずかに揺れていた。
転生者が動き始めた気配。
世界の歪み。
(……やれやれ。到着早々、ろくでもねぇ歓迎だな)
俺は立ち上がり、少女にだけ優しい声で言った。
「おい。帰り道ぐらいは送ってってやるよ」
「……うん」
その時、俺はまだ知らなかった。
この世界で、どれほどの戦いが待っているのか。
そして、この少女が──後にどれほど強く、優しく、そして眩しい存在になるのかを。
なのはと並んで歩く帰り道は、妙に静かだった。
夕方の街灯がぽつ、ぽつと灯り始め、影が長く伸びていく。
少女は何度か俺の方を見上げるが、何も言わない。
子供らしい無邪気さよりも、周りに気を使いすぎる慎重さの方が強い。
だから、余計に胸にひっかかった。
(……こういうタイプは、放っとくと簡単に“壊れる”)
旅の中で何度も見てきたパターンだ。
だから、送るくらいはしてやる。それくらいは。
「ここ……私の家」
なのはが小さく言った。
普通の民家。だが、門灯がついていない。
忙しい家庭にありがちな光景だ。
「……あのっ」
なのはは勇気を出したみたいに、ぎゅっと手を握りしめて言った。
「よかったら……少しだけでも……お家、来ていかない?」
その言葉に、俺は立ち止まった。
あぁ……やめてくれよ、そういうの。
無自覚で、人の心にまっすぐ刺さる誘い方をするんじゃねぇ。
(巻き込む気は、ない)
この世界が平凡なままで終わらないことは、もう分かっている。
俺の旅が、いつも通り“厄介ごと”を連れてきている。
だから俺は、あえて乱暴に答えた。
「……ガキの相手してる暇はねぇんだよ。
俺は忙しいんでな」
なのはの瞳が、わずかに揺れる。
ほんの少しだけ、傷ついた表情。
その顔を見るのが、胸の奥で刺さるみたいに嫌だった。
(悪いな。だが……今はこれが正解だ)
俺は視線をそらし、手をポケットに突っ込む。
「ほら。さっさと帰れ。門の前で突っ立ってんな」
「……うん。
今日は……ありがとう」
小さく頭を下げ、なのはは家の中へ入っていった。
その小さな背中を見送る。
ドアが閉まる瞬間、ほんの一秒だけ。
なのはが俺を見ていた。
寂しそうで──でも、どこか期待している瞳で。
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなる。
「……ガキに期待されるなんざ、柄じゃねぇっての」
つぶやいて背を向けた瞬間。
なのはを家まで送り届け、
「ガキと違って忙しい」と乱暴に別れた直後だった。
背を向けて数歩歩いたところで――
胸の奥がざらつくような違和感が走った。
(……なんだ?)
空気が、歪んでいる。
“この世界”の気配が、ほんのわずかに軋む。
俺はこれまで散々、世界の異常ってやつを見てきた。
そして今、この悪意の流れが向いている先は――
振り返らずとも分かった。
(……なのは、か)
少女の家の方向から、濁った視線のようなものが飛んでくる。
形を持たない“悪意”。
生暖かく、ねっとりと貼り付いてくる感覚。
(今んとこ実体はねぇ……だが、あまりにも露骨だな)
誰かがなのはを“見ている”。
それも、悪趣味な興味で覗き込むような感じ。
だが、敵の正体なんてまだわからない。
転生者なんて単語も、この時の俺はもちろん知らない。
ただ――
(このままだと、確実に巻き込む)
さっき言った言葉は方便だったが、
今なら迷わずもう一度言える。
連れて行くわけにはいかない。
守るためじゃない。
無関係な子供を俺の旅に染めないためだ。
だから俺は、あえて歩幅を速めた。
街灯の間をすり抜けながら、なのはの家から距離を取る。
影の伸びる夕暮れの先に、
あの子の不安げな視線が背中に刺さるような気がしても――
しばらく歩いた頃だった。
背後から追いすがっていた“悪意”の気配が、突然ぴたりと止まった。
(ついて来てんのは分かってたが……子供、かよ)
振り返ると、そこにいたのは幼い少年だった。
年齢は、なのはと同じくらい。だが――
顔立ちが整いすぎている。作り物か、精巧なフィギュアでも見ているような違和感。
そして、その目だけが異様に濁っていた。
「やっと見つけた……お前、なのはちゃんの近くにいたやつだろ」
俺は眉をしかめた。
「なんだガキ。迷子か?」
「は? 誰がガキだよ。
モブが、調子に乗んな」
口の悪さだけは一丁前だ。
さらに少年は、狂気じみた笑顔を浮かべて言った。
「なのはちゃんは……ぼくの“嫁”なんだから。
お前みたいなモブが近づいていいわけないだろ?」
(……嫁? はぁ?)
頭の中で警報が鳴った。
ガキの見た目なのに、言ってることは完全に成人のそれ。
異常だ。しかも質の悪いタイプの。
「……生意気なガキだな」
俺が吐き捨てた瞬間、少年の表情が歪んだ。
「ガキじゃねぇって言ってんだろうがぁあ!!」
叫んだ瞬間、空気が震えた。
少年の周囲に、金属音が響き──
空間に、無数の剣が“生まれた”。
一本、二本じゃない。
十、二十……きらめく刀剣が少年の背後に並び始める。
(……やっぱり、ただのガキじゃねぇな)
俺の直感が告げていた。
こいつはこの世界の住人じゃない。
常識の外側から来た、もっと“厄介な存在”。
少年は指を鳴らす。
「消えろよ、モブ。」
剣の雨が、俺に向かって降り注いだ。
俺は舌打ちし、足を踏み込んだ。
剣の雨が降り注いだ瞬間、俺は一歩だけ横に跳んだ。
それだけで、すべての軌道がスカる。
(遅ぇ……)
子供の身体能力では、複製した武器の重さすら扱いきれていない。
剣は派手だが、意志がない。
ただ射出されるだけの玩具だ。
空いた間合いを一瞬で詰める。
「なっ……は、速──」
言葉が終わる前に、少年の懐へ潜り込んでいた。
「ほらよ、現実ってのを教えてやる」
ぐっと腰を落とし、少年の顎めがけて蹴り上げる。
バチンッ!
乾いた音。
そのまま少年の身体が浮き上がり、尻もちをついた。
「う、うわぁあああ!! い……痛いっ、痛いぃぃ!!」
地面に転がって泣き叫ぶ。
見た目相応に、打たれ弱さだけは本物だった。
俺は深いため息をついた。
「……やれやれ。
剣を雨みてぇに降らせといて、これかよ。
生意気なだけのガキじゃねぇか」
泣き声を上げながらも、少年は剣をまだ周囲に展開しようとしている。
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、わめき散らす。
「な、なのはちゃんは、ぼくの嫁なんだ!!
モブは消えろよぉ!!
消えなきゃ、この町ごと……!」
(……やっぱり、こうなるか)
ツカサの視界に、周囲の住宅が映る。
剣の複製、乱射。
間違いなく、一般人が巻き込まれる。
(こいつ、止めねぇと死人が出る)
懐から、慣れた手つきでベルトを取り出した。
漆黒とマゼンタのカードスロット──
ネオディケイドライバー。
カチリ、と装着。
「ったく……ガキの遊びにしては物騒すぎるんだよ」
カードを持ち上げる。
「変身」
『KAMEN RIDE D E C A D E』
電子音が響いた瞬間、世界がマゼンタに染まる。
ツカサの身体を光が包み、装甲が一気に形成され──
泣きじゃくる少年の顔が、恐怖に染まる。
「ひっ……!? な、なにそれ……なんでお前が……!!」
ディケイドは無言で一歩、前に出た。
「……ガキ。
人を巻き込むなら、俺が相手してやる。
最後まで責任持って泣け。」
戦闘が、本格的に始まる。
ディケイドの姿を見て硬直した子供は、次の瞬間、興奮と警戒が入り混じった声をあげた。
「で、デケェイド……! 本物……!?」
ツカサはマスク越しに冷ややかな視線を向ける。
「……なんで俺の姿を知ってる?」
この世界には仮面ライダーの記録はない。
偶然知るはずもない。
だからこそ、ツカサは“異常”を感じ取って問い詰めた。
だが、子供の反応は予想外だった。
それどころか、何かを「確信した」ように目を見開いた。
「な、なるほどな……! テメェも転生者だったのか!」
「……は?」
ツカサの困惑が深まる。
聞き慣れない単語。
しかし子供は、ツカサの反応を勝手に“図星だ”と解釈してしまう。
「だったら容赦はいらねぇ! 俺のなのはに近づくな!!」
子供の足元に魔力のような光が走り、未熟ながらも武器が生成される。
そのまま、振りかざしてツカサへ飛び込んでくる。
ツカサは小さく舌打ちしながら身構えた。
「……転生者? なんだそりゃ。
マジで訳わかんねぇな、このガキ」
そして、迫り来る刃をひらりとかわし、反撃の体勢に入る。
迫る少年の叫びと同時に、空間が軋むような音を立てて武器が次々と生成される。
剣、槍、斧。どれも本気で人を殺しに来る形状と質量を持っていた。
「うわ……本当に無限に作るタイプかよ」
俺は腰のホルダーから ライドブッカーを引き抜いた。
次の瞬間、飛来した片刃の剣を一閃で断ち斬る。
ガキンッ!
破片が散ると同時に、後方から槍が投げ込まれる。
俺は振り向きもせず、片手でブッカーを振り抜いてそれを両断した。
だが斬っても斬っても、武器は止まらない。
まるで地面ごと武器庫になったみたいに——数秒で周囲が鉄の雨に変わる。
ガシャッ! バキッ!
一本、二本、三本。
ライドブッカーが火花を散らしながら殺到する刃を破壊していく。
「……殺す気満々じゃねぇか。ガキがやっていい量じゃねぇぞ」
次々と作られる武器に、俺は小さく舌打ちした。
「チッ……厄介だな。面倒くさいんだよ」
武器の生成は止まる気配がない。
むしろ、危機感のない子供の“感情任せの暴走”によって、勢いは増している。
子供が吠える。
「ほらほらどうした! 俺の武器は尽きねぇんだよ!!
転生チート舐めんなよ、モブ!!!」
俺は冷めた声で返した。
「あいにく、チート自慢は聞き飽きてんだよ……」
その瞬間、横から飛んできた片手斧を一刀両断し、懐へ踏み込むための間合いを計り始める。
ツカサは飛び交う剣の雨の中、ひとつ舌打ちした。
「チマチマ武器ばっか飛ばしてんじゃねぇ……面倒くせぇな」
胸の前にカードを構える。
『KAMEN RIDE RYUKI!!』
光が迸り、赤い装甲が弾けるように形成される。
仮面ライダー龍騎の姿が現れると、子供――転生者は目を見開いた。
「り、龍騎……!? な、なんで……!」
「さぁな。オレは“モブ”じゃねぇってことだよ」
俺はカードを一枚抜き、ドライバーに滑らせる。
『ATTACK RIDE SWORD VENT!!』
一瞬で召喚されたドラグセイバーが手に収まり、
迫る無数の剣を—— 火花の軌跡だけ残して斬り捨てる。
「な、なんで折れるんだよ!? 俺の《無限の剣製》が!?」
「ガキが使いこなせもしねぇ技を振り回すんじゃねぇよ」
怒涛のように押し寄せる武器の群れ。
ツカサはさらにカードを差し込む。
『ATTACK RIDE STRIKE VENT!!』
ドラグクローが右腕に装着される。
彼は躊躇なく地を蹴り、雷のような速度で距離を詰める。
ガキの顔が歪んだ。
「くっそ! 来るなぁっ!!」
新しく生まれる刃が飛ぶ。
しかし龍騎は止まらない。
ドラグセイバーが、
ドラグクローが、
武器をひとつ残らず叩き潰し、切り裂き、粉砕する。
火花と金属の破片が夜気に散り、
その中心を赤い影が真っ直ぐ突き進む。
ツカサは低く吐き捨てた。
「無限に出ようが関係ねぇ。雑魚は雑魚だ」
そして——ついに転生者の懐へと踏み込んだ。
俺は一瞬で子供の懐へと入り込んだ。
「う、うわっ——!」
振り下ろした剣は空を切る。
その腕をツカサが掴む。
重い衝撃音。
次の瞬間、子供の身体は投げ上げられ、地面に叩きつけられていた。
「ぐああっ!?」
ツカサは迷いなく馬乗りになると、
喉元すれすれにドラグクローを突き立てる。
「……質問に答えろ」
低く、冷たい声だった。
「なんでオレの姿を知ってる? なんで“仮面ライダー”の名前が出る?
さっきの“転生者”ってのもだ。何の話だ?」
子供の顔が怯えと悔しさで歪む。
「は、放せよモブ……! な、なんで俺がこんな……!」
「答えろ。じゃねぇと次は、本気で止める」
ツカサの声は淡々としていた。
だがその静けさの裏にある“殺気”が、子供の全身を凍らせる。
しかし——
「うるさい!!」
子供が突然、叫んだ。
「なんで俺が負けるんだよッ!! 俺は転生者なんだぞ!?
選ばれた特別な存在なんだ!! モブが……モブが、俺に逆らうなァ!!」
叫びと同時に、周囲の空間が揺らいだ。
地面が軋み、空気が震え、
子供の背後で 無限の剣製の陣形が“歪んで”膨張する。
ツカサは押さえつけたまま眉をひそめる。
「……チッ、こうなるか」
子供の瞳はもう“正気”ではなかった。
「殺す……殺すぞ……!
俺の嫁に近づくなぁぁぁッ!!!」
魔力とも魔法とも違う、
“異世界のエラー”のようなエネルギーが子供の身体から噴き出す。
ツカサは、暴走を見下ろしながら静かに呟いた。
「……なるほどな。これが“異常”ってやつか」
龍騎の装甲がきらめく。
暴走した子供の魔力の奔流が、一気に爆ぜた。
「うおっ——!」
ツカサの身体は衝撃で吹き飛ばされ、アスファルトを転がる。
同時に、装甲が砕けるように光り——
龍騎の姿がディケイドへと戻った。
ゼエ、と短く息を吐くと、ツカサは立ち上がりながら呟く。
「……やれやれ。面倒だな」
暴走子供が雄叫びを上げ、無数の剣が空中に生成される。
吹き飛ばされたツカサは、空中で身体を捻りながら地面に着地した。その瞬間、装甲が霧散するように砕け、姿はディケイドへと戻っていた。
ツカサはライドブッカーから1枚のカードを抜き取り、勢いよくかざす。
『FINAL ATTACK RIDE』
ディケイドライバーのスリットが開く。次の瞬間、子供の眼前へと――巨大なディケイドのカードが幾重にも展開した。空間に立てられた巨大なゲートのように、連続して並んでいく。
「――これで終わりだ」
ディケイドは地を蹴り、そのまま一枚目のカードへ飛び込む。
瞬間、姿が弾かれるように次のカードへ跳び、さらに次へ、さらに次へと、“分身した残像”が連続して乱舞する。
カードを通過するたびに加速したディケイドの蹴りは、光の尾を引くほど凄まじい速度を帯びていった。
最後のカードを突き破ると同時に、ディケイドの姿が子供の真正面に現れる。
放たれたのは、時空を裂くほどの飛び蹴り。高速で重なった残像が連撃のように襲いかかり、子供が展開した防御は触れた瞬間に砕け散った。
直後、爆ぜるような衝撃波と共に子供の身体が吹き飛ぶ。
地面を転がり、動きを失ったその姿を確認すると、ディケイドは静かに着地した。
彼はライドブッカーを開き、中を覗き込む。そこには1枚のカードが収まっていた。
ツカサは低く息を吐く。
「……ディケイドの“倒したライダーをカードにする”力。今回は、それが応用されたってわけか。」
子供の暴走した能力は、カードとして封じられ、完全に抑えられたのだった。
ディケイドの装甲が霧散し、ツカサの姿へと戻る。
倒れている子供へ歩み寄ったツカサは、無言でその胸倉を掴み、強引に起こした。
「――起きろ。まだ聞いてないことがある。」
ぐったりしたままの子供の頬を軽く叩く。
その瞳がゆっくりと開き、ツカサを見上げたが――その目に、さっきまでの狂気も憎悪もなかった。
ただ、怯えた子供の目だった。
「お前……さっき言った“転生者”ってのは誰だ。
どこにいる。何を知ってる。」
問い詰める声に、子供は困惑したまま首を振る。
「……て、転生者? なに、それ……?
ここ……どこ……? 僕……何してたの……?」
ツカサは眉をひそめる。
「記憶を失った? このタイミングでか……」
子供が嘘をついている様子はなかった。
本当に、直前までのすべてを“消されて”いる。
舌打ちが響く。
「チッ……面倒なことしてくれる。」
子供を安全な場所へ座らせると、ツカサは一歩下がり、空を見上げた。
さっきまでの戦闘の余韻とは裏腹に、この世界は何事もなかったように青空を広げている。
「記憶の改竄……能力の暴走……そして“転生者”なんて言葉。
この世界には、まだ何か隠れてるってわけか。」
風に髪が揺れる。
俺はカードをひとつ握りしめた。
まだ熱を帯びたままの“封じられた力”のカード。
「まぁいい。謎は後でまとめて叩き潰すさ。
――俺とディケイドのやり方でな。」
そう呟くと、俺はゆっくりと歩き出す。
子供の喪失した記憶。
暴走した力の正体。
“転生者”という存在の影。
そして、この世界に潜む、まだ姿の見えない何か。
そのすべてが、俺の背後に静かに黒い影を伸ばしていた。