悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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教室の騒動

 朝の教室は、いつも通りのざわつきに包まれていた。机を引く音、椅子が床を擦る音、まだ眠そうな顔。昨日の夜のことが嘘みたいだ。俺は教壇に立ち、軽く手を叩く。

 

「席着け。ホームルーム始めるぞ」

 

 不満そうな声が上がるが、無視する。静かになるのを待ってから、黒板に視線を向けたまま続けた。

 

「文句は後。まず連絡事項だ」

 

 何人かが姿勢を正す。話題は分かっているんだろう。

 

「昨日の夜、この辺でちょっとした騒ぎがあったのは知ってるな」

 

「知ってまーす」「動物病院でしょ?」

 

 軽い返事が返ってくる。俺は視線を教室全体に巡らせる。その中で、なのはだけが少しだけ硬い表情をしていた。

 

「そうだ。だからしばらくの間、夜の外出は控えろ。用事があるなら、大人にちゃんと話してから行け」

 

「はーい」

 

「探検とか、好奇心とか、そういうのは分かるが……危ない目に遭ってからじゃ遅い」

 

 なのはが、ほんの一瞬だけ視線を伏せたのが分かった。

 

「特に一人で出歩くな。複数でも油断するな。以上」

 

「先生、犯人って捕まったんですか?」

 

 手が上がる。俺は即答した。

 

「知らん。警察の仕事だ」

 

「えー」

 

「次。これは全員に言っておく」

 

 教室の空気が、少しだけ引き締まる。

 

「困ったことがあったら、無理に一人で抱え込むな」

 

「友達でもいい。家族でもいい。……どうしようもなかったら、教師でもいい」

 

 その言葉に、数人が意外そうな顔をする。なのはは、俺を見たまま動かない。

 

「え、先生?」

 

「相談するのに、理由はいらない」

 

「……」

 

「黙って耐えるのが一番えらい、なんて勘違いするなよ」

 

 教室が静まり返る。言い過ぎかとも思ったが、引っ込める気はない。

 

「……はい」

 

「以上。連絡終わり」

 

 形式的な号令が続き、教室は再び動き出す。

 

「起立」

 

「礼」

 

「――着席。授業始めるぞ」

 

 いつもの日常が、何事もなかったかのように再開する。俺は教壇に立ったまま、なのはの横顔を一度だけ確認した。昨日の夜と同じ世界だが、確実に歯車は回り始めている。それでも今は、教師としてやることをやるだけだ。

 

 ホームルームが終わり、教室がいつもの喧騒を取り戻す中で、俺はふと昨日の光景を思い返していた。なのはが戦っていた、あの存在。形も気配も、この世界の理屈から浮いていた異物だ。だが、同時に妙な引っかかりがある。――三年だ。この三年間、俺がこの世界に来てから、ああいった“露骨な異物”は一度も姿を見せなかった。転生者や妙な連中は現れたが、あれほど純粋に世界から浮いた存在はいなかったはずだ。

 

 偶然とは思えない。なのはが動き始めた、その夜に現れた。まるで、引き金が引かれたみたいに。だが、名前も正体も分からない。俺はジェルシードなんて単語も知らないし、魔法文明の理屈も知らない。ただ分かるのは、あれが“自然発生”じゃないということだけだ。誰かが落としたのか、流れ着いたのか、あるいは――引き寄せられたのか。

 

 その時は、まるで俺は知らない。

 

 警戒は必要だ。これまで回ってきた世界でも、最初は静かで、ある日を境に一気に歪みが噴き出すことがあった。中心が定まった瞬間に、周囲が騒がしくなる。なのはが基盤だと仮定すれば、あの存在が現れた理由も説明はつく。だが、説明がつくからといって、安心できるわけじゃない。

 

「……三年も大人しくしてたくせに、今さら出てくるか」

 

 小さく呟き、窓の外を見る。表向きは、変わらない日常だ。だが、その裏で何かが動き始めているのは間違いない。正体不明、目的不明。だからこそ、油断はしない。知らないものほど、危険だ。

 

 俺は教師として教室に立ち、旅人として世界を見てきた。その両方の経験が、同じ答えを出している。――まだ、序章だ。昨日の戦いは、始まりに過ぎない。

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