夜の静けさは、戦いの後にだけ残る種類の重さを持っている。
学校から少し離れた場所で、俺は変身を解いた後の服の皺を直しながら、今日の出来事を頭の中で分解していた。
蒼玉林檎が残していった「記憶と能力」という言葉は、噛めば噛むほど味が濃くなり、しかもその味が嫌な方向へ広がっていく。
転生者は倒れると消える。
だが身体の持ち主は生きている。
消えるのは肉体ではなく、入り込んだ“何か”であり、その何かが俺のカードに引っかかる感触がある。
封印というより、回収や記録に近い。
俺はその推論を整理するために、デルタとゼータとイータを呼び、余計な雑音も入らないように結界の薄い膜の内側へ入った。
必要なのは結論ではなく、現時点での仮説の束だ。
仮説が束になれば、次に起きる面倒の形を少しだけ予測できる。
デルタが首を傾げ、翼を畳んだまま鼻を鳴らす。
「…ボス?つまりどういう事ですか?」
ゼータが深いため息を吐き、目を細めて斜めに刺す。
「はぁ、馬鹿犬に何度も説明するの疲れると思うよ」
デルタの尾がぴくりと跳ねた。
「あぁ雌猫が何を言っているですか?」
ゼータの眉が一瞬だけ動き、声が低くなる。
「…やる気」
やれやれだ。
この二人が口を開くと、会話が勝手に殴り合いへ変わる。
殴り合いが必要な時もあるが、今は違う。
俺は咳払いを一つだけして、空気を切り替える。
「はぁ、お前らは少し落ち着け。とりあえずはもう一度言うから、しっかりと聞けよ」
デルタが勢いよく頷く。
「はーい」
ゼータは肩をすくめ、興味がないふりをしながら耳だけは向けている。
「はぁ」
俺は言葉を選びながら、蒼玉が置いていった情報と、これまでの転生者の挙動を繋げた。
「さて、それじゃこれまで俺達の前にいた転生者に関してだが、こいつらの正体は正確に言えば人間の姿をしたドーパントに近い別の何かだ」
デルタがすぐに噛み砕こうとする。
「それって、ボスが変身する中のWと同じような感じですか?」
「あぁ、おそらくは基礎はそれだと思う。実際にスーパー死神博士という前例もあるからな」
前例を挙げたのは、俺の推論に根拠の形を与えるためだ。
“記憶の塊”が人間を媒体にして動く仕組みは、世界を渡っても繰り返される。
転生者が「誰かの記憶」と「誰かの能力」を抱いているなら、それはメモリに近い容器が存在しているということになる。
デルタは、理解ではなく言葉の響きに引っかかったらしい。
「すーぱー?どんな感じでスーパーなんですか?」
イータが眠そうな顔のまま、妙に真面目に答える。
「爪にスーパーって書かれている」
デルタが目を見開く。
「それ以外は?」
イータが首を傾げ、興味のない方向へ視線を落とす。
「さぁ?」
くだらないのに、こういうくだらなさが緊張を薄めてくれるのも事実だ。
俺は話を戻す。
「とにかくは、基礎は記憶を封じ込めている事。けれど、これに他の要素が多く入っていると思う」
デルタが曖昧な単語に弱いのは知っている。
「色々?」
「これまで戦ってきた転生者の多くは自分の欲望にあまりにも素直過ぎる。普通の人間ではあり得ない程にな。これは、オーズのグリード達のように欲望をより増長させる性質が関わっていると思う」
転生者の行動は一貫している。
勝ちたい、奪いたい、認められたい、踏み潰したい。
欲望の方向は違っても、ブレーキが存在しない。
人間なら躊躇う場面で躊躇わず、倫理より衝動が先に出る。
それは性格の問題というより、構造として「欲望が増幅されている」と考えた方が説明がつく。
イータが、眠そうな声のまま専門的な補足を挟む。
「魂の定着もゴーストの眼魔、転生者の身体に定着しているのはエグゼイドのバグスターの特性などが含まれている」
その補足は、嫌なほど筋が通っていた。
魂が媒体へ張り付く仕組みが眼魔寄りなら、肉体の持ち主の人格が残っても“外付けの存在”は維持できる。
さらにバグスターのようにデータとして増殖・更新が可能なら、コピー能力や成長速度の異常さも説明がつく。
つまり転生者は、単一の異物ではない。
記憶を封じた容器に、欲望増幅と魂定着と情報生命の性質が重ね塗りされ、都合よく動くように調整された複合物だ。
それが偶然で生まれるとは考えにくい。
「そう言えば、ボスと戦った奴と似たような能力を持った奴と戦った事があるですが」
「彼女達の話を聞けば、特典だと言われているけど、実際にはどこかの地球の記憶の可能性はあるね。メモリならば、あり得るから」
「そして、アニメの中の世界っていうのは、間違っていないかもしれない。実際に」
そう、俺は自分が生まれたジオウの世界で起きたとある戦いを思い出す。
『仮面ライダー』が空想の産物だと思われた世界。
それは、ジオウだけではなく、セイバーの世界でも起きていた。
だから、それを考えれば、彼らもまた同じかもしれない。
デルタが眉を寄せ、珍しく真面目な疑問を投げる。
「うぅ、けれど、そんなに多くの力を使っている組織なんてあるんデスか?ハンドレッドの奴らですか?」
ゼータが嘲るように言うが、その言葉は半分だけ評価だ。
「おっ馬鹿犬にしては、よく考えたね」
デルタが即座に噛みつく。
「雌猫は黙るです!」
俺は手を上げて遮った。
「良いから、まぁ、その線はあり得るけど、それ以外の可能性もあるがな」
転生者を体系的に運用できる規模と、ロストロギア級の理屈を扱える資金と、人間を媒体にしてもバレにくい隠蔽力。
条件を並べるほど候補は絞られていく。
イータがぽつりと落とした名前は、まるで答え合わせのように響いた。
「…財団X」
「あぁ、奴らもその可能性はある」
財団Xなら説明がつく点が多すぎる。
複数世界の技術を横断し、怪人もメモリも兵器も商品に変える連中だ。
だが、俺は結論を急がない。
結論を急ぐのは、海東みたいな観客が喜ぶだけだ。
「まぁ、幸い、転生者を倒した時に身体の持ち主にはそれまでの記憶や本来の人格が残る」
この一点が、俺の中の殺意を少しだけ鈍らせている。
もしも転生者が身体ごと消えるなら、倒すことはただの処理で終わる。
だが今は違う。
媒体の人間は生きる。
生きるなら、未来がある。
未来があるなら、殺す以外の選択肢を検討する価値が出る。
ゼータがそこを鋭く突いた。
「それじゃ、基本は倒すけど、それって選別のようじゃない」
「かもしれないな」
俺は肩をすくめ、喰えない調子のまま正直に言う。
「まぁ悪人じゃなく、この世界の住人として生きる場合の事も既に考えているからな」
デルタが目を輝かせる。
「おぉ、それは!」
「イータが今作っている」
イータが眠そうに頷き、淡々と付け足す。
「うーん……人格の保護と、記憶の分離と、再侵入の遮断。三つ同時にやるね。たぶん出来るかも」
たぶん、が怖いが、他に任せられる頭脳もいない。
俺は視線を落とし、闇の書の存在へ思考を戻した。
転生者の正体がどうであれ、今この街で一番危ないのは“本”だ。
本は欲望を食う。
魂を縫い付ける。
そして完成すれば、誰の都合も聞かずに世界を噛み砕く。
「まぁ、とりあえずは、今は目の前にある闇の書をなんとかしないとな」
言い切った瞬間、デルタの翼が小さく揺れ、ゼータの目が細まり、イータの眠そうな瞳が一瞬だけ冴えた。
それぞれ違う感情を抱えているのに、結論だけは同じ方向を向いている。
転生者の謎は、まだ仮説の束にすぎない。
だが仮説が束になった以上、次に見るべきものは決まってくる。
誰が“容器”を作り、誰が“欲望”を盛り、誰が“魂”を縫い付け、誰が“この街”へ流し込んでいるのか。
そして、その手が闇の書へ伸びた時に何が起きるのか。
俺はため息を一つだけ吐き、教師の仮面のまま、破壊者としての結論を胸の奥で固めた。
面倒は増える。
だが増えるなら、まとめて壊すだけだ。
個人的な神様転生の一つの答えとして、よく登場する踏み台転生者では、何かと自分の欲望に素直な奴らがあまりにも多すぎると考えます。
そして、似たような力を頼む事から、特典というよりも、ガイアメモリなどの怪人のアイテムに近いと考えました。
なので、今作に登場する転生者は、姿形こそ人間ですが、怪人に近い存在と考えて貰ったら幸いです。