悪魔と呼ばれ慣れて 3rd   作:ボルメテウスさん

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老人の答え

オーロラカーテンを抜けた先にあったのは、静かすぎる部屋だった。

本棚も机も、置かれたカップの向きまで揃っていて、まるで乱れそのものを嫌っているみたいに整っている。

こういう部屋は嫌いじゃない。

だが、嫌いじゃないからこそ分かる。

整頓されているんじゃない。崩れたら最後まで崩れてしまうから、必死で揃え続けてきた部屋だ。

 

部屋の主――ギル・グレアムは、俺がディケイドの姿のまま現れても、驚いた顔をしなかった。

いや、驚く段階はもう過ぎていたんだろう。

ただ静かに視線を上げて、疲れた声で言った。

 

「……やはり、来ましたか」

 

「来るに決まってる」

俺は部屋の中央で立ち止まり、あえて椅子にもたれたりはしなかった。

「戦いが終わったから、それで全部片付いたと思ってるなら、お前もだいぶ甘いな」

 

グレアムは小さく息を吐いた。

反論はしない。

その反論のなさが、かえって気に食わない。

 

「世界を救う為ならば、1人の子供を犠牲にする。なるほど、合理的かもしれないな」

 

俺がそう言うと、グレアムの眉が僅かに動いた。

最初から否定されるより、その理屈だけは理解された方が、こいつには堪えるだろうと思った。

理解されていないと言い逃れ出来なくなるからな。

 

「……あなたは、私を非難しに来たのではないのですか」

 

「してるさ」

俺は即答した。

「ただ、お前の理屈が分からないなんて言ったら、お前の方が勝手に安心するだろう。だから先に言ってやっただけだ」

 

グレアムは黙る。

沈黙の形だけで、どこを刺されたのか分かる。

だが、ここで終わらせる気はない。

 

「だからこそ、聞かせて貰おう」

俺は一歩だけ近づいた。

それだけで十分だった。

この部屋じゃ、距離を詰めるより先に空気が詰まる。

「お前はあの子に対して、どう思っている。ただの生け贄程度としか思っていないのか」

 

その一言で、グレアムの視線が初めてぶれた。

はやての名を出したわけじゃない。

だが、あの子と呼べば誰のことかは明白だ。

この男は、はやてを知らないわけじゃない。

知った上で、最後には封じる側に立った。

だから訊いている。

あの子を守るべき子供として見ていたのか、それとも最終的には器としか見ていなかったのかを。

 

「……生け贄と、そのように割り切れたのであれば、まだ楽だったのでしょうな」

 

「楽だった、か」

俺は鼻で笑った。

「ずいぶん勝手な言い方だな。情があったから苦しかった。だから許されるとでも思ってるのか」

 

「いいえ」

グレアムは首を横に振った。

「そのようなつもりはありません。あの子を支えたいと思っていたのは本心でした。笑っていてほしいと願っていたのも、偽りではない」

「ですが同時に、二度と同じ災厄を繰り返してはならないとも考えていたのです」

「その二つを、最後まで切り分けられなかった」

 

「それを間違いって言うんだよ」

俺は低く言った。

「支えたいと思っていた。本当だろうな。笑っていてほしかった。それも本当だろう」

「だが、お前はその本当を抱えたまま、最後にはあの子の時間を諦める側に立った」

 

グレアムは目を伏せた。

否定はしない。

それでいい。

否定されるより、その方がよほどましだ。

 

「はやてを監視していたあの仮面の2人は、お前の使い魔だった」

俺はそこで、さらに一枚剥がすことにした。

「つまり、お前は最初から全部見ていた訳だ」

「十一年前に終わらなかったものを終わらせるために、あの子の未来まで材料にした」

「その執念の延長で、海東にも情報を渡したのか」

 

グレアムの表情が、そこで初めてはっきりと苦くなる。

あの怪盗の名が出ると、さすがに誤魔化せないらしい。

 

「海東大樹……」

グレアムは小さく繰り返した。

「あの男は、こちらの制御を離れた存在です。私が望んだ以上に、盤面を掻き乱していった」

 

「だが、最初の火種はお前が撒いた」

俺はすぐに切り返す。

「違うか」

 

「……否定はできません」

 

「だろうな」

俺は机の端へ手を置き、少しだけ体重を預けた。

「お前も、あの二人も、結局は十一年前に置いてきたものに引きずられてた」

「クライドを失ったあの日から、一歩も進めないまま、他人の未来で決着をつけようとした」

 

その名を出した瞬間、グレアムの顔から色が落ちる。

やっぱりそこだ。

この男は、闇の書を憎んでいたんじゃない。

闇の書によって奪われた過去に、今まで囚われ続けていた。

その結果、次の被害者を“必要な犠牲”として扱うところまで落ちた。

 

「……私には、あれしか思いつかなかったのです」

 

ようやく出てきたのは、そんな、情けなくて正直な言葉だった。

言い訳の形をしているが、実際にはほとんど敗北宣言だ。

 

「救う方法を探していたつもりでした」

「しかし、気づけば私は、救うためではなく、終わらせるための方法ばかりを整えていた」

「あの子を救いたいと思っていたのです。ですが同時に、あの子ごと闇の書を封じる準備も進めていた」

「その矛盾を抱えたまま、最後まで進んでしまいました」

 

「そうか」

俺は短く返した。

「なら、お前が間違えた理由はよく分かった」

 

グレアムは少しだけ顔を上げる。

その先を待っている顔だった。

赦しの言葉か、断罪の言葉か、どちらかを待っている。

どっちもやる気はない。

 

「分かったからって、認める気はない」

俺は真っ直ぐ言った。

「お前の理屈も、後悔も、苦しんだことも分かる。だが、それで一人の子供を犠牲にしていい理由にはならない」

「許されると思うな」

 

グレアムは静かに頷いた。

「……その通りです。許されるとは思っておりません」

 

「なら、今度は眠らせるための優しさを使うな」

俺はそこで、最後の言葉だけを置いた。

「償いたいなら、生きるために支えろ」

「封じるためでも、終わらせるためでもない」

「はやてがこれから先を生きるために、お前に出来ることだけをやれ」

「それが出来ないなら、償いなんて言葉は二度と口にするな」

 

部屋の中は静かだった。

時計の音だけが、妙に遠くで鳴っている。

グレアムはしばらく何も言わなかった。

だが、やがて小さく、しかしはっきりと答える。

 

「……肝に銘じます」

 

その返事が本物かどうかは知らない。

試す気もない。

これから先の行動でしか、こいつは自分を証明できない。

だったら、今ここでこれ以上言うことはない。

 

俺は背を向け、オーロラカーテンを開いた。

背後で、グレアムが何かを言いかけた気配はあった。

だが、振り返らない。

 

「次にはやてへ向ける顔を、間違えるな」

 

それだけ言い残して、俺は光の向こうへ足を踏み入れた。

夜の冷たい空気が戻ってくる。

戦いは終わった。

だが、終わった後にしか始まらない責任もある。

あの老人がそれを背負えるかどうかは、もう俺の知ったことじゃない。

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