動物病院の前に残った余熱が、ようやく夜に溶けていく。俺は変身を解除し、軽く首を回した。戦いは終わった。異物は消え、街は静けさを取り戻しつつある。さて――と、そこで二人の視線がこちらに向いているのに気づく。なのはと、例のフェレットだ。さっきまでの必死さが嘘みたいに、二人とも落ち着かない様子で固まっている。
「……高町」
声をかけた瞬間、なのはが肩を跳ねさせた。あからさまに動揺している。分かりやすすぎて、逆に心配になる。
「は、はいっ!?」
「こんな時間に、何してる」
教師としての立場を意識して、あえて素っ気なく聞く。なのはは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「え、えっと……その……夜の、散歩です!」
俺は周囲を一瞥する。割れたガラス、歪んだ外壁。どう見ても“散歩”の成果じゃない。
「動物病院が半壊してる散歩があるか」
なのはが小さくうめいた。苦しいのは分かるが、無理がある。
「う……」
「それと、そっちのフェレット」
視線を向けると、フェレットは小さく鳴いた。鳴き声だけ聞けば普通だ。だが、さっきまでの動きと目つきが、それを否定している。
「……きゅ?」
「普通のじゃないよな。まあ、詮索はしない」
これまでの旅で嫌というほど学んだ。見た目がどうであれ、“普通じゃない存在”はいる。敵じゃないなら、深入りはしない。
「せ、先生……?」
「安心しろ。職務質問する気はない」
なのはが少しだけ安堵した顔を見せる。その反応に、内心でため息をついた。
「ほ、本当ですか……?」
「ただし」
条件を付けると、なのはがまた身構える。
「ただし……?」
「家まで送る。以上」
即答だ。迷う理由はない。こんな夜に、一人で帰らせるわけにはいかない。
「えっ!? だ、大丈夫です! 一人で――」
「ダメだ。こんな騒ぎの後だ。保護者に文句言われるのはごめんだ」
本音を言えば、それだけじゃない。だが、教師としてはこれで十分だ。
「そ、そんな理由なんですか!?」
「それ以外に何がある」
なのはは何か言いたげだったが、結局黙り込んだ。
「……」
「ほら、行くぞ」
歩き出すと、なのはも慌てて後を追ってくる。
「……あの、先生」
「なんだ」
「さっきの音とか、光とか……見ました?」
探るような視線。だが、俺は肩をすくめるだけだ。
「さあな。俺はただの教師だ」
嘘は言っていない。全部は言っていないだけだ。
「……」
「それより」
「は、はい」
「無茶するな。夜の散歩はほどほどにしろ」
なのはは一瞬驚いた顔をしてから、素直に頷いた。
「……はい」
「返事が素直で助かる」
「えっと……先生」
「まだ何かあるか」
「今日は、その……ありがとうございました」
礼を言われる覚えはない。俺は、介入しすぎないと決めている。
「覚えはない」
「でも……」
「送るって言っただろ。黙って歩け」
なのはは小さく息を吸い、従った。
「……はい」
「フェレットも、落とすなよ」
なのはの腕の中で、フェレットが小さく鳴く。
「……きゅ」
夜の街を並んで歩きながら、俺は小さく呟いた。
「……本当に、変わった夜だな」
「先生?」
「独り言だ」
「……?」
「行くぞ、高町」
「……はい、先生」
足音が重なり、俺たちは何事もなかったかのように、夜の街へ溶けていった。互いに、何も知らないふりをしたままで。