悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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牙の狼

ライドブッカーから跳ね上がった三枚の札は、ただのカードとは思えない重みを持って、夢の空に金の軌跡を刻いていた。

俺はその中の一枚を迷わず掴み取り、指先に伝わる熱とざらついた感触で、これが“悪夢を断つための牙”だと直感する。

闇の書の内部に満ちる濁った魔力が、その札を恐れるようにわずかに引き、ジンガの笑みすらほんの僅かに硬くなった。

 

ネオディケイドドライバーへカードを装填した瞬間、機械音声がいつもの仮面ライダーの変身とは違う響きを伴って鳴り渡る。

『HERORIDE 牙狼翔』

その音は夢の空間の奥まで突き刺さり、ただの変身音ではなく、ここに“別の格”が割り込んだことを世界そのものへ告げていた。

 

次の瞬間、俺の頭上に黄金の円が描かれる。

魔法陣というより、闇を通さない門のような、牙と炎を意匠化した召喚陣が空間そのものを切り開くように広がっていく。

円の内側では黒い夢の空気が押し戻され、金の火花が渦を巻き、その中心から獣の咆哮じみた圧がこちらへ落ちてきた。

 

黄金の鎧は、一度空中で輪郭だけを取り、そのまま生き物みたいに俺の身体へ重なっていく。

肩、胸、腕、脚の順に装甲が噛み合い、骨へ直接爪を立てるような重さと、それを上回る不思議な一体感が全身を貫いた。

ただ硬いだけの鎧じゃない。

これは闇を拒絶しながら、闇の中で戦うために作られた、祈りと殺意を同時に纏う黄金の外殻だ。

 

変身を終えた俺の足元から、夢の床を這っていた暗い霧が一歩だけ退く。

その一歩の後退だけで、この牙が悪夢の住人ではなく、悪夢を斬る側の存在だと十分に分かった。

ジンガは面白そうに笑うのをやめ、代わりに仮面の奥で品定めをするような沈黙を作る。

闇の書の意思もまた、俺の姿を見つめながら、初めて“光”というものを思い出したように目を揺らしていた。

 

俺は構えを急がず、黄金の鎧が持つ重さと静かな圧をそのまま戦場へ落とし込むように、一歩だけ前へ出る。

静かなだけで十分だった。

夢の空気が張り詰め、さっきまで好き勝手に脈打っていた闇が、こちらの呼吸を窺うように止まる。

 

そこでもう一枚、今度は武器のためのカードを切る。

『ATTACK RIDE 牙狼剣』

 

光が掌へ集まり、黄金の火線が柄の形を取り、その先から牙狼剣の刀身が真っ直ぐ伸びていった。

抜き放たれた瞬間、剣はただの金属光ではなく、闇を拒む冷たい金色を帯び、空間の澱みを斬る前から削っていく。

 

俺はその牙狼剣を握り直し、刃の重みと手の内の感触を確かめながら、ようやくジンガへ視線を真っ直ぐ向けた。

「悪夢に酔う時間は終わりだ。ここからは、お前ごとこの夢を斬り開く。」

 

黄金の刃が、夢の夜に静かに光った。

 

牙狼剣を構えた瞬間、ジンガの気配が変わった。

さっきまでの嘲るような余裕が薄れ、代わりに獣が獲物の喉笛を狙う時みたいな、鋭く乾いた殺気だけが前へ出てくる。

笑っているのに、その笑みの奥では明らかに警戒していて、だからこそ次の一歩が速い。

 

奴は床を蹴るというより、夢の空間そのものを踏み潰して滑るように間合いを詰めてきた。

黒金の刀身が右から左へ閃き、空気を裂く音より先に、俺の頬へ冷たい圧が触れる。

俺は牙狼剣を斜めに立て、その斬撃を真正面から受けた。

火花が散る。

だが、その火花はライドブッカーで受けていた時よりも明らかに強く、重く、黄金と深紅が噛み合ったまま空中で爆ぜる。

 

重さは同じだ。

いや、むしろ向こうの方が悪意の分だけ重い。

それでも、今の俺にはその重さを押し返せるだけの“格”がある。

刃を噛ませたまま、俺は肩を沈め、手首ではなく腰ごと捻って、ジンガの剣を外側へ流した。

 

流された勢いを殺さず、ジンガはそのまま半回転し、返しの斬撃を真下から跳ね上げるように繋げてくる。

まるで一度目の攻撃が本命じゃなかったみたいな自然さで、その連携には迷いがない。

俺は一歩だけ退いて刃の軌道を外し、返す手で牙狼剣を振り下ろした。

黄金の剣線が夢の空気を真っ二つに裂き、遅れて裂け目から濁った闇が煙みたいに漏れ出す。

 

ジンガは後退しない。

退く代わりに肩をずらし、俺の斬撃を装甲の端で受けながら踏み込んでくる。

斬られることを恐れずに前へ出るあたりが、怪物じみていて面倒だ。

しかも、そこから繰り出される斬撃は速いだけじゃなく、わざと夢の空間を巻き込んでこちらの視界を乱す癖まで混ざっている。

壁だったはずの背景が一瞬で歪み、床の模様がずれて、どちらが上かさえ曖昧になる。

普通の相手なら、その瞬間に感覚を持っていかれる。

 

だが、俺は剣先だけを見ていない。

足の運び、肩の開き、息を吐く前の僅かな沈み、その全部を見れば、夢がどう景色を変えようと、次にどこから刃が来るかは読める。

左だ。

そう判断した瞬間、俺は牙狼剣を逆手に持ち替え、横薙ぎに来たジンガの一撃を鍔元で止め、そのまま剣同士を押し潰すように密着させた。

 

距離がゼロになる。

仮面越しに見えるジンガの眼が、苛立ちと愉悦を一緒くたにして燃えていた。

「いいねぇ、その光。斬れば斬るほど腹が減る。」

「悪いが、食われる趣味はない。腹が減ってるなら、自分の悪夢でも齧ってろ。」

吐き捨てながら、俺は鍔迫り合いのまま膝を上げ、奴の胴へ叩き込んだ。

硬い。

だが効いていないわけじゃない。

ジンガの身体がわずかに浮いた瞬間、俺は間合いを取り直す前に二連、三連と短い斬撃を浴びせる。

 

牙狼剣は軽くない。

だからこそ速く見える。

一太刀ごとに夢の空気が切り裂かれ、裂け目から漏れる黒い澱みが、黄金の残光に焼かれて霧散していく。

ジンガはそれを受けながらも、刃を巻き込むように剣を振り、俺の連撃の流れを無理やり断ち切った。

次の瞬間には、こちらの死角へ潜り込み、首筋を狙って突きを放ってくる。

 

俺は身を沈め、突きを紙一重で外しながら、足元を払うように低い斬撃を返す。

ジンガが跳ぶ。

俺も追う。

地面を蹴った感触すら曖昧な夢の中で、俺たちだけが妙に現実的な重さを持って交差し、刃をぶつけ合うたびに空間そのものが軋みを上げた。

 

上。

下。

右。

左。

斬って、受けて、流して、踏み込み直して、また斬る。

どちらも一歩も譲らず、どちらの剣も相手の命を狙っているのに、ただの殺し合いでは終わらない緊張だけが濃くなっていく。

それは、この戦いが夢の奥に眠るはやての意識と、闇の書の意思の揺らぎに直結しているからだ。

 

実際、剣戟が激しくなるほど、背後の景色も変わっていく。

温かな部屋の幻は剥がれ、代わりに底の見えない暗闇と、そこで眠るはやての姿がはっきり浮かび上がってきた。

俺が押せば、その周囲の闇が少し退く。

ジンガが押せば、悪夢がまた厚みを増す。

つまりこの斬り合いは、ただの勝負じゃない。

一太刀ごとに、はやてが目覚める未来と、永遠に眠り続ける未来を奪い合っている。

 

「どうした、世界の破壊者。牙狼の姿を借りても、まだ夢を斬り切れないのか。」

「焦るなよ、怪物。悪夢を終わらせる時は、いつだって一番いい瞬間を選ぶ。」

 

俺はそう言って、牙狼剣を肩の高さへ静かに構え直した。

ジンガもまた、深紅の光を刃へ這わせながら、次の一撃へ全てを込めるように身を沈める。

夢の空気が止まり、闇の書の意思が息を呑み、はやての指先がわずかに震えた。

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