悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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始まる悪夢

病室へ踏み込んだ瞬間に感じたのは、思っていた以上に均衡が保たれている、という妙な違和感だった。

なのは達と守護騎士が同じ空間にいる以上、もっと剥き出しの敵意が飛び交っていてもおかしくないのに、実際には全員がそれぞれの言葉を飲み込んで、ただ一人の少女の呼吸へ意識を揃えている。

その光景を見た瞬間、俺は余計な口を挟むのをやめ、教師の顔のまま状況だけを整理し始めた。

 

はやての頬色は薄く、笑おうとするたびに疲労が目元へ滲み、守護騎士たちの視線は主を守るための刃である以上に、主を失うかもしれない恐怖を隠す盾になっていた。

なのはとフェイトはその空気を壊さないように立っているが、二人とも“ここから何かが起きる”と分かっている目をしている。

つまり、今この病室で一番余計な動きをしてはいけないのは俺で、俺が出来ることは口を出すことではなく、誰がいつ動くかを見定めることだった。

 

俺は何食わぬ顔で壁際へ立ち、デルタ、ゼータ、イータの三人へ視線だけで合図を送る。

デルタは不満そうに耳を伏せたが、すぐに「暴れるな」という意味を理解し、壁の近くで尻尾を揺らしながらじっと我慢を始めた。

ゼータは最初から分かっていたように廊下側の気配へ意識を向け、イータは眠そうな顔のまま装置の待機状態だけを維持している。

それで十分だ。

今この場で必要なのは、前へ出る役じゃなく、場が崩れた時にすぐ支えられる役だからな。

 

しばらくして、病室の空気に小さな揺れが生まれた。

なのはがはやてへ何かを言いかけ、フェイトがそれを支えるように頷き、ヴィータ達が一瞬だけ視線を交わす。

言葉にはしないが、この場にいる全員が「少し席を外した方がいい」と判断したのが分かった。

俺はその流れに逆らわず、なのは達が病室から抜ける瞬間だけ、三人へ低い声で指示を出す。

 

「デルタ、ゼータ、イータ、あいつらを見守れ、余計なことはするな、ただ変な動きだけは見逃すな。」

デルタは胸を張り、今度はきちんと任務の顔で答えた。

「分かったです、ボスの大事な仕事なら、デルタはちゃんと見るのです。」

ゼータは肩をすくめながらも、視線は既に廊下へ伸びている。

「見守るだけなら簡単だよ、ただし海東が混ざっていたら話は別だけどね。」

イータは小さく欠伸を噛み殺し、装置を軽く叩いて眠そうに続ける。

「うーん……反応が増えたら、すぐ知らせるね、眠くてもそれくらいは出来るかも。」

 

三人が静かに病室を出ていくと、室内には俺とはやてだけが残った。

病室独特の白さと、機械の規則正しい電子音だけが残り、その静けさが逆に“これから起きること”を際立たせてくる。

俺はベッド脇の椅子を引いて座るでもなく、ただ立ったままはやての顔を見下ろし、胸の奥に沈んだ嫌な予感へ小さくため息を吐いた。

 

結局のところ、闇の書と関わる時に「嫌な予感が外れる」方が珍しい。

転生者のことも、海東の偽装も、管理局の動きも、全部が一つの事件へ収束していく途中で、今ここだけが妙に静かすぎる。

静かすぎる場所は、だいたい嵐の目だ。

 

はやてが不思議そうにこちらを見る。

「ツカサ先生、今のため息、なんやえらい嫌そうやったけど、どうかしたんですか。」

俺は少しだけ視線を逸らし、教師としての言葉を選ぶふりをしながら、本当はどこまで伝えるべきかを測っていた。

全部を言うには遅すぎるし、何も言わないには、もう危うすぎる。

 

「……どうかした、で済めばいいんだがな、これから起きることがろくでもない予感しかしないってだけだ。」

そう返して、もう少し踏み込んだ説明をしようとした、その瞬間だった。

病室の空気が、音もなく裏返った。

 

はやての身体の輪郭が淡い光に包まれ、ベッドの白さよりも濃い光が一点から湧き上がるみたいに広がっていく。

転移魔法だと理解するより早く、俺は手を伸ばし、しかし指先が届く前にはやての姿は光の中へ引き込まれていた。

準備された計画だったのか、それとも闇の書が限界を迎えたことで世界の強制力みたいなものが作動したのか、その判断が一瞬だけ遅れる。

だが、遅れたところで意味はない。

意味があるのは、その一瞬の遅れのあとに何をするかだけだ。

 

次の瞬間、病室の壁も床も天井も、白い現実の形を保ったまま別の色へ塗り替えられていった。

現実と夢の境界みたいな曖昧さが視界を満たし、窓の向こうにあった夜景が、底の見えない光の海へ変質していく。

闇の書の内部、あるいはそれに類する精神世界への干渉が始まったと理解し、俺は舌打ちを飲み込んだ。

 

「……本当に、嫌な事だけが当たるな、こういう時に限って外れやしない」

 

吐き捨てるようにそう言ってから、俺はもう迷わずカードを抜き、ベルトへ叩き込む。

 

「変身」

 

仮面が閉じ、視界がライダーのそれへ切り替わると、さっきまで曖昧だった光の揺らぎが“道”として見え始める。

はやてを追うなら、この道を逃すわけにはいかない。

俺は続けてカードを引き抜き、迷いなく変身する。

 

『KAMENRIDE DECADE!』

 

「ここから先は、別の理屈で潜る、だからゼッツ、お前の力を借りるぞ」

 

『KAMENRIDE ZEZTZ!グッドモーニング! ライダー!ゼ・ゼ・ゼッツ!インパクト!』

 

 

ゼッツへとカメンライドした俺は、その場で立ったまま意識を深く沈め、眠るというより“落ちる”感覚のまま、はやての夢の世界へと身を滑らせた。

現実の輪郭が遠のき、代わりに闇の書の奥底にある、誰かの痛みと願いと後悔が混ざった景色が近づいてくる。

ここから先は、夢の中で迷っている生徒を、嫌でも起こしに行く番だ。

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