外の世界では、夢の内部で交わされている言葉など知る由もなく、ただ混戦だけが容赦なく回り続けていた。
ディエンドが呼び出した仮面ライダーと、闇の書の意思の砲撃と、なのは達の迎撃が同時に交差する戦場は、もはやどこを見ても安全圏が存在しない。
その中で、最も静かに、そして最も執拗にディエンドを追い詰めていたのはゼータだった。
「ハァッ……その顔のまま逃げ切れると思わないことだね。」
ゼータの蹴りは、しなやかさの中に鋭さを隠した一撃で、まるで獣が爪を立てる瞬間だけを切り取ったみたいに海東の死角へ飛んだ。
だがディエンドは、その軌道を見切るより早く身体を傾け、青い装甲を翻しながら軽々と避けてみせる。
「おっと、物騒だね。そんな蹴りを真正面から貰ったら、さすがに笑えなくなるよ。」
避けた勢いを殺さないまま、ディエンドはネオディエンドライバーの引き金へ指をかけ、追撃のために銃口をゼータへ向けた。
しかし、銃声が鳴るより先にゼータの二撃目が飛ぶ。
最初の蹴りは牽制で、二撃目こそが本命だったとでも言うように、踵が鋭く跳ね上がり、ディエンドの手元そのものを狙って叩き込まれる。
海東は顔から笑みを消さないまま後退したが、その一瞬だけは明らかに“カードを切る余裕”を奪われていた。
ゼータがディエンドを抑えている間に、残る二人も役割を理解した動きで前へ出る。
イータは眠たげな顔のまま、それでも一切の迷いなくヴラムブレイカーを構え、遠距離で暴れているクローズへ照準を合わせた。
「やろうか……この辺りで、データは十分だし、そろそろ消えてもらうね。」
ドライバーへ装填された機構が作動し、『セット!ヴラムシューティング』という音声が戦場へ重く鳴り渡る。
次の瞬間、ヴラムブレイカーから放たれたのは矢というより、巨大な光の杭にも似た一撃だった。
一直線に飛んだそれは、空中で機動していたクローズの胴を正確に貫き、勢いのまま軌道を乱して地面へ叩き落とす。
クローズが衝撃に崩れた一方で、デルタはもっと単純で、もっと暴力的なやり方を選んでいた。
ヴァルバラドへ接近した瞬間、デルタは獣のような唸り声を上げ、その動きだけで相手の反応を一拍遅らせる。
「ガァァァ……ボスの邪魔をするなら、容赦なく貫くのです!」
『Dominate up!モグラ! ゲノミクス!』
バイスタンプがドライバーへ叩き込まれると同時に、デルタの右腕へ現れたのは獣の爪ではなく、土を割って進むための巨大なドリルだった。
そのまま迷いなく踏み込み、ヴァルバラドの装甲を真正面から穿つ。
一撃は深く、迷いがなく、吠え声そのものが推進力になったみたいな凶暴さで、ヴァルバラドを貫いて押し切った。
クローズもヴァルバラドも、倒された瞬間に血も残骸も残さず、召喚された時と同じように幻影めいて崩れ、青い粒子へ還って消えていく。
つまり、倒したのは“本体”ではない。
だが、盤面を荒らす駒としては十分に潰した。
イータが眠そうに息を吐き、デルタがまだ獲物を探すように鼻を鳴らしながら、二人とも視線を同じ場所へ向ける。
「あそこにいたのは倒せたけど、まだ終わってないね……本命は残ってる。」
その先にいるのは、未だ倒れていない闇の書の意思だった。
夢の中で何が起きているのか外側からは分からないが、少なくとも今この瞬間まで、彼女はまだここに“立っている”ように見えた。
その時だった。
闇の書の意思が手に持つ本から、突然、収束ではなく解放に近い光が溢れ出した。
白いのに冷たくなく、むしろ何かがようやく通った時の安堵みたいな色を帯びた光だった。
なのはが思わず声を漏らす。
「えっ、何が起きたの、今の光はどういう反応なの……?」
フェイトもまた、目の前の変化に剣を構えたまま固まる。
「内部で何かが変わった……でも、こんな形で出るなんて聞いてない。」
だが、ゼータだけはその光の意味を別の方向から理解していた。
彼女は後ろへ一歩だけ下がり、光の揺らぎを見ながら静かに言う。
「……ディケイドがやったんだね。あの反応は外からじゃなく、中身を変えた時のものだよ。」
ディエンドはそこで初めて本格的な不機嫌さを滲ませ、舌打ち混じりに肩を竦めた。
「はぁ、時間切れという訳か。せっかく美味しいところだったのに、横から台無しにされるのは気分が悪いね。」
その言葉とほぼ同時に、闇の書の意思の輪郭が崩れ、その場から蛇のような何かがするりと離れていく。
それは生き物とも煙ともつかない、黒い本能だけを細く引き延ばしたみたいな不気味な影で、真っ直ぐ逃走だけを選んでいた。
そして、その蛇のようなものが去った後の場所に、二つの姿が残る。
一人は、ようやく現実へ戻ってきたはやて。
もう一人は、その隣に立つディケイドだった。
なのはが息を呑み、フェイトが目を見開く。
「ディケイドさんが……あの中で、何とかしてくれたの……?」
「終わったのかな……?」
だが、当のディケイド――ツカサは、二人の期待をそのまま受け取ろうとはしなかった。
仮面越しでも分かるほど視線は鋭く、安堵より先に次を見ている。
「……まだ終わっていないぞ、終わったと思うには相手が悪すぎる。」
そう言って彼が見たのは、先ほどまで闇の書の意思が立っていた場所ではなく、その向こうへ逃げた“何か”の軌跡だった。
つまり、救えたものはある。
だが同時に、まだ斬るべき悪夢も残っている。
その事実だけが、戦場の空気をもう一度冷たくした。