影の濃い廊下の端から、気配がゆっくりと形を取って現れ、獣の耳と尾がないのに獣より静かな歩き方で、ゼータが俺の背後に立った。
「ねぇ、ツカサ、そう言えば、面白い事が一つ分かったよ、たぶん役に立つ情報だと思う。」
俺は驚かないふりを続けたまま、視線だけを僅かに動かし、声の温度を変えずに返す。
「面白い事だと、それは厄介な事の前触れに聞こえるが、具体的にはどんな話だ。」
ゼータは肩をすくめ、いつものように感情を薄く削いだ声で言葉を並べるが、内容だけは妙に鋭い。
「あぁ、実は、この世界の魔法は色々とあるらしいんだ、体系そのものが複数あるみたいだよ。」
俺は眉を僅かに動かし、情報の多さを嫌うふりをしながら、内心では「ようやく骨格の説明が来た」と思った。
「色々と言われると雑に聞こえるが、体系が違うなら戦い方も全く変わるだろうな。」
ゼータは俺の反応を確かめるように一拍置き、次に言葉の密度を上げてくる。
「どうやら、魔法体系は自然摂理や物理法則をプログラム化し、それを任意に書き換え、書き加えたり消去したりすることで、作用に変える技法らしいよ。」
その説明を聞いた瞬間、俺の頭の中で「魔法」という単語が持っていた曖昧さが、急に工学の匂いへ変わっていった。
魔力を燃やして奇跡を起こすというより、世界の挙動をコードとして扱い、起動条件を満たして結果を出力する、そんな冷たい設計思想が透ける。
俺は思わず、別の世界の魔法使いを思い出してしまい、口の端だけで笑う。
「……それって、ウィザードの魔法とはまた違うんだな、あっちはもっと儀式と契約の匂いが濃かった。」
ゼータは頷き、淡々と補足するが、その淡々が逆に恐ろしい。
「そうだね、『空気中に漂う魔力素というエネルギーを魔導師が体内に持つ器官『リンカーコア』に取り込み、取り込んだ魔力で「変化」「移動」「幻惑」いずれかの作用を起こす』疑似科学に近い現象を望む効果が得られるように調節または組み合わせたものをプログラムとして用意し、詠唱・集中などのトリガーにより起動するんだ。」
長い説明なのに、矛盾がないのが厄介で、しかもこの理屈ならデバイスという補助装置が存在する意味も腑に落ちる。
俺は頷きながら、戦闘で見た弾幕やバリアの精密さが、単なる才能の産物ではなく、体系の産物だと再確認した。
「……なるほど、確かにウィザードとは違うんだな、あれは世界の理屈に寄せた魔法というより、魔法に世界を寄せる感じだった。」
ゼータは俺の理解が追いついたのを見て、次の段階へ話を進める。
「そうなんだ、しかも魔法も幾つかの系統が存在し、現在最も普及しているミッドチルダで発展した術式なんだ。」
ゼータの言い方は淡々としているのに、情報そのものは「勢力圏」を示していて、戦場の地図を描くのと同じ重さがある。
「これはどうやら、ツカサの知るなのは達の使っている魔法だね、けれどシグナム達の使うのは違うらしい。」
俺はその瞬間、前に見た剣の軌道と、弾幕の密度の差を思い出し、戦い方の違いが体系の違いだと確信する。
「というと、ベルカ式がミッド式と別物だという話になるが、違いは具体的にどこへ出る。」
ゼータは一度だけ目を細め、言葉を短く切り替えながら説明を続けた。
「先天的な資質に左右される点が多く、使用者は限られるが『武器攻撃に自らの魔力を乗せ、威力を高めた攻撃を放つ』魔力付与と強化に特化するみたいだよ。」
「クロスレンジはミッドのそれを上回る十八番だが、距離が離れるごとに決定打が与えづらくなるらしい。」
なるほど、弾幕で面を制圧して距離を保つミッド式と、間合いを詰めて一撃の質で割るベルカ式では、同じ“魔導師”でも戦闘の読み合いが違う。
そして俺の視点で言えば、ベルカ式の「接近して決める」は転生者の接近戦と噛み合う危険もあるし、闇の書の守護騎士がその系統で固めてくるのなら、なおさら面倒になる。
俺は軽く息を吐き、言葉の調子だけは飄々と保ちながら結論を零した。
「……なんというか魔法にも色々とあるんだなぁ、世界が違えば常識の形も違うってだけの話か。」
ゼータは、その常識の形が崩れた時に人がどう壊れるかを見てきた目をしている。
だからこそ、彼女の次の言葉は現実的で、俺にとって都合が悪いほど正しい。
「転生者の事もあるからね、とりあえずはもう少し調べておくよ。」
「何よりも、最近、はやての家を見つめている影は活発しているからね、動きが目立ってきている。」
はやての家、その言葉だけで闇の書の頁がめくれる音が脳内に響き、俺の中の警戒が一段深くなる。
この世界の魔法体系を理解することは、戦闘のためだけじゃない。
闇の書が暴走する仕組みを読むためにも必要だし、転生者が「記憶と能力」を媒介に混ざってくるなら、体系の差を利用した偽装も可能になる。
俺は余計な不安をゼータに見せないように、尊大な口調のまま短く頼む。
「……頼むぞ、情報は多いほど良いが、焦って尻尾を掴まれるのは勘弁してくれ。」
ゼータは軽く頷き、背中を向ける直前にだけ、ほんの少しだけ柔らかい声を混ぜた。
「了解、すぐに追加の調査を進めて、必要なら夜のうちに報告を入れるよ。」
ゼータの気配が廊下の影へ溶けると、残った静けさが逆に耳へ痛かった。