刃がぶつかるたびに、夢の空間そのものが火花を散らした。
ライドブッカーとジンガの剣が噛み合う瞬間、金属音ではなく、骨を削るような重い悲鳴が鳴り、足元の景色までひび割れていく。
速いだけならまだいい。
厄介なのは、その速さの中に、こちらの腕ごと持っていこうとする獣じみた重量が混ざっていることだった。
俺は一歩引くのではなく半歩だけずらし、真っ向から受け止めるでもなく、斜めに殺して流しながら次の角度を作る。
だがジンガは、その僅かな逃がしすら見逃さず、笑い声を混ぜた刃で何度でも食らいついてきた。
「どうした、世界の破壊者。そんな顔をしていると、守りたい夢ごと斬り落としてしまうぞ」
こいつの声は不快だ。
耳障りだからじゃない。
夢の底に沈んだ絶望をよく知っていて、その上でわざと優しい言葉の形を借りるから、余計に質が悪い。
俺はライドブッカーを逆手に持ち替え、振り下ろされた一閃を肩の横で受け、火花が視界を埋める隙に膝を沈めて体勢を立て直した。
重量はある。
殺意もある。
だが、こいつの剣は“終わらせるため”じゃなく、“悪夢を証明するため”に振られている。
それが分かるから、俺はまだ折れない。
視線の端では、銀髪の女が揺れていた。
闇の書の意思は、はやてを守りたいという願いを抱えたまま、守る手段を悪夢に変えてしまった存在だ。
その足元で眠るはやては穏やかな顔をしているのに、その穏やかさが逆に、この夢が現実逃避の檻であることを際立たせていた。
だから、今ここで必要なのは勝敗じゃない。
はやてへ届く言葉を、こいつらの悪夢ごと叩き割って通すことだ。
ジンガの剣が横薙ぎに走る。
俺はそれを受け、擦れた刃の向きを無理やり捻って流し、そのまま懐へ踏み込む。
夢の世界なのに、踏み込みの感触だけはやけに現実的で、踏み損なえばそのまま奈落へ落ちるような嫌な手応えがあった。
俺はその嫌さごと飲み込んで、ジンガの胸元へライドブッカーの柄を叩き込む。
異形の装甲が軋み、ジンガは楽しそうに後ろへ滑った。
「夢を見ること自体は悪くない。悪いのは、それを誰かの手で閉じたまま終わらせようとすることだ」
俺がそう言うと、ジンガは仮面の奥で笑ったのが分かる声を漏らした。
「ははぁ、綺麗事だな。夢なんてものは、覚めた瞬間に現実へ潰されるから美しいんだろう」
「違うな、夢を現実にすることは誰にでも出来る。出来るかどうかじゃなくて、やると決めるかどうかだ」
次の一撃は、真正面から来た。
こちらの言葉に苛立ったのか、単純に面白くなってきたのか、ジンガの剣筋は先ほどより深く、先ほどより荒い。
俺はその荒さを待っていた。
強く振るうほど隙が生まれるなら、そこへ言葉を差し込める。
ライドブッカーを縦に立てて受けた刃が火花を撒き、俺の頬を灼くほど近い位置で止まる。
互いの顔が刃越しに近づいたところで、俺は睨み返しながら言葉を押し込んだ。
「このまま、彼女の現実を悪夢にしない為に、俺がここにいる。お前みたいな出来損ないの証明に付き合うためじゃない」
ジンガは、鼻で笑うように剣へ力を込める。
「だったら何だ。起きた先で、また理不尽が襲うだけだろう。悪夢になるなら、最初から夢のまま腐らせてやる方が優しい」
「馬鹿にするのも大概にしろ。悪夢にするかどうかは、お前でもこの本でもなく、はやて本人が決めることだ」
闇の書の意思が、そこで初めて明確に揺れた。
彼女の瞳に宿るのは怒りではなく、諦めに近い痛みで、その痛みが長く長く積み重なってここに至ったことがよく分かる。
「そのような事が現実に出来るはずがないのです。あの子がどれだけ理不尽に傷ついてきたか、あなたは見ていない」
「見ていないさ。だが、傷ついた過去があることと、未来を諦めることは別だ。傷ついたから眠らせるなんて、守る顔をした諦めでしかない」
俺は言葉を投げながら、ジンガの剣を押し返し、一歩踏み込んで肩口へ斬り返した。
黒金の装甲が裂け、深紅の火花が飛び、ジンガが低く笑いながら後退する。
その笑いは余裕の証明じゃなく、まだこちらの言葉が届いていないことへの苛立ちを隠すためのものだ。
つまり、まだ押せる。
「夢を叶えるのに必要なのは、都合のいい檻じゃない。現実に持ち帰ると決める、自分の意思だけだ」
俺がその言葉を吐き切った時、眠っていたはやての指先が僅かに動いた。
夢の景色を満たしていた暖かな偽物の灯りが、一瞬だけ本物の朝みたいに揺れ、閉じていた瞼がわずかに震える。
闇の書の意思が息を呑み、ジンガの笑みがほんの少しだけ止まった。
「……先生、みたいなこと、言うんやな」
かすれた声だった。
それでも、確かにはやて自身の声だった。
俺はライドブッカーを構えたまま、視線だけをそちらへ向ける。
はやてはまだ完全に目を開けてはいない。
だが、眠りの底から浮かび上がろうとする意志だけは、はっきりと伝わってきた。
「せやけど……その通りやと思う。夢を見てるだけやなくて、叶えたいなら、ウチが戦わなあかん」
その言葉に、闇の書の意思は何かを言い返そうとして、言葉を失った。
否定したいのに否定できない。
主を守りたいからこそ閉じ込めたのに、その主自身が“起きたい”と願っているのだから、そこで初めて彼女の理屈は足場を失う。
ジンガだけは違った。
こいつは人の願いが折れる瞬間を見るのが好きな怪物で、だからこそ今の流れが気に入らない。
「ははぁ、いいねぇ。起きるだの戦うだの、そうやって綺麗な言葉を並べて、最後はまた悪夢になるだけだろうに」
奴はそう言って剣を構え直し、今度ははやてへ向かう角度で一気に踏み込んできた。
俺はそれを見逃さず、ライドブッカーを横薙ぎに振って軌道を潰す。
刃同士が食い込み、火花が散り、夢の床に刻まれた亀裂が一気に広がった。
「悪夢にするだけだと言うなら、まずはお前を否定してやる。それから、こいつが起きる理由を叩きつける」
俺がそう吐き捨てた瞬間、ライドブッカーが低く唸った。
手の中の武器が、こちらの意志に呼応するみたいに震え、その刃の合わせ目から眩い金色の光が漏れ出してくる。
次の瞬間、ライドブッカーの内部から三枚のカードが跳ね上がり、夢の空へ鋭く飛び散った。
それはこれまでのライドカードとも、他のどの世界のカードとも明らかに異なる光を放っていた。
黒ではなく、白でもなく、金を骨格にして、牙のような紋様と焔の縁取りを持つ三枚の札。
夢の空間そのものが、その存在を認識した途端にざわめき、闇の書の意思ですら目を見開いてその光を見つめていた。
ジンガの笑みが、初めてわずかに引き攣る。
俺は飛び出した三枚のカードを見上げ、その名を口には出さないまま、だが次に来るものの重さだけは理解していた。
ここから先は、もう夢の剣戟じゃ終わらない。
悪夢そのものを喰い破るための牙が、今まさに揃おうとしている。