ナハトヴァールの気配は、空そのものが重くなったと錯覚するほど濃く、普通の砲撃や剣戟で削り切れる相手ではないと、見上げた瞬間に理解できた。
俺がそう判断したのと同じく、なのはもフェイトも、守護騎士も、そして俺の後ろにいる三人も、あれを“普通の敵”として扱えないことだけは分かっている顔をしていた。
問題は、どう止めるかだ。
止め方を間違えれば、ナハトヴァールは散って増えるし、増えなくても街のどこかが消し飛ぶ。
そんな盤面で、笑いながら一歩前へ出る怪盗が一人いる。
海東大樹は、全員の警戒を浴びながらもまるで気にした様子を見せず、青い仮面のまま空を見上げた。
なのはが一歩だけ前へ出て、警戒を隠さない声で問いかける。
「あなた、まだここにいるつもりなの。こんな時に余計なことはしないで。」
フェイトはそれ以上に露骨で、バルディッシュの刃先が微かに海東へ向く。
「あなたを信用する理由はない。この場で何をするつもりなの。」
海東は何も答えなかった。
答える代わりに、ネオディエンドライバーを静かに持ち上げ、カードを一枚だけ抜き取る。
その動作を見た瞬間、俺は心の中で舌打ちした。
喋るより先に実演する時の海東は、だいたいろくでもない。
だが、宝が絡んでいる時に限っては、そのろくでもなさに筋が通る。
奪う価値がある限り、盤面そのものを壊す真似はしない。
そこだけは、こいつを知っている俺にしか読めない。
後ろでデルタが、今はケルビムの仮面を被ったまま、低く唸る。
「ボス……じゃなくて、ディケイド、あいつをこのままにして大丈夫なのですか。」
ゼータ――ベリスは視線だけを海東へ向けたまま、冷えた声で釘を刺す。
「信用する気はないけど、宝を前にした時だけは計算を外さない男ではあるよ。」
イータ――アンニアは眠そうに端末を覗き込みながら、気怠げに結論だけを落とした。
「うーん……少なくとも、今ここで横取りするより、先に止める方が効率はいい……かも。」
俺は仮面越しに深く息を吐き、誰にも聞こえない程度の小ささで言う。
「喋るより先に動いた時点で、だいたいわかった。あいつは“やれる”と判断した時だけ、あの手の顔をする。」
その直後、ネオディエンドライバーが低く鳴り、海東は何の前置きもなく引き金を弾いた。
『KAMEN RIDE J』
地面が揺れた。
いや、揺れたのは地面ではなく、この場に集まった全員の認識の方だったのかもしれない。
戦場の前方、空間そのものを押し広げるみたいに巨大な影が立ち上がり、現れたのは仮面ライダーJの巨体だった。
なのはが思わず息を呑み、フェイトが信じられないものを見るように目を見開く。
「大きい……仮面ライダーって、あんなふうにもなるの……?」
ヴィータですら一瞬だけ声を失い、次いで苛立ちを混ぜて吐き捨てる。
「なんだあれ、冗談だろ。そんなのまで出せるのかよ。」
海東はその驚きを楽しむ時間すら与えない。
Jが顕現した次の瞬間には、もう別のカードがネオディエンドライバーへ差し込まれていた。
俺がそれを視界の端で捉えた時には、嫌な確信だけが先に胸へ落ちる。
こいつ、最初から俺ごと使うつもりだ。
『FINAL FORM RIDE DI DI DI DECADE』
音声が鳴った瞬間、身体が勝手に反応した。
避けるより早く、ディケイドライバーそのものの性質が引きずり出され、俺の装甲が光の中で分解と再構成を始める。
なのは達には何が起きているのか分からず、ただ俺の輪郭が崩れて、巨大な“ディケイドライバー”へ変質していく光景だけが映っている。
デルタが一歩前に出かけ、ゼータがその肩を掴んで止めた。
「ケルビム、動くな。今割り込む方がまずい。」
「でも、ベリス、ディケイドが、ディケイドが、あんな姿にされてるのです!」
アンニアだけは眠そうなまま、その変化を観測対象として見ていた。
「形態変換……じゃなくて、器としての再編成だね。うん、やっぱり変態的に上手い。」
俺の意識は保ったまま、視界だけが奇妙に広がっていく。
人の身体で戦う感覚ではなく、“装着される側”の視点だ。
次の瞬間、海東は躊躇なく巨大なディケイドライバーへ変わった俺を、召喚した仮面ライダーJへ接続した。
Jの巨体にディケイドライバーが装着され、そこから更に光が全身へ走る。
Jスピリット、Jボディ、その全てを飲み込むように、ディケイドの紋様が巨大な装甲を這い、全身の輪郭を塗り替えていく。
空にそびえるほどの巨大な仮面ライダーが、夜の中へ立ち上がった。
それは仮面ライダーJではなく、ただ巨大化しただけのディケイドでもない。
仮面ライダーディケイド コンプリートフォーム ジャンボフォーメーション。
そんな無茶苦茶な名前が似合う程度には、絵面も理屈もやりたい放題だった。
なのはがぽつりと漏らす。
「これ……本当に、同じ“仮面ライダー”なの……?」
フェイトは呆気に取られながらも、そこで初めて俺の方を見ていた。
教師として教室に立っていた男と、今、巨大な装甲の中心にいるディケイドが、ようやく同じ線で結ばれた顔だ。
はやては驚きの中でも、どこか納得したように小さく笑う。
「ほんまに、ディケイドって最後まで無茶苦茶やなぁ。」
海東だけが満足そうに、巨大な装甲を見上げて言う。
「見ていたまえ。お宝を守る時の僕は、案外いい仕事をするだろう。」
俺は巨大な躯の中心で、呆れ半分に答えるしかない。
「相変わらず趣味が悪い。だが、ここまでやったなら最後まで責任を持て、怪盗。」
空の向こうでは、ナハトヴァールがようやくこちらを“同じ大きさの敵”として認識したのか、禍々しい輪郭をさらに広げていた。
戦場にいた誰もが、もう後戻りできないことを理解する。
信頼なんてない。
だが、止めるための手段だけは揃った。
それで十分だ。