巨大化した身体で見る戦場は、もはや街ではなく盤面だった。
海鳴の灯りは足元の端で瞬き、なのは達の魔力反応は夜空に散る小さな星みたいに見える。
その中で、ナハトヴァールだけが明確な“敵”として巨大な影を持ち、こちらを最優先の脅威と認識しているのが分かった。
視線が痛い。
砲口とも眼ともつかない黒い穴が、俺だけを見て開閉し、次に何を撃ち込めばこの巨体が止まるのかを学習している。
なら好都合だ。
見たいならいくらでも見せてやるし、その代わり、よそ見をした瞬間に叩き潰す。
「こっちを見てろ。余所見する余裕があるなら、まとめて叩き潰して終わらせるぞ」
俺がそう吐き捨てると、ナハトヴァールの外殻が脈を打ち、次の瞬間には触手とも腕ともつかない巨大な部位が三本、同時にこちらへ叩きつけられた。
一本は頭部を、一本は胴を、一本は足元を狙っていて、受ける順番を間違えればそれだけで姿勢が崩れる。
俺はまず左の一撃を素手で掴み、正面から来た質量を肩ごと押し返し、同時に巨大ライドブッカーを盾みたいに使って残る二本を受け流した。
衝撃は重い。
だが、受け切れないほどじゃない。
問題は、その重さが“こちらを止めるため”ではなく、“こちらが他へ注意を向けられないようにするため”の圧になっていることだった。
「なのは、今の右側だ。外殻の継ぎ目が一瞬だけ開いた!」
俺が叫ぶより早く、なのはは動いていた。
「分かったよ。そこなら、通すだけで十分だもんね!」
桜色の魔力が夜を引き裂き、一直線の砲撃がナハトヴァールの右腹へ突き刺さる。
直撃だ。
外殻が裂け、黒い再構成の糸が一瞬だけ露出する。
そこへフェイトが稲妻みたいに滑り込んだ。
「今なら切れる。なのは、次の一秒だけ貰うよ!」
バルディッシュの刃が閃き、再生途中の黒い組織を斜めに断ち切る。
斬れた部分が落ちる。
だが次の瞬間には、その断面から別の形の外殻が盛り上がり、まるで“壊される前提”で作り直しているみたいに組み替わる。
やっぱりただの再生じゃない。
これは損傷修復じゃなく、優先順位の再配置だ。
「再構成速度が上がってる。ユーノ、今ので何か見えたか!」
クロノの声が通信に混ざる。
ユーノは息を詰めるような早口で返した。
「見えたよ。完全再生じゃなくて、攻撃を受けた場所を捨てて別の形へ組み直してるんだ。だから核が無事なら際限がない!」
「なるほどな。だったら核を探るまで、再構成に余計な手順を踏ませ続ければいい」
俺はそう言いながら、ナハトヴァールの正面へ巨大ライドブッカーを叩きつけた。
斬るんじゃない。
押し潰して、思考を一つだけ増やすための一撃だ。
巨体がわずかに仰け反る。
そこへもう一発、拳を胸の中心へめり込ませる。
ナハトヴァールが、そこで初めてなのは達の方を見た。
砲撃と斬撃が痛いと理解したらしい。
重心が俺から逸れ、外殻の一部が空中で砲台へ変形し、なのはとフェイトのいる方向へ口を開く。
「――そっちを向くな」
俺はその変化を見た瞬間、前へ出た。
巨大ライドブッカーを横薙ぎに振り抜き、砲台へ変形しかけた外殻ごと顔面を叩く。
衝撃波が夜空へ広がり、ナハトヴァールの視線が無理やりこちらへ引き戻された。
そのまま間を置かず、顎の下からアッパー気味の拳を突き上げる。
巨体がぶれる。
視線が固定される。
それで十分だ。
「いい判断だが遅い。俺を見なければ死ぬ、なのは達を無視しても削られる。お前はもう選び損ねてる」
ナハトヴァールが怒ったみたいに鳴いた。
音というより、空間そのものを歪ませる低い振動だった。
その振動に合わせて周囲へ黒い光弾が散り、外縁の防御線へ流れていく。
そこで動いたのはベリス達だ。
「右の散弾は私が処理する。ケルビム、弾き返すだけでいい、深追いはしないで」
「分かったです! 噛むのは我慢するですけど、壊すくらいはするのです!」
「うーん……細かい破片はこっちで受けるね。街に落ちると面倒だから」
三人が余波を削ってくれているおかげで、俺は前だけを見ていられる。
なら、前を崩すことだけ考えればいい。
ナハトヴァールはまた二本の腕を生成し、今度は明らかに俺を拘束するための形で絡め取ろうとしてきた。
一本を右腕で払い、もう一本をライドブッカーの腹で受け止める。
受けたまま回転し、その勢いを利用して逆に相手の腕をねじ切るように捻る。
千切れた。
だが、その破断面からすぐに別の部位が芽吹く。
本当に面倒な敵だ。
「ディケイド、今の部位変換で中央寄りの反応が一瞬だけ落ちた!」
ユーノの叫びが飛ぶ。
「中心が核じゃない。でも、中心から命令は飛んでる。そこを乱せば再構成の優先順位が崩れるよ!」
フェイトが即座に合わせる。
「だったら、私が上を取る。なのは、正面から動かして」
なのはも迷わない。
「うん。押し切るんじゃなくて、崩すために撃つ!」
桜色の砲撃が正面を打ち、俺がその反動に合わせて肩からぶつかる。
ナハトヴァールの巨体が僅かに開く。
そこへフェイトが高空から一直線に落ち、再生途中の継ぎ目を雷ごと断ち切った。
今度はさっきより再生が遅い。
いや、遅いんじゃない。
どこを優先して塞ぐか、一瞬だけ迷った。
「見えた。今の迷いだ、それを増やせば止まる」
俺は巨大ライドブッカーを剣から銃へ切り替えるでもなく、単純な打撃武器として握り直した。
斬るより殴る方が、相手の処理系統を乱せる。
そういう手応えが、もう腕に残っている。
クロノが冷静な声で全員へ命じる。
「いいぞ。このまま正面へ負荷を集中させろ。再構成の優先度を崩し続ければ、必ず中枢が見える!」
はやても息を整えながら、小さい声で、それでも確かな意志を乗せて言った。
「お願いや、みんな。もうちょっとだけ、こじ開けてくれたら、きっと届く」
俺はその声を聞いて、巨大な拳をもう一度握り込んだ。
守るために壊す怪物に対して、守るために殴るのは、皮肉としては出来すぎだ。
だが、そういう皮肉は嫌いじゃない。
「だいたいわかった。お前は無敵じゃない。ただ、壊され慣れてるだけだ」
ナハトヴァールの巨体が、今度は明確に俺を警戒して身を引こうとする。
そこへ俺は踏み込み、素手のまま胸部へ叩きつけた。
衝撃が抜ける。
外殻が波打つ。
そしてその奥で、今まで見えなかった“黒より深い何か”が、一瞬だけ脈を打った。
核だ。
まだ完全には見えないが、もう遠くはない。
第一段階で必要だった答えは、ようやくそこまで出揃った。